プロローグ
───ある日僕は神と出会ったんだ。
何を言っているんだと僕の頭を疑う気持ちはよく分かるけど、一度落ち着いて話を聞いて欲しい。
自分語りにはなるけど、僕はギルドに所属する平凡な冒険者だった。冒険者ランクはEクラスであり、極端に弱くもないが強くもない、それくらいの強さだ。
すみません、見栄を張りました。
冒険者全体で見れば僕は弱者の部類に入る。最低ランクのFクラスではないだけで、モンスターもろくに倒せない弱小冒険者。
これで駆け出しだったのなら言い訳が出来るけど、既に冒険者として活動を始めて5年の月日が経過している。
最低ランクのFからEまで上がるまでに4年を費やした。それは紛れもなく才能の無さの表れだった。
それでも努力を続けていれば、その実がいつか実り強くなれる。強くなってランクを上げられる。小さな頃から憧れた英雄のようになれる。そう信じて冒険者として活動を続けてきた。
陰で『薬草拾いのラルフ』なんて呼ばれているのも知っている。スライムを倒す事ですら苦戦する俺を嘲笑っているのも知っている。それでも諦めきれなかった。
───僕は父さんのような英雄になりたかった。
勇者パーティーの一員として世界を救った父さんのような、偉大な英雄に。
───けど、僕だけが才能がなかった。
僕より一年遅く冒険者になった妹は冒険者として最高ランクであるSランクにまで到達していた。一年前に冒険者になった弟も今ではBランク。僕だけがEランクで燻っている。
───才能の違いを見せつけられた。
分かっていた。才能のない自分がどれだけ足掻いても強くなれない事は。英雄に憧れてもその手が決して届かない事も。
凡才の自分を置いて上へ上へと上がっていく天才たちを見て僕の心は折れた。
冒険者を辞めよう。相応の仕事に就こう。
───神と出会ったのは、己の才能のなさに枕を涙で濡らした夜だった。
夢の中に現れたその男はこの世界を創った偉大な神と名乗り、僕に能力を与えると言った。何故僕の夢の中に現れたのか、何故僕を選んだのかは分からない。
神の気まぐれと、言ってしまえばそれまで⋯⋯。
あの時のやり取りはよく覚えている。強くなりたいか神に問われた。
心は折れていた。それでも、英雄になる事をまだ諦めきれずにいた僕は強くなりたいと答えた。
どんな代償を得ても構わない。父さんのように英雄になりたいと。そう答えたんだ。
神は満足そうに笑みを浮かべ僕に能力を与えた。その能力は異性に告白し、フラれる度にレベルが上がるというもの。フラれればフラれるほど強くなれる、神は笑いながら僕に言った。
───レベルとはなんだろう?なんでフラれたら強くなれるんだろう。疑問は尽きなかった。
神は律儀に僕の質問に答えてくれた。
レベルとはこの世界に生息する生物の強さを表す数字であり、神のみが見ることができる。レベルを見ればその生物がどれだけ強いかが一目で分かるそうだ。当然ではあるが、僕たちには見ることは出来ない。
そして、もう一つ。なんでフラれたら強くなるのか、その返答はあまりに理不尽で聞いた時は思わず笑ってしまった。
なんでも好意を寄せていた女神がいたらしく、神は自分のモノにしようと告白したそうだ。最高神である自分が告白すれば必ず成功すると疑わなかった神は、女神に告白を断られ傷心した。
この世の全てに絶望したとも言っていた。この世界は間違っている。滅ぼしてやる。そんな危ない考えにまで至った時に、どうにか踏みとどまった神はある事を思いついた。
神のように告白をして、フラれている姿を見れば傷心が癒えるのではないかと。自分だけではない。他の者もフラれる!フラれて当たり前。
言ってしまえば、自分と同じ立場の者を見て心を慰めたかった。だからそんな能力を与えた。
理不尽なのはここからで。異性にフラれるとレベルが1上昇するのに対して告白が成功するとレベルが5も下降する。
なんでそんなに違うのかと抗議すると、フラれる姿を見たいのであって成功するところは見たくないそうだ。
極めつけは恋人の関係になった場合、一日経つ事にレベルが1下降するとか言っていた。告白に成功した幸せな姿は見たくないとかで。
そして注意事項としてレベルが0を下回った時、僕は死ぬと教えられた。
───強さの代償に愛を、愛の代償に強さを。
強くなりたいのであればフラれろ。英雄であり続けたいのであれば誰とも付き合うな。幸せになるな。
そんな理不尽な能力であっても、僕は縋りたかった。強くなりたかった。英雄になりたかった。
───だからそんな理不尽な能力を受け入れた。
僕が異性にフラれる姿を沢山見れる事に満足した神は、僕と目を共有すると言ってきた。神の目を共有する事で僕にもレベルが分かるようになる。
そうすれば強さへの渇望は増し、恋人が出来た時に自分がどれだけ弱くなったかを実感させる事が出来る。そして、もう一つ。僕の目を通して下界の様子を───フラれている所を最高の席で見物する為。
こうして僕は『フラれる度にレベルが上がる』能力と神の目を手にした。
能力の効果を試したのはその翌日。
鏡に映る自分の頭の上に『5』の数字が浮かんでおり、神との出会いが夢ではなかったと悟った。夢の中での出会いだったから夢ではあるが⋯⋯ややこしくなるから考えるのはやめよう。
兎にも角にも神の目を共有した事で僕は生物のレベルを見る事ができるようになった。鏡に映る僕のレベルは『5』。それがどれだけの強さか分からない。
だから、宿屋の部屋を出て店主の頭の上に浮かんだ数字を見て絶望した。
───『6』
冒険者でもない、ただの町民である宿屋の店主の方が強かった。宿を出て町を歩けば自分の弱さが際立った。普通に生活している町民たちと強さが変わらない。僕の努力はなんだったんだ。
そして、冒険者ギルドに所属する冒険者を見て完全に心が折れた。
───『55』『47』『51』『44』『59』『61』『51』
その日、ギルドに集まっていた冒険者はDランクやCランクの者が多かったが、僕より一つランクが上の者でも10倍近い差があった。
駆け出しの冒険者ですら『12』。
5年も活動を続けて、幼少期からずっと鍛えてきたのには僕はたったの『5』?
───絶望した。
自分の才能の無さを数字として見せつけられた。幾らバカな僕でも現実というものを知ることが出来た⋯⋯。
こん僕俺が英雄になんてなれる訳がない。
───いや、まだだ!
まだ諦めるな!僕にはまだ足掻く為の力がある!神から与えられた能力がある!
足掻けよ!こんな絶望は今まで何度も味わってきた!可能性があるのなら精一杯足掻いてみせろ!強くなる努力をしろ!その為に。
「異性にフラれる?」
───強くなる為には異性に告白し、フラれるしかない。
能力の理不尽さを改めて実感し、心の中の奮起が一気に冷めた。現実に戻された。
それでも強くなる為に僕はある人物に告白する事を決めた。この町、唯一のAランクの冒険者である彼女に。
高嶺の花だ。
Eランクの自分なんかではどれだけ手を伸ばしても届かない。美しい彼女に一目惚れし、その強さに憧れた。強くなれば彼女に近付く事が出来るなんて不純な動機を最初は持っていたな。
彼女との実力が違いすぎて、そんな動機もいつしか消えていた。
「僕と恋人になってください!!」
コレは能力の確認をする為。強くなる為にはフラれる必要がある。フラれる為に告白しているから、傷付く必要はない。大丈夫だと自分を慰めながら、それでも勇気を出して告げた告白は、僕の予想通りにバッサリと断られた。
『わたしは自分より弱い人が嫌いなの』
───そんな一言と共に。
フラれる為に告白したのに、もの凄く傷付いた。悲しくて涙が出た。少しでも好意を持っている相手にフラれる事がこんなに辛いなんて思わなかった。この時だけは神の気持ちがよく分かった。
涙を流しながら宿屋に帰った僕を無人の部屋が出迎え、鏡に映る『6』の数字が僕の心を奮い立たせた。
強くなろう。弱いからフラれるのなら強くなればいい。英雄になりたいのであればフラれればいい。その為の能力を神に与えられている。
───僕は英雄になる!
───二年の時が経ち、僕の頭の上の数字は『103』へと変わり、
「一目見た時からそのお胸の虜でした。僕と付き合ってください!」
「絶対に嫌!」
今日も今日とてフラれている。