チェリーコーク・パニック
屋台で買ったホットドッグにケチャップとマスタードをたっぷりかけて、僕はそわそわしながら、自分の車を探した。
──ついに、ついに誘ってしまった!
西の空がほんのりと赤くなりはじめた頃、僕はスティーブの家の前に車を止めて、控えめにクラクションを鳴らした。少ししてから現れたスティーブは、僕を見つけると指を銃の形にして「ばん」とウインクした。僕のハートは射抜かれた。
夕暮れのドライブインシアターには、僕たち以外にもたくさんの人が来ている。どの辺に車を止めたんだっけ、そんなに前じゃなかったはずだとせかせか歩く僕の手の中で、ジュースの氷がじゃらじゃらと鳴った。
ジュースはチェリーコークでよかっただろうか。ひょっとしてルートビアの方が好みか?
日中の暑さがやわらいで、気持ちのいい風が吹いている。少しだけ排気ガスのむわっとした気配が漂っていた。
「おまたせ」
愛車のドアを開けると、ドライブインシアターにラジオの周波数を合わせていたスティーブと目があった。
軽やかな音楽と茶目っ気のある効果音が流れてくる。映画前に流れるCMだろう。
「チェリーコークでよかった? ルートビアと迷ったんだけど」
「チェリーコーク、いいじゃん」
スティーブは僕の手からチェリーコークを受け取ると、一口飲んで「うめえー!」と笑った。
能天気な返事に僕もつられて笑ってしまう。やがてラジオから、ジャーン! という派手な音が聞こえてきて、アクションホラー映画がはじまった。日常的だった風景が、恐怖の対象によってどんどんホラーになっていく。スティーブも僕も、ホットドッグを食べるのさえ忘れて、手に汗握りながら見入っていた。
銀幕の中では、主人公たちに敵がじわじわと迫ってきていた。一方通行のせまい通路で主人公たちが追われている。
──なんとか逃げ切った!
主人公たちと一緒に安心した途端、反対側から敵が出てきたので、僕もスティーブも思わず叫び声を上げてしまった。
ジュースの氷がじゃらじゃらと派手な音をたてて盛大にこぼれる。
「あっ、ごめん!」
「拭くもの!」
あわててティッシュを探して、こぼれたジュースを拭く。チェリーコークの染みが、スティーブと僕の服にできていた。
ヒュウ! と口笛が聞こえてきて、僕はそちらを振り返った。隣の車の男性が、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。女性の方は「ワオ!」と驚いた様子で口に手を当てている。
ラジオから聞こえてくるのは、主人公たちが敵から隠れて息をひそめる様子だ。呼吸が荒い。
「ち、違うから!」
僕は赤面した。ティッシュを探したりこぼれたジュースを拭いたりしていただけなのに、車が揺れてたからって──そんな「お楽しみ中」みたいな目で見ないで!
スティーブが、あわてる僕の横でホットドッグを食べはじめる。
隣のカップルが爆笑しはじめて、僕はますます頭を抱えた。
「スティーブ、ごめんよ。勘違いされちゃったみたいだ」
「え、何が?」
「隣の車に、その……お楽しみ中だって勘違いされたみたいで」
「あっそう」
けろりとした様子で、スティーブは言った。
「別にいいんじゃない?」
僕の胸がどきりとする。スティーブの言った意味を図りかねて、僕はもじもじと視線を落ち着かなくさまよわせた。
【おわり】