氷を削る音
エアコンを切ったのが失敗だった。夜中の一時、寝返りを打つたびにシーツが背中に張りつく。眠るのをあきらめて、麦茶でも買いに出ることにした。
外は思ったより涼しかった。街灯のまわりを夜の虫が回っている。自販機まであと少し、というところで、その音が聞こえた。
しゃり、しゃり、しゃり。
氷を削る音だ。子どもの頃、祖母に連れられて行った氷屋の、手回しの機械の音。こんな時間に? 音は路地の奥から聞こえてくる。昼間はシャッターの下りた古い店があったはずの場所だ。
行ってみると、店は開いていた。電球がひとつ。「氷」と染め抜かれた旗が、風もないのに揺れている。店先の台で、白髪の店主が黙々と氷を削っていた。
「いらっしゃい。眠れないんでしょう」
聞く前に言われた。
「夜中のお客さんは、みんなそうです」
出されたかき氷には、見たことのない色のシロップがかかっていた。深い群青。夜をそのまま煮詰めたような色だった。
ひと口すくうと、冷たさが喉を通って、体の芯にたまっていた熱がすっと引いていった。味は、うまく言えない。ただ、小学生の夏休み、夜更かしを許された日の、あの少し浮かれた気持ちに似ていた。
食べ終わると、店主は器を下げながら言った。
「もう眠れますよ」
帰り道、たしかにまぶたが重かった。布団に入った記憶は、ない。
翌日の夕方、あの路地を通ってみた。店があった場所は、月極駐車場だった。ずっと前からそうだったような顔をして、白線が夕日に照らされていた。
でも今夜も、眠れない誰かのために、どこかであの音がしているのだと思う。
しゃり、しゃり、しゃり。




