グッドエール
その時代ごとに、時代を象徴するスターがいる。
彼らは時に希望であり、救いであり、光にもなる。
そして私は、まさに時代を象徴するスターだ。
無数のスポットライト、大勢の観客、そして画面の向こうには何千、何万という視聴者。
私は今日もまだ見ぬ人々に向けて、歌を歌っている。
「お疲れ様です。次はラジオの生放送です。あと20分しかないので急ぎましょう。」
歌番組が終わり、衣装のままテレビ局を飛び出した。
乗降口には出待ちのファンがいて、軽く会釈し微笑みながら手を振る。
「キャー!!!!」と、黄色い歓声を背に、車に乗り込む。
「こちらラジオの台本です。目を通しておいてください。」
マネージャーに渡され、ざっと浚う。
ふと窓の外の景色に目を向けた。
昼間のように明るいネオンがビカビカと輝いているが、その隙間に見える漆黒の夜空に何故か今の自分を重ねていた。
「着きました。走って!」
車から飛び降り、足早に現場に向かった。
「お疲れ様でした。明日は7時に迎えにきます。」
家まで送り届けてくれたマネージャーがそう言い、車に乗り込み、去っていった。
鉛のように重い身体を引きずり、玄関の取手に手をかけた。
「ふぅ…」と息を吐き、扉を開けると、
「お帰りなさい」と、妻の澄子が迎えてくれた。
「ただいま。もう夜中の3時だぞ。先に床についてていいよ。」
「ありがとうございます。でも好きでやってますので。」
私は彼女に嬉しさと困惑の笑みを向ける。
カバンを彼女に預け、風呂に入り、床に着く。
布団に入り目を瞑ると、決まって闇に呑まれそうな感覚に陥る。
不安なのか、プレッシャーなのか、孤独からなのか、それすらもわからず、目を瞑っているのに広がる視界が廻っているようだ。
「はぁ…。はぁ…。はぁ…。」
私は起き上がり、隣で寝息を立てる彼女を起こさぬよう、一人リビングに行き、ブランデーを煽った。
琥珀色の液体が喉を焼く。
それでも、胸の奥につかえたものを焼き切ることは出来なかった。
rrrrrrrr…
家の電話が鳴り響く音で目が覚めた。
「はい。曽根崎です。」
「新八さん!申し訳ありません。渋滞で7時に着きそうにないので、ご自身で向かっていただけますか?場所は…」
マネージャーの焦る声が聞こえる。
「わかった。現場で落ち合おう。」
私は支度をして、久しぶりに電車に乗り、現場へ向かった。
現場の最寄駅から歩いて向かっていると、すれ違いざまな親子の会話が耳に入った。
「本当に綾子はこの曲が好きね。」
「うん!大好き!ラッラッラララ〜♪」
女の子の歌っていた曲は、私の曲だった。
私の曲はこんな小さな女の子にまで届いていたのか…。
そうだった。私は時代を彩るスターだ。
そう思うと、先ほどまで重かった足取りが少し軽くなり、現場まで続く登り坂も軽快に上がっていけそうだ。




