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Heretic  作者: るるる
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01──清廉なる少女(1)


草木も眠り、夜も更けてきた暗い森の中。僅かな月明かりのみを頼りに歩く。街灯もなければ民家ひとつない、深い深い森の奥。人里離れた森の中、ひとりで行く当てもなく歩くこんな夜はとても静かで心地の良い反面、もう何日目かも分からない野宿を思うと少しだけげんなりする。とはいえ、自分で選んだ道なのだ。文句は言うまい。そうは思っていても、つい弱音を吐きたくなってしまうのが人の心というものだろう。

土を踏む音ばかりが鼓膜を震わせて、一体どれくらいの時間が経っただろう。月明かりに照らされるばかりだった草を、木を、ぼんやりと包み込む優しい光に気が付いた。転ばないようにと足元ばかり見詰めていた視線を上げて、光源を見遣る。──何故こんな場所に?そうとしか思えない程に大きく、それでいて豪華な屋敷。思わず唾を呑み込んだ。


「…失礼。どなたかいらっしゃいませんか?」


何度か重い扉を叩いてみたけれど、返事はなかった。こんなにも大きな屋敷で、おまけに夜更けなのだ。扉をノックする音に気が付かなくても仕方あるまい。失礼だとは分かっていながらも、か細い悲鳴を上げる重い扉をそうっと押して屋敷の中へ入る。夜の闇を切り裂くその音が思いの他響いたものだから、此方の方が少し焦ってしまった。だから何度か深呼吸をして、それから灯りこそついているものの人気のない室内に向けて声を掛ける。返事はなかった。

必要最低限の掃除のみがされた室内を前に嘆息する。森の奥深くということを加味して考えると、この屋敷はとうに人に捨てられた建物なのだろうか。盗賊や蛮族の類が根城に使っているから灯りがついているのかもしれない。無益な争いや殺生は避けたい。否、避けねばならない。ならば大変残念だけれどこの場を後にするしかあるまいと背を向けた瞬間に、遠くで扉が開くような音がした。目を閉じて耳を澄ませる。


「こんばんは。旅のお方…ですか?」


一人分の足音と息遣い。それと、まだ幼い少女の声に目を開ける。眼前に佇むのは予想した通り、まだ年端も行かぬ少女だった。淡い紫の髪と青空の色の瞳が実によく似合う少女。不思議そうに自分を見詰めるその表情は、年相応のあどげなさと幼気さを感じさせる、素直なものだった。

軽く膝を折って、少女と視線を合わせる。それから、深々とお辞儀をすると少女も慌てたように頭を下げた。


「こんな夜更けに申し訳ございません。仰る通り、旅の者でございます。…あの、もし宜しければ今夜一晩、馬小屋で結構ですのでお貸し頂けないでしょうか。」

「ええ、ええ!もちろん喜んでお貸しいたしますわ。客室ならたくさんありますから、どうぞ馬小屋と言わずにそちらをお使いになって?」

「いえ。有難い申し出ですが、僕には馬小屋で結構ですのでどうぞお気遣いなく。」

「………旅人さんは、馬小屋がお好きなのですか?」


有難い申し出に思わず表情が緩むも、一晩限りの宿を求める旅人の身には恐らく外観同様に豪華であろう客室などというものは身に余る。何度も馬小屋で結構、と繰り返し口にすれば、可憐な少女の口からは嫌味でもなければ皮肉でもない、素直で純粋な疑問が零れ落ちた。長いこと旅をしているけれど、そんな反応をされたのは初めてのことで思わず口元が緩む。次いで、つい含み笑いが零れると少女は何か変なことを言ってしまったのかと目に見えて慌てた。夜更け、いきなり扉を開けて侵入してきた見知らずの旅人から笑われた彼女の羞恥は想像に容易い。だから頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。それから、再び少女と目線を合わせて言葉を紡ぐ。


「では、一晩。お言葉に甘えて、こちらの客室をお借りしても宜しいでしょうか?」

「もちろん!どうぞごゆっくりお休みになって?あなたさえ望めば、一晩と言わずに幾晩でも。歓迎いたしますわ。」

「嗚呼、なんとお優しい言葉でしょうか。ええと──」


礼と、それから恐らくはこの屋敷の主人である少女の名前を口にしようとして言葉に詰まる。そこで漸く自己紹介すらしていないことに気が付いて、今度は此方が些か恥ずかしくなってしまう。きょとん、と大きな瞳を見開いて此方を見詰める少女に「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」そう尋ねる。すると少女はとても優しい笑みを浮かべて、小鳥のさえずりのような綺麗な声で答えた。


「メイリア。メイリア・アーノルドと申します。どうぞマリアとお呼びになって?わたしにとっては、そう呼ばれることの方が自然なのです。」

「…マリアさん。僕はクロンと申します。クロン・ノスフェルト。お好きなように呼んで下されば。」

「ではクロンさんね。さあ、どうぞお入りになって下さいな。そして気楽になさって?あなたは持て成されるべきお客様なのですから。」


少女──マリアさんの手が、僕の手を引く。とても小さくて、触れるだけで崩れそうな華奢な手。久方ぶりに触れた誰かの熱と悪意のひとつもない純粋なその微笑みに、少しだけ緊張が緩む。

これが、僕と彼女の始まりだった。






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