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辺境スローライフ満喫中の俺、実は悪役令嬢の婚約破棄すら計算済みの黒幕でした  作者: 妙原奇天


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第六話 辺境連合、蜂起す

 白花交易会の朝、王都は異様に静かだった。

 市場の鐘が三度鳴る。その音に、何千という商人が一斉に帳面を開く。

 粉庫手形の交換が始まった。


 紙ではない木札。焼き印、紐、蜂蜜結晶。

 どれも見慣れぬ通貨。だが、どの商人も受け取る。

 ――それは“王都の銅貨”より早く回る。

 信用は形ではなく、速さだ。

 動くものが価値を生む。



 王都中央市場・管理局。


「陛下、交易の帳簿が合いません。粉の取引高が三倍、王都銅貨の使用率が半減しております!」


「粉? 粉など辺境の雑貨だろう!」


 大臣たちは怒鳴り合う。

 しかし帳簿の数字は嘘をつかない。

 “粉庫手形”が、実質的に貨幣として機能している。

 王国の金流が、知らぬ間にライルの“道”を通っていた。

 しかも、その徴税印には――王都の徴税官グレイの署名。


 王は顔をしかめた。「反逆ではないのか?」


「いいえ、陛下。形式上は合法です。“王都後援”と印されています」


「後援……? 誰がそんな――」


 文官が紙を掲げる。

 そこには、金糸の署名。

 ――ディラン・ヴァーミリオン。


 王の声が、低く震えた。

「ヴァーミリオン家……またか」



 その頃、グレン村。

 広場の端で、ライルは静かにパンを焼いていた。

 粉の香りが風に乗り、村人たちの声が遠くで響く。

 王都の混乱は、まだここには届かない。

 だが、届かないことこそ、届いている証拠だ。


「……始まったか」


 炉の火を見つめながら呟く。

 アメリアが背後から近づく。

 白い外套をまとい、穏やかに微笑んでいた。

 だがその指先は震えている。


「王都で“粉暴落”の報が。……貴族たちが取り付けを始めたわ」


「恐慌は計算のうちだ。信用を崩せば、再構築ができる」


「でも、それでは人が……」


「――だからこそ、俺がいる」


 ライルは振り返らずに言った。

 炎の色がその横顔を照らす。

 冷徹でも、どこか優しい光。

 アメリアは息を詰めた。

 王都を混乱に落としながら、その中心に“秩序”を見据える目。

 彼は破壊者ではなく、再建者なのだ。


「君が“悪役令嬢”を演じたように、俺は“反逆者”を演じる。――だが、真実は逆だ」



 王都・評議の間。

 ディランは議員たちの怒声を受け流していた。

 机の上には粉庫手形の束。

 彼は一本を取り、蝋燭の火にかざす。

 結晶が光り、燃えずに残る。

 まるで、信用が燃え尽きない証のように。


「この構造は……天才だな」

 隣の参謀が唸る。

「法の内側に作られた“別の国”。徴税も軍も経済も、王都に属しながら王都を凌駕している」


「つまり――辺境連合か」


 誰かが呟いた。

 その名が会議室を満たした瞬間、沈黙が落ちる。

 “辺境連合”。

 王国の外で、王国を支える者たち。

 反逆ではない。だが従属でもない。

 ディランは書簡を取り出した。

 封にはライルの印――風車の羽根。


『これは剣ではなく、耕具である。

 この地を耕す者こそ、真の王。』


 短い文。だが、その意図は明確だった。

 ――王都を攻める気はない。

 王都を「養う」つもりなのだ。


 ディランは深く息を吐き、立ち上がる。

「陛下。辺境を敵に回せば、国は干上がります。彼らの通貨を“王国補助貨幣”として認めるべきです」


「何を言う! それは屈服だ!」


「いいえ、共存です。

 この国は今、戦ではなく“信頼”で立っている。

 ――信頼を奪う者こそ、本当の反逆者です」


 王は沈黙し、重い玉座の肘掛けに手を置いた。

 彼は老いている。

 老いは恐怖を育てる。

 恐怖は、決断を遅らせる。

 そして遅れた決断は、すでに敗北だ。



 翌日。

 グレン村に早馬が駆け込んだ。

 封蝋には王都の印。

 ティナが震える手でそれを差し出す。

 ライルは開き、一読して目を細めた。


『王国は辺境粉庫手形を“補助貨幣”として承認す。

 ――ただし発行管理をヴァーミリオン家に委任。』


 アメリアの手が震えた。「……つまり、王都は降伏を認めたの?」


「名目上はそうだ。だが実際には、“共存”の名を借りた再編だ。

 この国はもう、一つの王国ではない。二つの信用で成り立つ双子国家になった」


「ライル……あなた、まさか……」


「これが最初の一手だ。王を倒すには、血ではなく“信頼”を奪うこと。

 そして、信頼を奪われた王は、次に“与える者”に従う」


 アメリアは沈黙した。

 ライルの掌の上で、国が形を変えていく。

 その知略の深さに、恐れと尊敬が入り混じる。


「でも……あなたは王になりたいの?」


「王にはならない。

 王は“名”を奪い、黒幕は“影”を守る。

 影は光を必要としない。光を導くのが、俺の仕事だ」


 彼は微笑み、アメリアの外套の裾を直した。

 白い布に、指先が触れる。


「君が“表”を歩け。俺は“裏”で支える。

 それが、盤上の約束だ」


 アメリアはその言葉に、ゆっくりと頷いた。



 その夜。

 村の空には無数の白花灯が舞っていた。

 誰も戦わず、誰も倒れず、ひとつの革命が終わろうとしている。

 だがライルは知っていた。

 終わりは次の始まりだ。


 火の粉が舞い上がる。

 遠く王都の方角から、笛の音が聞こえた。

 風が変わる。

 国が変わる。


 ライルはそっと呟いた。


「これで“辺境連合”は芽吹いた。

 次は――王国の心臓に根を張る番だ」


 その声は、夜風に溶けて消えた。

 だが翌朝、王都の市場にはひとつの噂が立つ。


 “黒幕軍師が王国を救った”と。

 そして同時に、

 “黒幕が王国を支配した”とも。


 真実は、どちらでもいい。

 それを決めるのは――次の一手だ。


第6話・完。

次回、第7話「黒幕の正体」――

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