03話:ポスト201-300
この作品はXへのポストのまとめです。https://x.com/hyogen_tokku
一般的な小説の書き方を大きく逸脱しているため、可読性が著しく劣ることにご注意ください。
「ちょ、ちょっと本鳳さん、さっきから何言ってスか?専用の通貨とかなんとか。今までそういう話ありました?」
本鳳「私個人の考えに過ぎません。党や政府内では一言もこのような話をしていません。開陳するのはこの場が初めてです」
「出ました本鳳さんの腹案」「マジか……いいんスか……」「特区限定通貨ねえ。しかも電子マネー。しかも塩が使えない」「馬鹿みたいな案だな」
「スタジオの空気がにわかに騒然となっておりますが……ええと、それは個人のお金のやり取りがすべて政府に覗かれるということですか?」
本鳳「ええ、そうです。それについてはっきり申し上げておきます。隠れた場所で違法な行為によってお金儲けできないようにするためです」
本鳳「特区内は合法の範囲が外より少し広くなりますが、違法を許すわけではありません。それを目論む者に利益供与してはいけません」
本鳳「人、物、金。これを完全にチェックすることで健全性を保つのです。大きな自由にはこの程度の責任を負うべきでしょう」
「考えが追いつかないのですが、住民はどのようにお金のやり取りをするのですか?たしか先ほど、専用の電子マネーを使うと……」
本鳳「個人ごとに貸与されるデジタル端末を使うのが基本です。今でもお店でモバイル決済をしていますよね」
「その端末を失くしたらどうなるんスか?」「現金が使えず、端末を紛失して電子マネーも使えないなら、困ったことになりそうですね」
本鳳「新たな端末を貸与してもいいですし、施設に備え付けてある端末を使ってもいいでしょう。どの端末を使っても同じです」
本鳳「指紋や虹彩など複数の生体データから個人認証するので、端末ごとで違うデータにアクセスできてしまうことはありません」
本鳳「どのお店の、どのATMを使っても自分の口座にしかアクセスできないのと似たようなものですね」
「不正を撲滅するにはそれくらい根本的な部分から対策する必要があるということですか」「でもこれディストピアってやつじゃないスか?」
「ITに疎い僕には何が何やら」「健全性優先ならサーバーでの管理よりブロックチェーン使えよ」「いえ、ブロックチェーンには課題も多く……」
本鳳「異論があるのは分かります。仔細を詰めきれていない部分もあります。ですが全体の方向性はこれで問題ないものと思っています」
「いきなり話が飛んで忘れてたんですけど、結局、特区内でもクリエイターを金銭面で助けないんですか?」「そうだった。その話どうなったの?」
本鳳「外以上に創作者が儲かる仕組みにする予定です。ただ、毎月一定額を給付するなどの、おざなりな措置にはならないということです」
党内に困惑が広がる。本鳳はまたしても独断で、特区内専用通貨という新案を世間に発表したのだ。当然、他の者にとって全くの初耳である。
厳しく追及して反省をうながすか、何らかの責任を取らせなければ世間に面子が立たない。
しかし特区構想の実質トップである本鳳を、いまさらになって下ろすのは難しいだろう。国民もそれを許すはずがない。
むしろ本鳳の機嫌を損ねて自ら下りられる方がまずい。世間は党より本鳳個人の味方をするに決まっており、支持率に響くのは目に見えているのだ。
結局は断りもなく発表したことへの叱責に留まり、本鳳は涼しい顔でひと言謝罪するだけで済んでしまった。
「これもあの女の読みどおりってわけか」「完全に特区構想を掌握してやがる」「もうあいつから主導権を奪えそうにない。おもねるしかないのか」
これまで本鳳は腹案を小出しにしており、少しずつ公開することでそのたびに注目を浴び、波状的に世論をあおる方法を取っている。
すべてを一息に公開しても、理解の及ばない者が多数出てきて大きな反発を呼びかねない。
最初に表現の完全な自由、表現解放派と規制派の住み分け、創作産業の成長というメリットからアピールしたのも世論を味方につけるためである。
もろ手を上げて賛成した者は後で態度を翻しづらいという心理を利用したに過ぎないが、それによって早期にすうせいが決まったのだろう。
本鳳は人気が急上昇し、連日メディアに引っ張りだこである。次にどんな案が出るのかと国民が期待し湧き上がっているのだ。
本鳳人気に引っ張られる形で党の支持率も上がり、野党を引き離している。党としては、これをふいにするわけにもいかない。
もはや次期首相も確実視されており、党総裁選への立候補が予想される。しかし、本鳳はそれを否定した。
本鳳「総裁選は辞退いたします。私にとって党代表や首相の座は身に余りますし、表現特区が最重要使命と存じております」
本鳳「特区の指揮をお任せいただけるなら、それ以外の人事や待遇にはこだわりません。陽下経済を支える特区のために粉骨砕身するのみです」
大方のメディアは、本鳳の決意の固さや誠意を感じ取れるこの発言を称賛した。もはや何を言っても前向きに受け取る雰囲気がかもされている。
安堵したのは現首相、つまり本鳳の所属とはことなる党内派閥だ。政権交代によって冷や飯を食わされる心配が当面なくなった。
これを機に本鳳へ対する党内の態度が急速に軟化し始めた。野党からも本鳳の吐露した信念に感銘を受け、うべなう者が続出している。
あまりにも一方的な空気に違和感を覚える者も少数存在する。しかしやはり、その声は世論の勢いにかき消されてしまった。
「なんかおかしくないか?小さな島ごときで世論が暴走してる」「まるでカルト」「ディストピアを作るカルト教祖様か。一体何が始まるんだか」
ここまで来れば、もう奇策は必要ないだろう。世論の支持は充分であり、いまさらやめられないところまで話が進んでいる。
そもそもアイデア自体に自信を持っているが、自分で気付かないような穴があったとしても、それを叩かれての廃案はもうあり得ない。
しかし懸念もある。構想自体が万全だろうが、自分がそれにたずさわれなければ意味がない。
本鳳は胸の内に秘めている特区構想のほんの一部を、全容として公開することにした。
曰く、特区内でのあらゆる表現物、表現行為は合法であり、推奨される。ただし他者の権利を侵害するものについてはこの限りではない。
つまり表現行為との建前で他人の家に無断で踏み入ったり、物を盗んだり、人を殺めたりするのは許されない。
また、推奨だが強制ではない。全く表現行為をせずに過ごしてもよいのだ。スランプにおちいり、意欲が萎える時もあるのだから。
そして特区内での公共の場所において、見たくない表現物を見ないで済む権利は認められない。
見たくないもので溢れている場所に自分の意志で入っていくのだから、国としてはその権利を保障する義務はないだろう。
そもそも過去の裁判の判例と憲法解釈の通説から、個人の見たくないものを見ないで済む権利は公共の場で表現物より優先されるべきではないのだ。
曰く、特区内でのあらゆる表現物に対する誠実な批評行為は推奨され、それ自体も批評され得る。表現は客観の批評なしには洗練させられない。
多くの視点からの批評を参考に新たな表現物を作り上げてはまた批評され、長きに渡ってそれを繰り返すことで人類の表現物は洗練されてきた。
なにより、多くの表現物は人が鑑賞してこそ、存在に意味を帯びてくる。表現物を通して他者を感動させるのは表現者全般の悲願だろう。
自分ひとりで完結させる表現を否定するものではないが、それは特区の目的である創作産業の成長に寄与しがたいため推奨されない。
誠実でさえあれば、表現物をどれだけ熱烈に称賛しようが厳しく批判しようが推奨される。心の泉から湧き上がる感想を押し殺す必要はないのだ。
だが心にもない感想は、時に表現者を惑わし、時に自らの評価も下げるだろう。表現に対する不誠実者は特区にとっての厄介者である。
表現物に対する批評が誠実か不誠実は鑑賞態度、当人の過去の批評、それに対する他者からの批評などを分析した上で判断され……。
「あーもういいよ、長えって。その資料何百ページあるんだ」「4000ページです」「誰がそんな読むんだよ」「みんな読んでますよ」
本鳳が特区への専念を表明し、構想の全容を公開したことで関係省庁が本腰を入れて調査と検討を開始。細部まで確認して詰めては改定を繰り返す。
ほどなくして閣僚級の審議にかけられ、特区構想は政府として正式に推し進める特区計画となった。国家事業として予算にも組み込まれる。
計画に沿って必要な法律案が作られる。成立は時間の問題だろう。施行は数年後の特区運用開始に合わせるはずである。
開始までの早さを優先して、土地開発はいったん小さな区画だけで済まされる。島の総面積10平方kmに対して、最初に開発するのは2平方kmのみ。
大がかりな施設は不要でひとまずは住居、商業施設、インフラ、社会インフラがあればよい。本州と行き来する船舶以外に公共交通機関はない。
実験的な試みのため、いきなり多額の予算を充てるわけにもいかないのだ。しばらく様子を見て成功と判断され次第、拡充していく予定である。
計画の全容は国民向けに噛み砕いた内容で公表され、事前の告知を経て移住者や事業者の一般公募が始まった。
特区内では成年向けの表現を日常で目にすることが想定されるため、成年が応募要件に含まれている。
移住者定員2000名に対して初日から数十倍の応募が殺到したせいで、政府のサーバーはアクセス過多で頻繁にダウンした。
「応募した人ってそんな簡単に今の生活やめて移住できるの?」「特区内でも普通の仕事は一応あるらしい。コンビニバイトとか。あとナマポも」
「クリエイターとして自由な創作をするために行くんだからバイトとかいらない。私はナマポで充分」「実は消費豚ばかりだったりして」
「つーかまだ数年あるし。絶対途中で気が変わる奴いるじゃん」「キャンセルはできる。この高倍率で勝ち取った権利捨てるとかもったいないけど」
「狭いのに人入れすぎじゃね?」「2平方kmに2000人……でしたっけ?非常に密度が高いのでしょうね」「この島の規模なら世界有数の過密」
「10平方kmの島だから10000人が限度ってこと?」「無理すればその5倍は入るはず。首都はさらにその数倍の人口密度だし」
「億のうちたった50000か」「観光客考慮したら50000はキツそう。住環境や各種施設をどの程度充実させるかにもよるだろうけど」
移住者の厳密な選定基準は非公表だが、できるだけ多様な層が選ばれることになっている。ただしすべてを応募者の中から選ぶわけではない。
輝かしい功績を上げた各分野の創作者に対して、政府側からアプローチして移住を呼びかける。特区には創作産業の育成という目的もあるためだ。
ただしあまりにも露骨に優遇すると不公平感が出るので、やはり移住者の大多数は応募者から選ばざるを得ない。
無名の卵からでも有名な創作者が生まれる可能性はあり、すべての著名な創作者も元々は無名なのだ。実現すれば申し分ない宣伝となる。
特区の運用開始まで期間の猶予は存分で、応募者も多いため選り取り見取りである。計画は好調に進んでおり焦る必要はない。
しかしここで首相と党幹部が本鳳を呼び出し、本鳳を計画の責任者から解任すると告げた。
「かねてより、虹原島を特区に選んだのは君自身の生まれ故郷への利益誘導のためではないか、との噂が流れているのは知っているね?」
「君が番組で語ったとおり、問題ないのは我々も分かっているのだがな。大切な国家事業であり失敗は許されない。世論対策も完璧にせねばならん」
「お前さんのこれまでの功績は充分に評価してる。正直、大したもんだ。でもこっからは俺らみてえなベテランの仕事っつーこった。わかってくれ」
懸念が当たった。彼らは創作産業の活性化や表現の自由などに興味はなく、ただひたすら私利私欲のために政治をむしばむ老獪な議員である。
手の内のすべてを晒せば、もう用済みだと言わんばかりに切り捨て、手柄だけを奪いにくるのはさもありなん。
世論対策とのたまっているが、本鳳が計画から外れれば党が批判を浴びるのは明白である。そのリスクを負ってでも利権を作り、掌握したいのだ。
あまりも欲ばかりが先行した愚かな決断だが、彼らは愚かさを武器に今までやってきた。そして今は愚かさで賢人を打ち倒せるつもりなのだろう。
場の空気が張り詰める。無論、幹部側は戦う覚悟ができている。だが本鳳はへいげいしてくる彼らとは対照的に、ほがらかな笑顔で受け答えた。
本鳳「承知いたしました。仰げる先生方なら、私も気兼ねなく後事をお任せできるというものです。書類を用意して明日、辞任の手続きに参ります」
「おお、身を引いてくれるか。では君の期待に答えられるよう、私たちも特区の未来のために力を尽くすと約束しよう。安心してくれたまえ」
「そんで早速で申し訳ねえんだがよ、この後すぐあの生放送の報道番組に出るんだろ?あんたの口から辞めるって言ってもらいてえんだ」
「君が辞任すれば世間は困惑する。しかし君自身の意思だと説明すれば納得してくれるだろう。それが特区に関する君の最後の仕事だ」
本鳳「よいお考えですね。この際なので、特区に関するすべての不安を払拭してきましょう。それでは、いってきます」
きびすをクルンと返した本鳳はその足でテレビスタジオへ向かい、番組中で辞意を表明した。急な爆弾発言にスタジオがどよめく。
「マジで辞めるんスか?何か理由があるんスか?」「無責任じゃん」「政府内部のゴタゴタとか、しがらみというやつなのでしょうかね」
本鳳「私個人の判断であり、円満な辞任です。資料を充分に残してきたので、私がいなくても後はこのままやってもらえれば大丈夫かなと」
「本鳳さんの作った資料どおりにやれば、他の人でも特区は上手くいくと?そういう確信があったわけですね?」
本鳳「ええ、それは保証します。と言っても、私は明日辞任するので何の責任もなくなるのですが。ふふ、本当に無責任ですね」
「はあ……笑いごとじゃないッスよ」「決意固そうだね」「本鳳さんがそこまで言うならもういいのでは、と私は思います」
本鳳「本日は皆様のこういった疑念を晴らすべく参りました。何か質問はありませんか?あたう限りお答えしましょう」
「じゃあいいスか?特区内ってAI作品はどうするんですか?自由に作っていいんですか?」「あ、私も気になってた。AIってちょっとアレだよね」
「昨今、さまざまな問題も起きてますね。たとえば、著作物を無断盗用したデータを学習しているなどと。一応は合法のようですが」
本鳳「生成AIを利用した創作のことですね。人が大まかな指示を与えるだけで絵や文章、音楽、映像などを短時間のうちに作ってくれるという」
2025/3/6 ポスト279を修正