今日も幸せ!
私は生まれた時からとっても恵まれているの!
伯爵家の末っ子に産まれ、上には優しい双子の兄がいて、待望の女の子だった私はとっても可愛がられているの。
お兄様はふたりとも優しくて格好良くて素敵ねって皆言ってくれるの。
それに、お兄様とはとっても歳が離れているから、お父様とお母様は私のことが可愛くて仕方がないでしょうねって皆言うわ。
貴族としての責任もない末っ子で、それも女の子なんて本当に自由に生きられわねって皆言うのよ。
だから私は恵まれているの!
なぜなら、今日も、生きているんだから!
「早く出ていけ!!」
キーランドお兄様の怒った声に、慌てて立ち上がる。
ずきずきと痛い足を引きずって、扉の前で頭を下げる。
ガシャンと投げつけられた花瓶が私の足にあたってから床で割れた。
あらあら、やっぱり私は恵まれているわ。
だって、頭に当たっていたらもっともっと痛かったもの!
「失礼致しました」
静かに閉められた扉の後ろでお兄様の声にならない叫び声が響いている。
広い廊下の向こうからはお母様が心配そうにこちらに向かって歩いてきていて、私は壁際へと寄った。
お母様は私を見ずに、お兄様の部屋の前を警備している使用人に声をかける。
「キーランドは大丈夫? 大きな音がしたわ、怪我をしているかもしれないわ。医者は呼んだの?」
「奥様、坊っちゃまにお怪我はございません。ご安心くださいませ」
「そうなの? それなら安心だわ」
ほっと息を吐いて、お母様の視界には私が映ったみたい。
こちらを見てきゃあ、とお可愛らしい悲鳴をあげてメイドに支えられるお母様がなんてこと、と声を上げた。
「あなた、私のお屋敷を汚さないでって何度言ったらわかるの! どれだけ私たち家族を苦しめたら満足するの!?」
お兄様のお部屋から、私の足元に繋がる赤い点々道。
いけない、血が出ていたみたい。気が付かずに長い距離を歩いてしまったわ。
「申し訳ございません」
「なんでそんな簡単なことが出来ないの! 信じられないわ、キーランドのお部屋も汚したんじゃないでしょうね!?」
慌てて頭を下げた私にお母様は大変御立腹のようす。
仕方がないわ。だって、血液は落ちにくいんだもの。
どうしましょう、お風呂場のお掃除は先程終えたばかり。
張り替えたばかりで綺麗なお湯を、お掃除の為に汲むのは勿体ないわ。
「聞いているの!?」
大きなお声と、お母様の扇が私の後頭部を叩いた衝撃が同時に訪れた。さらさらと、お母様の短くて綺麗な金髪が首元で揺れている。
「申し訳ございません」
私ってば。考え事に集中してお母様のお話も聞かないで。
失礼な態度でお母様のご機嫌を損ねてしまうなんて、本当に駄目だわ。
強く叩きすぎたせいでお手を痛めてはいないかしら。
心配で伸ばした私の手を、お母様はもう一度扇で叩いてばちん、と派手な音が響く。
まあ、余計なことをしてしまったわ。
お母様のお手が心配でしたのに、私のせいで余計に悪化させてしまうかも。
申し訳ございません、ともう一度頭を下げるとお母様はぷんぷん怒りながらキーランドお兄様のお部屋に入っていった。
中からは甘いお母様の心配の声が響いて、その後すぐに、雑巾と湯気の経つお湯の入ったバケツを手にした掃除婦が私の元へ。
「奥様からのご親切です」
そう言った彼女が私の傍にお掃除道具の一式を置いていってくださったの。
まあ、私は本当に、なんて恵まれているのかしら!
お母様は本当に親切なお方だから、私のためにお湯を準備してくださったのね!
「ありがとう!」
掃除婦にお礼を告げると彼女は歪な笑顔を浮かべて去っていく。
よし、と雑巾を手に屈みこんだら、私の長い灰色の髪が赤く染って廊下を汚そうと落ちてきた。
そうだわ。髪紐は昨日ちぎれてしまって、予備も無いのよね。
暫く考えて、首元からお洋服の中に髪の毛をしまい込んでお掃除を始める。
今日は真っ黒なドレスを着ているから、汚れも目立たなくて丁度良かったわ!
やっぱり私ってば、恵まれている。




