01──清廉なる少女(5)
「───まさか。」
自分は魔女だと言い切った少女に対して返した言葉と言えば、少しの嘲笑と大きな否定を含んだそのひとことのみだった。
本心を言ってしまえば彼女が魔女だと知ったその瞬間、僕は安堵さえ覚えた。嗚呼、それこそが自分が抱いていた正体不明の違和感なのだと。非常に情けないけれど、酷く安堵した。それは彼女が同族であったことへの安心感でもあった。けれど同時に、酷く動揺もした。
──魔女。今や伝承にのみ残る、旧き時代の者。魔術師とは異なる人種。魔術とは異なる神秘を操るもの。それが、今、自分の目の前にいる。
誰が?──彼女が。
何者だと?──魔女だと。
「まさか──」
「『まさかこんな幼い子供が、魔女の訳がない』?嗚呼、それとも『まさか見ず知らずの男に親切な少女が、魔女の訳がない』?…いいえ、いいえ。長く旅をしている貴方なら分かるでしょう?人間とは、生き物とは、得てしてそういうモノでしかないのだと。何処まで行っても、突き詰めても、それ以上でも以下でもない。中身なんて皆同じ。……とても愚かしいことね。悲しいことね。けれど、ある種ではそれが羨ましくもある。」
「…ッ……!」
「きっと、貴方もそうなのでしょう?…大丈夫、返事は要らないわ。答えなんてものはもう出ているのよ。分かりきっているの。そんなもの、首を刎ねるより簡単よ。でなければ、この屋敷の門を開けることなんて不可能ですもの。」
これが。これが、自分が数日一緒に過ごしたあの少女なのだろうか。少し照れくさそうにはにかむ彼女なのだろうか。無邪気で、幼気で、自分とは真逆の少女。僕と関われることが嬉しいと言って笑った、彼女なのだろうか。恐ろしいまでに毅然とした言葉に冷めた感情。何よりも、一切の余分さえ感じさせない、宛ら賢者のような諦め。どうか聞き間違いであって欲しくて聞き返した言葉は、あっさりと否定された。ならばこれは悪い夢なのだと、何とも不吉で気味の悪い白昼夢なのだと、無駄な抵抗だと知りながらも必死で自分を諫めようとするも、彼女はそれさえも許さない。
──酷く、冷静な言葉だった。まだ成人を迎えてもいないような少女の口から紡がれるべき言葉ではなかった。背筋が凍る。その異質さに呑まれないように、自分を保てるように、掌に力を込める。
──酷く、冷たい瞳だった。僕を見詰めるその瞳は人形のように虚ろで僕を見詰めている筈なのに、彼女は決して僕を見詰めてなんていなかった。呼吸が詰まる。上手く息が吸えない。吐けない。『何もかも知り尽くしている』と、その瞳が物語っていたから。
「……でもね、私は貴方の口から直接聞きたいの。知りたいの。外界から遮断されたこの屋敷に足を踏み入れることの出来た貴方。貴方がどんな生き物で、どんな風に生きてきたのか。私、知りたくて知りたくて堪らない。」
「それは…どうしてですか?」
「暇潰しよ。」
彼女が即座に口にした言葉たちは確かに人間らしい感情に基づいていて、少しだけ安心する。けれどそれを紡ぐ声は相も変わらずに冷たい。一切の忖度なく、また、人間らしさの欠片もなかった。だというのに口元は緩み、まるで彼女の愛称よろしく薄い微笑みさえたたえているのだから眩暈がした。本来、この年頃の少女と言えば子供っぽく笑ってみせたり少しだけ大人の真似をしてみたり、そういう不完全で不安定な時期だろうに。なのに、人間らしさと非人間らしさの狭間に在る彼女は、そのどちらでもありそのどちらでもないように見えた。
不気味で、恐ろしい程に背徳的で。けれど目を逸らすことなど出来もしないし、許されてもいない。まるで永遠のような時間の中で、彼女が嗤う。
「知らず知らずのうちに蟻を踏むように、或いは花を摘むように。そうやって命と尊厳を踏み潰すように、暇を潰すの。星辰が揃うまでには、まだ少し時間があるから。」
それは、酷く覚えのある言葉だった。自分という男の生涯を振り返った時に、悔いてやまない記憶の連続だった。出来ることならば口にしたくなどない、苦い思い出の数々だった。噛み砕き、呑み込み、受け入れることも、遠い過去に捨て去り、初めからなかったことにして、逃げ続けることも、結局僕はなにひとつとて出来てやいない。そのツケが今、巡りに巡って来たのだと思った。
重い口を、ゆっくりと開く。返事なんてものはとうに決まっていた。蜘蛛の巣に掛かった蝶の如く、この少女からは、否。この屋敷からは逃れられない。理由や根拠なんてない。けれど本能がそう警鐘を鳴らしている今、結局のところ選択肢なんてあってないようなものだ。握り締めていた掌を解いて、代わりに懐からパイプを取り出す。
「────いいでしょう。」
彼女の光り輝く鋭い瞳が、僕を見詰める。今にも逃げ出したい恐怖を抑えて、彼女を見据える。薄暗い廊下で、パイプの中で燻る火種と彼女の瞳だけが光を持っていた。
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