No.04 デメリット
朝食というにはあまりに遅い食事を終えた僕たちは、結界の外に群がっていた魔物たちを掃討し、6階層へと足を踏み入れた。
5階層までは洞窟のような風景だったが、6階層からは湿り気を帯びた石造りの迷宮へと変化していた。 そこで、護衛の三人が「自分たちの力を試したい」と言い出した。 リリアを守るため、そして僕の「魔力無効」が自分たちの戦いにどこまで影響を及ぼすのか、正確に把握しておきたいのだという。
僕がすぐ近くに控えるという条件のもと、彼らは現れた一匹の痺れ毒蛇と対峙した。
全員がスキルを封じられた状態で剣を構える。 スキルが一切使えない彼らにとって、それは唯一可能な、しかし最も効率の悪い攻撃手段だった。 剣術スキルを本来の持ち味とする一人は、身体に染みついた技術だけで意外なほど善戦していた。 スキルという補正がなくとも、その太刀筋は鋭く、痺れ毒蛇の鱗を的確に削り取っていく。
だが、黒魔法や盾術を主体とする残りの二人は、見るからに苦戦を強いられていた。 その動きはぎこちなく、やはり普段とは違う戦いに戸惑っているようだった。
僅か数分の戦闘。 だが、プロである彼らの心を折るには、それで十分な時間だったようだ。
「私たちはここまでのようです。 お二人も、もう少し5階層で力をつけてからの方が良いかもしれません」
息を切らした護衛の一人が、苦い表情で告げた。 確かに、僕がそばにいる限り、彼らはその実力の数パーセントも発揮できない。 それは、不測の事態が起きた際にリリアを守りきれないことを意味していた。
結局、一度5階層に戻り、僕自身の基礎能力を上げるための修行を繰り返すことになった。
「その前に……」
5階層へ引き返す直前、三人は6階層で再び別の魔物と対峙した。 今度は、僕がスキルの範囲外まで大きく距離を取る。 安全な5階層への階段付近でリリアと共に待機する。
遠巻きに眺めていた僕の目に飛び込んできたのは、先ほどとは全く別次元の光景だった。
痺れ毒蛇は先ほどとは打って変わって活力を取り戻したように激しく威嚇音を鳴らしている。
それに対し、余裕の表情で向かい合う一人が闇魔法を放ち、三匹の痺れ毒蛇の動きを瞬時に封じ込める。 そこへ「堅牢」のスキルを持つ一人が、空中に作り出した光り輝く盾を構え、一匹の頭部を力強く押さえつけた。 さらに剣術スキル持ちの男性が、剣身にまばゆい光をまとわせ、一閃。
痺れ毒蛇の首は一撃で切断され、断末魔を上げる間もなく霧へと変わった。 残りの二匹も、まるで赤子の手をひねるかのように軽々と討伐され、三人は平然とした顔で僕たちの元へ帰ってきた。
「これが、私たちの本来の力なんです。ですので、誤解されないように」
彼らはリリアに深く頭を下げた後、僕を恨めしく睨みつけた。 口には出さないが、言いたいことは痛いほど伝わってくる。 僕がいるから、護衛としての仕事がまともにできないのだと、そう言いたいのだろう。
「うん、やっぱり源ちゃんたちは強いねー! 総理のおじさんにはちゃんと言っておくから、後は私たちに任せてね!」
リリアの言葉に、再び頭を下げる三人。 これまで名乗る機会がなかったため知らなかったが、一人の名は「源ちゃん」というらしい。 さすがに僕がそう呼べば殴られそうなので口にはしないが、その名は心に深く刻み込まれた。
その日は二度の休憩を挟み、夜遅くまで狩りを続けた。 体は軽くなっているはずなのに、気を抜けば立ったまま寝てしまいそうな奇妙な感覚に襲われる。 源ちゃんたちも「切り上げましょう」と助言をくれ、ようやく一日の探索が終わった。
だが、僕はあの古びたボロアパートへ帰ることは許されなかった。
リリアが住む都内のビル、その最上階にあるゲストハウスに仮住まいすることになったのだ。 アパートの何倍も広く、豪華な調度品に囲まれた部屋で呆然と立ち尽くす。
「くれぐれも、問題を起こすなよ!」
源ちゃんに鋭く睨まれ、僕は振り子人形のように激しく首を縦に振った。 心の中では「ならアパートへ帰してくれ!」と叫んでいたが、その希望は無残に打ち砕かれる。
「アパートはもう引き払ったから。荷物は、ほとんどゴミだったから処分したけど、いくつかはそこに入れといたんで」
もう一人の護衛が無造作に指差した扉。 僕は絶望に打ち震えながら、確認のためにその扉を開けた。 そこは広々としたウォークインクローゼットで、その中央に段ボール箱が一つだけ、ポツンと置かれていた。
中を確認すると、そこには僕の唯一の宝物であるレトロゲームのソフトが詰まっていた。 泣きそうになりながら、一本ずつタイトルを確認する。 全てのソフトが揃っていることが分かり、僕は心の底から安堵した。 その他の家財道具については、もはやどうでもよかった。
勝手に処分したことへの文句を一言言ってやろうと、勇気を振り絞って振り返る。 しかし、そこにはいつの間にか背後にいたリリアが、満面の笑みで立っていた。
「それ、何?」
「ゲ、ゲームです……」
結局、文句を言う機会は永遠に失われた。 僕はその夜、疲れ果てた体に鞭打ち、リリアの好奇心に付き合わされることになった。 眠い目を擦りながら、深夜まで彼女と共にレトロゲームのドット絵の世界に勤しむことになったのである。
「こんなのがあるんだね! 日本、やっぱりすごいー! サトウ、次これ、箱の絵が可愛い奴―!」
真夜中に彼女の声が響く。 幸いなことにここは最上階。 近所迷惑にならないだろう。 そんなことを虚ろな脳内で考えながら、接待ゲームは続いた。
翌朝。
ゲストハウスのテレビの前で寝落ちした僕とリリアだったが、世話役の女性が部屋のドアを鬼の形相で開けると、寝ぼける彼女を抱え連れていった。 どうやら、彼女も部屋の外で待っていたまま寝てしまったようだ。
部屋を出る時のその女性の顔は、「お前のせいで職務が全うできなかっただろうが!」と言っているように見えた。
僕は気を取り直し、大きく伸びをした後、ベッドに潜り込み、お昼に源ちゃんに叩き起こされるまで爆睡していた。
ゲームは一日二時間で!
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