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プロローグ 御饌児(みけこ)

 奥多摩の小村、()守村(もりむら)。底が見える程に済んだ湖、神泉(かずみ)()。嘗てが「かみいずみ」と言う名だが、それが縮まって今の読み方になった。

 現在のような土地開発も無く、此処に住まう物も限られており、まだ人の手が加えられる前の豊かな自然の真ん中で、それは行われていた。真ん中には木投資然とした男、後ろには三角形の形に村の代表者が手を合わせながら跪き、そのそばには旅姿の侍が様子を監視している。目の前には、粗末な衣装に身を包んだ五歳程の少女が縛り付けられ、湖の目の前に座らされていた。

 これから土地神、(こう)()へ貢物を献上する儀式が行われる。

 蛟―想像上の動物で竜の一種とされ、特に水に関わる伝説や神話に登場する竜や蛇、水神として知られています。その形は様々で、龍の様にも蛇の様にも見え(こう)(りゅう)、蛟蛇とよばれている。

 この土地では、蛟蛇は世を潤わせる神水を分け与える水分(みくまり)ノ(の)(かみ)水分(みくまり)(ぬし)と呼ばている。

 時は江戸安政の頃、大地震や台風水害等の天災が続発し大勢の死者が出たまさに騒乱期。僅か数年には安政の大獄が巻き起こる。

 数々の天災や騒動によって乾き乱れた世に再び潤いを・・・、この儀式にはそうした意味が込められている。

 「これで静まればよいが・・・。」

 厳めしい顔を浮かべる侍は、幕府天領地を修める代官所詰め役人だ。天領地に問題があると、上役たる代官の攻めとなる。

 故にこうした儀式があると、監視の為に臨場するのだ。

 「今までの騒動も、水分主様を蔑ろにした報いでしょうな。」

 「御饌児(みけこ)を捧げれば、水分主様も喜ばれ世は潤うであろう・・・。」

 「しかし、見つかってよかったのぅ。」

 「二親が隠していたばかりに、要らざる騒動を生んでしまいました。申し訳ありません。」

 「見つかったのであれば、良い。」

 「お(しげ)め、罰当たりな事を・・・。」

 暫く恐怖で震えていた少女は、きょろきょろと周りを見わわした。すると、同じように縛り付けられた男女が目に入った。

 その男女は、湖の前で縛り付けられている少女の両親だ。

 「おっ父ぅー!おっ母ぁー!助けてえ!!」

 「嘉代(かよ)!嘉代!」

 「庄屋様ぁ、御見逃し下せぇ。いくら何でも可哀そうです!」

 「黙れこの罰当たりめ、ただで済むとは思うな・・・。」

 百姓姿の大男に力任せに智にねじ伏せられ、言葉を発する事が出来なくなった。

 「罰当たり。」

 「村を脅かしたとんでもねえ奴・・」

 口々に民衆の中から誹る声が聞こえてくる。

 今からこの赤子は土地神の供物、生贄になるのだ。飢饉や天災に備え、、大規模な建造物の完成や、大災害を防ぐために生きた人間を犠牲として、地中や水中に埋める「人柱」と言う生贄の儀式が行われていた。

 この水分ノ神へ子を送る、御饌児の儀式もその一つだ。

 今まさに人柱にされようとしている嘉代は、水分主の望む生贄「巳年巳の刻」の条件を果たした少女で、御饌児に選ばれた次第だ。

 しかし二親は、人柱にする事を拒みその所在を隠して育てていた。だが、村民の密告により嘉代は捕らえられ、今まさに生贄にされようとしているのだ。

 「では始めようか・・・。」

 侍の指示により、庄屋がゆりかごを持ち湖へと向かった。すると侍の合図で村人たちは両足を出させ、足の筋を鉈を用いて斬った。

 「痛い~痛いよぉ!!」

 「嘉代、嘉代っ!」

 「これで良い、助かっては生贄にならぬからな。」

 すると村人たちは「離して!離して!」と抗う嘉代の両脇を抱え、粗末な木舟に嘉代を乗せた。

 そして、湖まで木舟を押し出すと船底に穴をあけた。穴は小さいが、五歳児の重みであれば沈むには十分。両手を厳重に縛り、足の筋を斬られては逃れる術はない。村人たちは、嘉代を確実に生贄にするつもりだ。湖の波に流され、ゆりかごはもはや人の手が届かない真ん中まで流れて行った。

 すると赤子も様子が変である事に気が付き、「うぅ~あぁ~」と今にも泣きそうな声を上げ陸地の母親の方角へと手を伸ばした。

 「助けてくれぇ!死にたくねえ!!」

 「坊ぅ~坊ぅ~。」

 母親の声が湖中に木霊した。

 真ん中に就くころには、船底の穴から段々と浸水していた。そして、丁度真ん中になった所で大量の水によって舟、そして船上の嘉代は湖の中に沈んだ。その絶望的な惨劇を目の当たりにし、二親は泣き崩れ声も出ない様子だった。

 対照的に、安堵の表情を浮かべ侍は言った。

 「水分主様、召し上がったか・・・。」

 「その様ですな・・・。」

 「庄屋、高岡六(たかおかろく)()衛門(えもん)。二度とこのような失態の無きよう。」

 「申し訳ありません、二親は如何致しましょう。」

 「捨て置け、だが人間らしい扱いは無用。髪に背いた罰当たりとして、相応の扱いをな。」

 「かしこまりました。」

 そう言うと六左衛門は大男二人に合図をし、二親を引っ立てさせた。

 この頃には水面上の木舟は、完全に沈んでいた。

 神守村の神泉湖では、巳年巳の刻に産まれた子を神泉湖に供物として流す儀式が行われていた。

 天災から土地を間折る、れっきとした儀式。しかしその実、水分主に赤子を捧げる儀式は、育てる事が出来ない子を殺す口減らし、間引きの手段でもあった。原則として巳に関連する赤子を生贄にするのだが、次第にその意識は薄れ「この赤子は巳年巳の刻の生まれ」と偽り、式とは別に川に無断で赤子を沈める者まで存在したと言う。

 この湖は、こうした供物にされた赤子が数多く沈んでいる事から「児喰(こじき)()」と呼ばれていた。


 江戸時代が終わりを告げ、大政奉還および廃藩置県により神守村は亡くなり奥多摩の湖も埋め立てられた。この跡地では建物が建つ際、人柱の儀式が行われていた事もあり御祓いの儀式が行われていた。

 「昔此処では子殺しが行われ、それが悪霊化し彷徨っている」

 年号が幾度も変わり、時代が変わっていくうちに児喰湖の伝説は確証の薄い都市伝説とされ、こうして俄かに語り継がれる程度になった。

 奥多摩の某所、地下の一室。目の前には、まるで何かを飼育でもしているかの様ながらずばりの壁と扉。

 その前に五人程度の人間が、神話の魔導士の様な衣装に身を包み中に入った。ガラスの壁の前には既に、古  風な祈祷師の衣装に身を包んだ男が建っていた。

 「代表、水分主様は如何でしょうか?」

 「・・・・・、御怒りです・・・。」

 「あの震災も、もしや?」

 「水分主様の逆鱗に触れての事でしょう・・・。」

 「やはり・・・。」

 足元には三人の子供が両手を縛られた状態で、まるで囚人の様に引っ立てられて来た。

 「ねえ、僕たちをどうするの?」

 「お家に返してよ!」

 「ここはどこなの?」

 拘束され、得体のしれない場所に連れられて来た子供は見るからに混乱していた。今から自分はどんな目に会うのだろうか、歯医者に連れてこられる恐怖心のとはまた違う、生命の危機を感じていた。

 「その子達ですかな?同時期、巳年巳の刻に産まれた子は。」

 「はい。」

 「よく三人も生まれておりましたな・・・、先生。」

 「来る儀式の為でしょうな。」

 まるで品定めでもするかの様に子供を見る祈祷師、すると後ろからズズズと言う何かを引きずる音が聞こえた。

 「お待ちかねの様ですな。」

 「その様です、早く捧げましょう。」

 「承知いたしました。」

 すると乱暴に子供達を引っ立て、ガラス張りの戸を開け、先ず一人を水の中へ放り込んだ。

 「なっ、何っ?」

 中に放り込まれた子供、目の前に広がるのは人工的に敷き詰められた地面、端には作られた水辺、まるで動物園の飼育部屋の中の様だった。両手を縛られてはいるが、足は動く様で少年は歩き出し、脱出経路が無いかを探し回った。暫く歩いていると坂になっており、そこには洞窟があった。

 もしかして、此処から逃げられるかもしれない。

 洞窟に近づくと、何かに光が反射してキラリと二つの玉が光った。

 何かいる・・・!?

 無知な子供にも、危険な何かがいる事は解った。

 ズズズー

 何かが引きずられるような音が聞こえたかと思うと、目の前に出て来たそれは、10メートル近くある大 蛇。その大蛇は珍しい事に、全身の鱗は真っ白で両目は赤かった。

 その姿は子供にとって、まさにパニック映画に出てくる様なモンスターだった。

 「ひっ!?」

 そのモンスターは鎌首を上げ、ペロペロと舌なめずりをする様に舌を出しながら子供を診た。

 エサを見つけた・・・。

 待ち焦がれたエサを見つけ、大蛇はゆっくりと近づき顔を近づけた。

 「こっ、来ないで・・・。」

 このままでは食べられる!子供は一目散に逃げだした。右に左に、自分の身を守ろうと無意識に逃げ出した。

 入り口を探したが、あるはずの入り口が見つからない。

 「出してぇ!!出してよ!!!」

 一番端に到達すると、辺りの壁を叩きながら大声を上げた。

 助けてっ!死にたくないっ!

 手が痣だらけになろうと、血が出ようとかまわなかった。助かりたい、ただそれだけだった。

 だが、少年のその願いは空しく出口は見つからない。僅かな望みを胸に再び走り出すと、石に躓いて転んだ。

 後ろから這いずる音が聞こえる。恐る恐る振り返ると、大蛇が追いかけて来ていた。大蛇は余程腹が空いていると見えて、確実の少年の後ろを追いかけていた。

 食われる・・・。

 「や、やだ・・・。来ないで・・・。」

 ようやく吐き出すよう少年が言うが、その声も空しく大蛇はずいずいと近づいてくる。鎌首を持ち上げ、ゆっくりと口を開けたかと思うと、目にも止まらぬ速さで食らいついた。

 「やだあぁぁ!!」

 顔に食らいつき、大蛇は子供に巻き付いた。この手の大蛇は無毒だが、獲物を食らう為に相手を絞め殺すのだ。蛇は乱麻の様に絡みつき、少年を締め付けた。

 「グッ・・・、グググ。」

 声を上げようにも出ない。少年は大蛇に締め付けらながらも、内臓がブチブチと潰れ、骨が砕かれて行く事に気が付いた。体内から込み上げてくる物を、まるで風船が破裂するかの様に掃き出し、少年はぐったりと息絶えた。

 息絶えた少年の遺体に、大蛇は頭から食らいつきゆっくりと飲み込んで行った。それを大人たちは、不敵な笑みを浮かべながら見ていた。中からは外を見る事は出来ないが、外から中を見る事が出来るマジックミラーになっている様だ。

 一方の子供は、自分と同じくらいの子供が蛇に食われた姿を目の当たりにし、腰を抜かし、漏らす子供までいた。

 「水分主様、満足されているようですな・・・。」

 「これで暫くは大丈夫でしょう・・・。」

 「あの大震災も、早くこの手段を取っていれば防げたかもしれないな。」

 「確実にそうだとは言えませんが、一理あると思います。」

 「そうですね。」

 「院長、残りの子供達はどうします?」

 「丁重に飼育しておけ、逃げ出さない様に厳重にな。」

 「承知しました。」

 「離して!」、「お家に帰りたい!」、泣きじゃくる子供を無視して黒ずくめの者たちは子供を連れて暗闇の中へ消えて行った。

 暫く中の大蛇の様子を見ていた院長と呼ばれる男は、ふと後ろから目線を感じた。目を凝らすと、青白い光の様な、人影の様な者が見えた。御菊人形の様なおかっぱ頭にお粗末な和装、そして足からは血が流れていた。

 「あんな生贄はいたか?」

 院長が目を凝らすと、その人影は消えていた。

 「どうしました?」

 祈祷師風の男が声を掛けると、院長は首を振った。

 「いいえ、何でもありません。天明(てんめい)様、御饌児は足りております。また然るべき時には、よろしくお願いいたします。」

 「かしこまりました。では、失礼いたしました。」

 祈祷師風の男を見送ると、院長もまたマジックミラーの施錠を確認し一室を後にした。

 その姿を、先程の和服姿の少女の影が見送っていた。


 ユルサナイ・・・・。


 その少女の、カヨの御霊は呟いた・・・。

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