No.11 迫る者たち
魔界の空は、かつてないほどに淀んでいた。
魔界中に増えすぎた魔素は、大気をうっすらと紫色の霧で覆い尽くしている。 その歪んだ魔素の渦から、異形の怪物たちが次々と産み落とされていた。 その中で水を得た魚のように、活発に蠢き始めたのが、「悪魔族」と呼ばれる種族であった。
魔界の住人である魔人たちから「悪魔族」と呼ばれる彼らは、魔素を糧にすることでその力を増し、今や魔界の王ハデスですら制御不能な存在となっていた。
その悪魔族の頂点に立つ男、クレイデスという悪魔は今、魔界の王が居城としている場所からすぐ近くに大軍を率い、その軍勢を前に満足気な笑みを浮かべていた。
クレイデスは三メートルに近い体を持ち、悪魔族を象徴する漆黒の翼が四枚生えている。 額から突き出した二本の角は、周囲の魔素を吸い込み、鈍い輝きを放ち、その瞳は燃え盛る石炭のように赤く、周囲に怒りをぶつけるように燃え上がって見えた。
その彼の目の前に今、塔へと繋がるであろう巨大な門が見えていた。
その扉は、本来秘匿されているはずだった。 塔の作成者、エミリカの招待を受けなければ、見えず使えずのはずだったそれは、今まさにクレイデスの目の前に存在を露わにされている。
クレイデスは、集結した数百の悪魔たちを見下ろした。
「我が生み出した魔の物たちにより、この世界は魔素に包まれた! この濃厚な魔素の世界で、奴らは無力である! 我らにとって、もはやこの世界を支配することなど造作もないこと……、そして、時は満ちた!」
彼の声は地響きのように重く、周囲の空間を震わせた。 さらに、両手を広げながら周囲の魔素を吸い尽くすと、溢れ出る威圧感がさらに増した。
クレイデスは、自らの特性により大量の魔素を生み出す術を持っている。 彼の持つスキル「眷属」により、数多の魔物が生み出され、それらは絶えず魔素を吐き出し、それが新たな魔物を生む。 それが魔界に広がる魔素汚染の真相であった。
「奴らは、悪あがきとして塔を作り出したようだが、ここにその入り口の存在を見つけた以上、別世界すらも我らの糧とすることも可能となった! 今、我は二つの世界の覇王への道を、歩み始めるのだ!」
浄化装置でもある塔を略奪し、ダンジョンコアが貯めこんだ魔素を逆流させれば、魔界ばかりかそこに連なる異世界もが、彼らの理想郷へと変わるだろう。 塔の存在は、彼らにとってはまさに思いがけない僥倖だった。
地球という名の異界への侵攻計画は着々と進められ、そして今まさに、その第一歩が踏みしめられていた。
この扉の存在が漏洩したのは一人の悪魔によるもの。 魔素の流れを詳細に感知できる「魔素感知」という稀有なスキルを持って生まれたノービスという角無しの弱小悪魔。 彼が漂う魔素を吸収している際に、不自然な流れを見つけたのだ。
その動きはわずかで、他の悪魔族であっても感知するのは難しいものであったが、クレイデスはその小さき者の進言に耳を傾け、その流れの終着点を確認、巨大な魔力の塊をぶつけその扉の隠ぺいを消し去ったのだ。
それにより、悪魔族の異界進攻計画は進められていた。
この悪魔族の集結を、魔界の王ハデスは、自らの居城の窓から苦い表情で見つめていた。 定期的に偵察スキル持ちの部下たちからその様子が届けられる中、一刻も早いダンジョンコアの管理権の奪取を願っていた。
「もはや、あの少年の『魔力無効』だけが、唯一の希望とは……」
ハデスの言葉に、傍らに立つ娘のエミリカも、不安に唇を噛んでいた。 そして、彼の無事と、最上階への到達を心の底から祈っていた。
◆◇◆◇◆
他国による侵略騒動から、さらに二か月が経過した頃、僕たちは、驚異的な速度で塔の攻略を進めていた。
ハルカちゃん、カオリさん、カツオさんの三人も、今や一流の探索者として遜色ない実力を備えている。 連携は完璧であり、70階層以降の強力な魔物たちも、危なげなく退けてきた。 だがその反面、エミリカからの定期連絡は、日を追うごとに緊迫した内容へと変わっていった。
『サトウ様、本当に申し訳ありません。 悪魔族が塔の接続口、扉の破壊に着手しようとしています。 破壊され、強引に接続でもされれば、終わってしまいます。 厳しいことは分かっておりますが、何卒宜しくお願いします』
通信越しの彼女の声は、微かに震えていた。 扉が見つかってしまったとの報告を聞いたのは凡そ一週間前。 彼らは塔に侵入し、こちらを自らの領土として侵略しようとしているようだ。
そんなまさかの報告に、僕らも、日本政府の面々も、大いに頭を悩ませる。 エミリカから「扉が見つかったとしても、そう簡単に接続できるわけではないのですが」と聞かされたが、もはや一刻の猶予もないようだ。
僕たちは寝る間も惜しみ、攻略の速度をさらに上げた。
幸いなことに、他国の探索者たちの協力により、現状では最上級となる装備類を得ることができている。 各国の探索者経由で寄付された装備類の貢献度ランキングは、今はB国がトップであった。 ダンジョンコアの管理権を取得した際には、最優先での優遇をすることになるだろう。
そして今、目標である百階層は、すぐそこまで迫っていた。 90階層を越えると、その質が劇的に変化した魔物たちであったが、僕たちは必死に最上階を目指し駆け抜けてゆく。
これまでの生物的な魔物ではなく、魔素が形を成したような、実体の希薄な敵も増えていた。 逆に言えばそれらの実体のない魔物たちにとって、僕の魔力無効のスキルは天敵とも言える存在だった。
その周囲の魔素を散らせば、完全に無効化できるボーナスステージ。 その分、実体のある人型の魔物への対応に集中できていたことで、悪魔族の侵入する前に、最上階へと到達することができた。
「みんな、あともう少しだよ。ここのボスを倒せば、全てが終わるんだ!」
僕は仲間たちを鼓舞し、最上階のボス部屋の扉に手をかけた。
ギギギという重々しい効果音を響かせ開く扉。 その先には大きな空間が広がっている。 最後の戦いだ。 そう思いながら慎重に中へと入る。 仲間にはその影響を出さないように注視しながら、部屋全体に魔力無効のスキルを広げる。
飛散する魔素。 そして、いつものように部屋の中央に輝く魔法陣。 今回も魔法陣に向け魔力無効を使うが、やはり何の効果も得られなかった。 そして、三体の人型の魔物が召喚された。
深淵の邪神と名付けられた巨人のような体を持つ褐色の魔物と対峙する。 その傍らには黒色の肌を持つ邪神の眷属が二体。 それぞれが不気味な脈動を繰り返す黒いロッドを掲げ、こちらを感情の無い黒い目で見つめていた。
最後の戦いが始まる……
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