No.02 初めての魔物
塔の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
鼻をつくわずかな焦げ臭さと共に、肌にまとわりつくような重い空気が感じられた。 これが「魔素」というやつだろうか。 リリアは僕の手を引き、慣れた足取りで一階層の奥へと進んでいく。
背後には、政府から派遣された三人の護衛が、油断のない構えで続いていた。
彼らは国内でも有数の実力者のはずだが、その表情にはどこか緊張の色が混じっている。
「ねえ、サトウ。あなたのスキル、ここで試してみて!」
リリアが期待に満ちた目で僕を見つめる。
だが、僕は弱々しく首を横に振る。
「ごめん。僕、スキルの制御ができないんだ。 だから、常に使いっぱなしなんだよね」
僕の「魔力無効」は、鑑定によると、味方の強化魔法すら打ち消すだけの無能なスキルとされていた。 それが常時発動するため、他の探索者は僕に近づくとスキルを発動できなくなってしまう。
これが、僕が屑スキルと蔑まれた要因でもあった。
だが、魔界から来た彼女の認識は違っていたようだ。
「じゃあ、まだ成長していないのね! 素敵ね。 おとぎ話のようなスキルがどう変わっていくのか、最初から見ることができるのですもの!」
興奮気味にそう言った彼女は、スキルの仕組みなどを話し始めた。
このダンジョンの魔物は「魔素」によってその肉体を構成し、維持しているそうだ。 それは魔界の魔物も同様で、ゆえに魔素が濃い場所では魔物が強くなってしまうのだ。
そんな邪魔者とともいえる魔素を、僕がそこに立っているだけで霧散させ、魔物の存在そのものが揺らぎ始めるのだ。
低階層の魔物は蓄えている魔素が少ないため、その効果は限定的のようだ。恐らくはその効果に誰も気づかないだろうと。 実際にこの中で戦ったことは無く、効果に気付く以前の問題だったことは敢えて言わなかった。
そして、彼女はさらに話を続けた。 魔素の濃い先の階層に進むほど、このスキルの効果は向上するのだと。
「だからサトウ、ガンガン進んじゃおう?」
そう、笑顔で話す彼女に……こんな僕を認めてくれた彼女に…… 無価値だった僕に少しの自信を与えてくれた彼女に…… 僕は感動し、涙が溢れてしまった。 袖で涙を拭った僕を、彼女は戸惑い、心配の声をかけてくれていた。 それもまた嬉しかった。
そんな中、暗がりの向こうから、低い唸り声と共に三匹の小鬼が姿を現した。
思わず足が竦む。
僕の前に立つ三人の護衛も、自身の状況を正確に把握し、冷や汗を流している。 スキルが発動しないのだ。
「小鬼程度なら、スキル無しでも行けそうですが、万が一があってもいけませんので」
「このまま引きましょう!」
「しんがりは私が務めます……。 さあ、早く!」
そう進言する三人。
だが、僕はその恐怖によりその場を動くことができなかった。
僕たちの元へ三匹の小鬼がゆっくりと近づいてくるのを見て、僕は今にも腰を抜かしそうになり、足を震わせている。 リリアは余裕の表情をしているが、彼女は小鬼は平気なのだろうか? そんなことを考えていた。
歩み寄る小鬼たちは、手に持っていた石斧を……ぶらりと下げる。 その行動に緊張が高まっている。 だが、それに驚いていたのが、三匹の小鬼たちだった。 石斧を持ち上げようと焦りを感じているように見えた。
やがて、一匹の小鬼がゴトリと石斧を落とす。
「もう充分じゃない? サトウ、やっちゃえばいいのに、何してるの?」
リリアのその言葉に首を傾げる僕。 リリアも僕に合わせ首を傾げる。 その動作に照れて顔をそむけてしまった。 緊張や恐怖が少しだけ薄れていた。
「サトウのスキルで、小鬼だって多少の弱体化はできてるみたいだし、今ならエイヤーって殴りつけちゃえば死んじゃうんじゃない?」
「えっ? 無理でしょ?」
戸惑う僕だが、前にいた護衛の一人が動き出す。 手前にいた小鬼の頭を殴りつけると、小鬼は吹き飛び塵になってしまった。 護衛の男は「いてて」と手の痛みを訴えながらも、その光景に驚いている。
「小鬼ってこんなに脆かったか?」
「いや、そこまでじゃなかったぞ? 少なくともスキル込みで強化して、武器で殴りつけないと、あんなに簡単には死んでくれなかったはずだ」
目の前の二人がそんな会話をしているのを聞きながら、僕はリリアの顔を見る。
「あっ、ああー!」
突然口元を抑え声をあげるリリア。 その視線の先には、先ほど小鬼を倒した男性が、残りの二匹も軽々と蹴り倒していた光景だった。
目の前の脅威が排除されホッとする僕。
「もう。 サトウに倒してもらいたかったのにぃ!」
そう言うリリア。
「も。申し訳ありません、ですが……」
慌ててリリアの前にやってきて頭を下げる男性は、顔を上げた後に僕の方をちらりと見ていた。 言いたいことは分かったけど、僕には何も返す言葉が見つからなかった。
「あれならサトウでも倒せたし、倒せばスキルは成長するの。 だからサトウ! 頑張って倒そ?」
僕の手を握り、そう言うリリア。 勇気がもらえたような気がしてうなづいた。
そして、次なる魔物を探す。
次に遭遇した狼に飛びつかれ、腰を抜かして悲鳴を上げる僕だったが、とっさに振り上げた拳にあたり、拳の痛みと引き換えにその狼は消えていった。 そして、頭にコツンと何かがぶつかった。
「おめでとう。 初めての魔物討伐、でしょ?」
嬉しそうな顔のリリアが地面に落ちた小石を拾い上げ、指でつまんで見せてくれた。
「小鬼の魔石、ですが大したお金にもなりませんよ?」
男性の一人がそう言うが、受け取ったそれが、なんだたとても大切な何かに見えて、ポケットにしまい込んだ。
それから一時間ほど。 僕は無我夢中で小鬼や狼を狩り倒した。 さすがに拳で殴るのは遠慮して、次々に蹴り倒していた。 簡単に倒せる現実に、つい夢中になっていた。
そして、ふわわわぁと欠伸をするリリア。
考えてみれば時間は深夜。 夜食を買いに来たリリアが僕を見つけ、衝動的にやってきたダンジョン。 さすがに眠いのだろう。 夜型の僕とは違うのだ。 それに、準備もなにもしていなかったため、僕も、護衛の三人もダンジョンに入るための装備を持ち得ていなかった。
最初から気づけよと思ったけれど、リリアは浮かれているようだったし、それ以上に僕も混乱していのが現実だ。 護衛を務める三人も、夜食を買いに行くための短時間の護衛だったはず。 彼女の予定外の行動にさぞかし戸惑っただろう。
「じゃあ、今日はこのへんにしておこうかな?」
そんなことを考えながら、終了を口にする。 だが、その言葉は空気のように無視されていた。 どうやら僕に決定権は無いし、僕の存在はむしろ不快なものなのだろう。 苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている男性たちを見てそう思った。
「そうね。 じゃあ、帰りは一気に行きましょう」
そう言うと、彼女は男性の一人の背に飛び乗ると、三人は何も言わずに走り出した。
追いかけるのに必死な佐藤くんです。
ブクマ、評価、励みになります。感想お気軽にお書きください。




