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辺境スローライフ満喫中の俺、実は悪役令嬢の婚約破棄すら計算済みの黒幕でした  作者: 斎宮 たまき/斎宮 環


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第一話 婚約破棄の裏側で

 王都の大広間に、氷のような静寂が落ちていた。

 磨き上げられた白亜の床には、絵画のように整列した貴族たち。

 その中心で、俺は微動だにせず、彼女の言葉を待っていた。


「ライル・グラン。あなたとの婚約を破棄します」


 涼やかに響いた声は、王女に次ぐ高貴な存在――

 “悪役令嬢”と呼ばれる侯爵令嬢アメリア・ヴァーミリオンのものだった。

 会場がざわめく。

 だが、俺は少しも驚かない。


 ――ああ、予定通りだ。


 この婚約破棄は、彼女の独断ではない。

 王国上層部が仕掛けた権力争いの一手。

 俺が“邪魔”になったから切り捨てただけの話。


 俺はその流れを、三ヶ月前には完全に読んでいた。

 むしろ、それを「起こさせるように」仕組んでいたのだ。


 なぜなら――追放こそ、俺の解放であり、次の戦略の始まりだったから。


 アメリアの表情は、完璧な勝者の微笑みだった。

 だが、その笑顔の裏にある焦燥と不安を、俺だけが見抜いていた。

 彼女は優しい。

 そして、弱い。

 この場で「悪役」を演じなければ、彼女の家が潰されると知っている。

 だからこそ俺は、敢えて敗者の仮面を被る。


「……そうか。ならば、君の望むままに」


 俺は淡々と答え、頭を垂れた。

 嘲笑する貴族たちを横目に、扉を押し開けて去る。

 大広間の外に出た瞬間、胸の内に張りつめていた糸が、静かに緩んだ。


 ――これで、すべてが盤上に乗った。



 追放から七日後。

 俺は辺境の地、グレン村へとたどり着いた。

 王都から遠く離れた、風と土の匂いしかしない田舎だ。

 ここには、情報も権力も届かない。

 だが、だからこそ、再構築にふさわしい。


 村人たちは最初、俺を「ただの流れ者」として見ていた。

 けれど数日も経たないうちに、彼らの目の色は変わる。


 古びた製粉機を修理し、畑の配置を最適化し、

 日照と風の流れを読んで灌漑路を引く。

 たったそれだけで、収穫量は二倍になった。


「ライルさん、あんた頭いいんだなあ!」

「ただの学者かと思えば、鍛冶もできるのか!」


 彼らの笑顔を見るたびに、俺は微笑む。

 ――そう、俺は戦場でも経済でも、盤上を読むのが得意だ。

 王国参謀時代、千を超える戦略を立案した。

 だが、今はただ畑を眺め、焼きたてのパンをかじる。

 この静けさこそ、俺が望んでいた“休戦”だった。


 ……表向きは、な。



 夜。

 灯火の下、机に広げた羊皮紙には、王国地図が描かれている。

 赤い印は商会、青い印は傭兵団、黒い線は街道。

 俺の手で結ばれた新たな流通網が、徐々に王都を迂回して形成されていた。


 辺境で作物を育てる? いや、これは兵糧だ。

 交易を支える? いや、補給線だ。

 村人の笑顔の裏で、俺は戦略を育てている。


 王国の貴族たちが、俺を“失脚した男”と思い込む間に。


 やがてその補給線が国の心臓を締め上げることなど、

 誰ひとり気づくまい。



「……ライル様、手紙が」

 扉の向こうから、村娘のティナが差し出した封筒を受け取る。

 見覚えのある紋章――ヴァーミリオン家の紋だ。


 封を切ると、短い文が目に入った。

『どうか、生きていてください』


 震えるような文字。

 あの“婚約破棄”の裏で泣いていた彼女の顔が、脳裏に浮かぶ。


「……心配はいらない、アメリア」

 俺はそっと灯を消した。


 ――婚約破棄すら、計算済みだ。

 次に王国を支配するのは、王でも貴族でもない。

 盤上の影に潜む、ただの“辺境の男”だ。



 翌朝。

 東の空が淡く染まる頃、俺は村の丘に立っていた。

 吹き抜ける風の先には、まだ見ぬ戦場。

 だが今回は、血ではなく“策”で勝つ。


「さて――今日も畑を耕すか」


 手に取った鍬の刃先に、朝日が反射した。

 その光はまるで、次の戦略の号令のようだった。


第1話完。

(次回「第二話 辺境での新生活」――表と裏の顔が本格的に動き始める)

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