No.03 塔を制するために
初めての狩りを終え、護衛の三人はリリアを、背に乗せ走り出していた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
必死に追う僕を、男性の背で振り返りながら笑ってみている彼女。 こんなところに置き去りにされたらと恐怖が再燃し、必死で走ると、思いのほか早く走れる現実に気が付いた。 これが魔物を狩って成長するということなのだと、嬉しさが込み上げた。
塔を出ると、隣接されている探索者向けの施設で暫し休憩する。
「あー、楽しかったね!」
そう言うリリアに苦笑いを返す。 体力は向上したけど、それは男性たちも同じで、引き離されないように必死だったのだ。
涙目を堪えながら、僕は護衛の男性から借りた布袋に入れていた小さな魔石を素材換金所に出した。電光掲示板には今日の素材相場が並んでいる。 もちろん小鬼や狼といった屑魔石の表示は無かったけど。
取り出した二十数個の魔石をカウンターに出すと、一瞬表情が引きつったお姉さん。 その数分後、トレーに乗った小銭を差し出される。
「佐藤様、こちらが今回の買い取り金、計220円となります……。ご確認いただけますか?」
受付のお姉さんは、笑いをこらえるのを必死に堪え、震える声で小銭の載ったトレーを差し出した。
缶コーヒー二本分にも満たない僕の初戦の成果。
深夜にもかかわらず、それなりに集まっていた周囲の探索者たちの視線が、針のように突き刺さる。
豪華な装備に身を包んだエリートたちが、鼻で笑いながら僕の脇を通り抜けていく。
僕はリリアの明るい見送りに力なく手を振り返すと、逃げるようにボロアパートへと戻ると、壁の薄い部屋で、僕は一人、冷え切った布団に潜り込んだ。 やっぱり僕は、屑スキルを持った役に立たない屑男なのだ。
そんな思いが脳内を駆け巡り、悔しさに涙があふれ、肩を揺らしながら眠れぬ夜を過ごした。 今の僕にあるのは、ポケットの中で鳴る220円の小銭と、初めての討伐で得た狼の小さな魔石。 そして、明日への不安だけだった。
「明日から、本当にどうすればいいんだ……」
そんな独り言が、静まり返った冷たい部屋の空気に消えていった。
◆◇◆◇◆
翌朝。
リリアの居住する一室で、彼女は異界にいる姉と慕う人物をおしゃべりに勤しんでいた。
リリアはスマホのような板に向かって、塔を作り出した魔界の王の娘、幼馴染のエミリカへ、興奮気味に報告を終えた。
サトウの「魔力無効」というスキルの存在を知ったエミリカは、歓喜の声を上げた。
「やっぱりリリアは凄いわね! それが、貴女をそっちに送った理由よ!」
詳しく聞けば、そのスキルを持つ者を探し出すため、リリアの「強運」に全てを賭けて送り出したのだという。 それを聞いたリリアは「そうなの? じゃあ、良かったってことだよね!」と嬉しそうに笑った。
そこで彼女は、今まで秘匿されていた異界の過酷な現状を初めて聞きかされる。
魔界では魔素が増えすぎたことで、戦闘能力を持つ強者ほど体が蝕まれ、弱体化している。 元凶は魔素をまき散らす「悪魔」の存在であり、彼らは魔界を支配しようと暗躍している。 エミリカが塔を作成したのは、その塔の機能により魔界の魔素を浄化し、さらには、事態を終息させるための「異界人」を招くためだった。
そして見つかったのがサトウという「魔力無効」を持つ異界人であり、こちらに招く為には、サトウが最上階に辿り着き、未登録の「ダンジョンコア」の管理者になる必要があるのだと説明する。
リリアはその重大な使命を聞き、かつてないほどやる気に燃えた。
彼女は通信を終えるとすぐさま護衛たちに命じ、サトウを呼び出させた。
◆◇◆◇◆
翌朝。
古いアパートのドアが破壊されそうなぐらいにノックされていた。
僕は飛び起き、支度もそこそこにドアを開け顔を出す。 目の前には昨日の護衛の一人が怖い顔をして立っていた。 アパートの住人も様子を見に遠巻きに見ている。
「すぐに出かける。10秒で支度を終わらせて出てこい!」
そんな言葉と共に、着替えることすら許されず、昨日着替えずに寝たままの恰好で車に詰め込まれ、都内にある高層ビルの最上階へと連れて行かれた。
夜型の生活をしていた僕は、未だに頭はぼーっとしていたが、笑顔で待っていたリリアの言葉で目が覚めた。
彼女は笑顔を浮かべ「最上階を目指す」という、とんでもない目標を平然と口にしたのだ。
呆気にとられている間に、目の前には一級品と思われる装備の数々が並べられた。
護衛たちに促されるまま着替えを始めようとするが、目の前にはリリアが座っている。
「あの、リリアさんがいるので、どこか別室に……」
僕の願いは、「なんで?」と首を傾げる彼女により無視された。
結局、護衛の男性たちに服を剥ぎ取られ、下着から何から全て強引に交換されてしまった。 全裸になった時には、さすがにリリアも両手で顔を覆い……指の隙間からしっかりと僕を凝視しているという羞恥を乗り越え、恰好だけは一流の探索者のようになった。
「その下着にはGPSが練り込まれています。命が惜しければ毎日装着することをお勧めします」
事務的な口調でそう言われ、先ほど履き替えさせられたのと同じ縦縞の予備トランクスを四枚渡された。
腰に装着された「収納ボックス」という魔法のケースに、脱ぎ散らかされた衣服と共にそれらをしまう。
初めて手にする異世界的なアイテムに興奮し、トランクスなどが吸い込まれるように収納される様を、死んだ目で眺めていた。
そして僕は、陽気なリリアさんを先頭に、再びダンジョンへと出発した。
車で数分。 すぐに塔の入り口へと到着する。
混雑する一般の列を横目に、上位探索者専用の入り口から塔の内部へと足を踏み入れる。 並んでいる探索者たちからの「あんな貧弱そうな奴がなぜ?」という刺すような視線が痛かった。
そして、昨日と同じように進む道中、現れた小鬼を配布されたスチール製の広刃剣で叩き切る。 手応えもなく切断された魔物が消え、魔石が落ちる。 僕はそれを拾おうと腰を折るが、護衛の一人に「そんなのは無視してください!」と制止された。
十円程度の価値しかない石だから、と自身に言い聞かせ、後ろ髪を引かれる思いで先を急ぐ。
階段を駆け上がり、ほぼ代わり映えのしない魔物を倒す工程を幾度も繰り返しながら、僕たちは5階層へと到達した。 次第に動きにキレが出てくる感覚に、アクション映画の後のような高揚感を覚えた。
「あー!」
6階層へと進もうかといったところで、突然リリアが声を上げた。
「そう言えば、ご飯食べてない!」
僕はその場にずっこけそうになるのを必死で堪える。
確かに僕も前日の夕方から何も食べていなかった。 即座に護衛の男性たちは動きだし広い空間に出ると、四隅に「安全装置」という杭を打ち込み、結界を張った。 男性の一人が持参したサンドイッチを分けてもらい、ようやく食事の時間となる。
暫く食事を楽しむと、結界のすぐ向こう側で、魔物たちがこちらをじっと見つめている。 僕は食欲が失せるような光景に頭を悩ませたが、リリアも護衛たちも全く気にする様子はない。
「おいしいなー! 日本の食べ物は、本当に強いのだー!」
リリアは鼻歌を歌いながら、トマトとレタス、チーズの挟まったサンドイッチを無邪気に頬張っていた。
リリアは天真爛漫な少女です。 アホの子ではありませんよ?
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