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辺境スローライフ満喫中の俺、実は悪役令嬢の婚約破棄すら計算済みの黒幕でした  作者: 妙原奇天


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終章 この世界のすべては、掌の上で

 季節がひとつ、巡った。

 白花の咲く丘は、いま青く穂を揺らしている。

 風が通り抜け、麦の波が太陽にきらめいた。

 ――戦はなかった。

 だが、確かに国は変わった。


 王は春の初めに崩御した。

 葬儀は静かに行われ、喪の鐘は三日間鳴り続けた。

 その間も市場は動き、粉庫手形は滞りなく流れた。

 王が死んでも、国は止まらない。

 それこそが、ライル・グランの築いた“秩序”だった。



 グレン村の小さな丘。

 新しい製粉所のそばで、ライルは麦の穂を握っていた。

 あの日の焼き印は、いまも腰に下げている。

 煤は落ち、白布が巻かれている。

 ――アメリアの婚礼衣装の切れ端だ。


「……結局、俺は何も築いていないのかもしれないな」


 呟くと、後ろから声が返った。


「築いたじゃない。見えない形で。」


 アメリアだった。

 彼女は白い帽子をかぶり、風に髪を遊ばせている。

 ヴァーミリオン家の当主となり、王都と辺境をつなぐ“白花同盟”の代表でもあった。

 けれど彼女の笑みは、昔のままだ。


「ねえ、ライル。王都の子どもたち、パンを“白幕パン”って呼ぶのよ」


「皮肉だな。黒幕の策で焼いたパンを、白幕の名で呼ぶとは。」


「いいじゃない。黒と白、両方そろって初めて模様になるんだから。」


 アメリアは草の上に腰を下ろし、空を見上げた。

 白い雲が、ゆっくりと流れていく。

 あの日、王城で光が差したときと同じ空。

 彼女は目を細めて言った。


「あなたの“策”は、まだ終わってないでしょう?」


「策に終わりはない。ただ、人が歩き続ける限り、形を変えるだけだ。」


「じゃあ、次は何を?」


「次は――静かに暮らす。」


 アメリアが笑う。「それ、あなたが一番苦手なことね。」


「そうかもしれない。」


 ライルは掌を開いた。

 麦の穂が一本、そこに落ちる。

 小さな種が、風に乗って指先を離れた。


「でも、“掌の上”ってのは案外広いんだ。

 世界を支配するためじゃない。

 守るためなら、これくらいの広さで十分だ。」


 アメリアはその手を見つめ、静かに言った。


「ねえ、ライル。あなたの掌の中に、私は入ってる?」


「ずっと前から。」


 その答えに、アメリアは微笑み、目を閉じた。

 風が頬を撫で、麦の波がざわめく。

 遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。

 誰も知らないだろう。

 この平和が、かつて“黒幕”と呼ばれた一人の男の策によって保たれていることを。



 夕暮れ。

 製粉所の煙突から、白い煙が細く立ちのぼる。

 それは空に溶け、夜へと変わる。

 ライルはその煙を見上げながら、ぽつりと呟いた。


「父上……あなたの策も、ようやく完成しましたよ。」


 風が答えるように吹いた。

 煙はほどけ、星がひとつ、光った。



 夜、村の灯がひとつ、またひとつ消えていく。

 アメリアは窓辺に立ち、ライルが畑を歩くのを見ていた。

 彼はいつもと同じように、明日の風向きを確かめ、

 土を一握りし、空を仰ぐ。


 彼の世界は、広くもなく、狭くもない。

 それでも、確かに動いている。

 すべては――その掌の上で。


――Fin.

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