01話:ポスト1-100
この作品はXへのポストのまとめです。https://x.com/hyogen_tokku
一般的な小説の書き方を大きく逸脱しているため、可読性が著しく劣ることにご注意ください。
陽下国では表現活動が盛んで、生み出される豊富なコンテンツ群は世界的に人気が高い。
産業全体に占める創作分野の割合は増加する一方であり、この国における重要な成長産業として人々に認知され始めている。
特に近年は漫画、アニメ、ゲームなどのいわゆるオタク系コンテンツの売上が急伸し、国家戦略としてこれをどう活かすか政府も注目している。
「他の産業が衰退しまくってるだけだろ。得意だった製造業も他国に負けまくり。少子高齢化で詰んでんだよ。老人だらけのオワコン国家」
「だからこそ新たな産業を創出することが必要なんだと思うよ。創作は国の柱になる」
一方でオタク系コンテンツを嫌悪する者も少なくない。あまりにも過激な描写が多く、見る者を不快な気分にさせる場合があるのだ。
「町中の広告にも当たり前のように半裸の女性キャラの絵が載っています。私は見たくないし子どもにも見せたくないです。規制してほしい」
「政府の国策で破廉恥な絵が増えようとしてる。僕たちの見たくないものを見ない権利がさらに踏みにじられる。生きづらい社会。海外に逃げたい」
「とりあえずオタクを逮捕しろよ。こんなもん描いてる奴はただの犯罪者だろ。同じ地域に住みたくない」
もはや、表現の自由を求めるオタクと表現規制派は決してわかり合えなくなっていた。これまで、苛烈な争いをあまりにも多く重ねてきたのだ。
公衆の面前で性的コンテンツを見せて回るオタクもいれば、それを殴りつける規制派もおり、両者とも警察の厄介となる。
こうした騒動は頻発し、社会問題と化して創作産業の発展を妨げ始めている。コンテンツの炎上によって表現が萎縮しているのだ。
政府としては経済を支えるために、世界に大きく先駆けている創作産業を利用したい。他の産業は勢いが弱々しく、明らかにピークを過ぎている。
しかしどう利用するのが正解なのか判断できない。これまでに何度か試みてはいるが、すべて失敗しているのである。
また、規制派の声も無視できない。利用のしかたを大きく誤れば猛批判を受けるだろう。保守的な政府は座して果てる道を選ぼうとしていた。
そんな時に立ち上がったのが与党の女性議員、本鳳である。本鳳は解決案を持っており、テレビ番組に出演した折にそれを披露した。
「昨今は表現を巡る議論が活発ですね。ネット上では表現の解放派と規制派で激しく言い合う場面も多いとか」
「言い合うなんて生やさしいもんじゃないよ。僕なんかアニメオタクだから規制が許せないんだけど、その意見を投稿したら炎上しちゃって……」
「それはおめえが地上波で成年向けアニメを放送しろなんて言ったからだろうが。表現の自由っつって調子に乗りすぎなんだよ」
「オタクコンテンツはこれからどうなってしまうんでしょうかね。本日お越しいただきました本鳳さん、いかがでしょうか」
本鳳「創作産業を育てるための特区を作ればよいと思います。成長著しい創作産業をさらに育ちやすい形にするための特区を指定するのです」
「はあ、特区ですか。育ちやすく、とは具体的には補助金を出してクリエイターの報酬アップ、みたいなことでしょうか?」
本鳳「それには反対です。単純にお金を流すだけなら特区を作る必要はありません。政府は創作産業にただお金を流して失敗したことがありますし」
本鳳「私が考えているのは表現規制の撤廃です。今この国では表現の自由が認められていますが、実際にはあらゆる表現規制が存在するのです」
本鳳「子どもの教育に悪いから、他人の思想をないがしろにしているから、差別的だから、反社会的だからという理由で規制されています」
本鳳「個人の自由を無限に認めてしまえば他人の権利と衝突してしまうので、これはやむを得ません。世間一般に規制は必要なのです」
「まあそれは当然ですよね」「本鳳さんはその規制を撤廃してくれるってことですか?」「ん?特区を指定するとかいう話はどこに行ったんだい?」
本鳳「そこで新たに特区を作り、特区内ではこの国で許されている表現よりもっと自由な表現ができるようにすればよいのではないでしょうか」
本鳳「世間一般に規制が必要ならば、規制が不要な人だけ集まる場所を作ればよいのです。そのために特区制度を利用するのです」
本鳳「特区はどれだけ卑猥で、冒涜的で、差別的で、反社会的で、犯罪的な表現でも容認します。一切の表現規制がありません。全て合法です」
本鳳「特区を作るとなればいくらかの政治、経済コストは必要です。しかし自由な表現をすること自体にはお金がかかりません」
本鳳「規制された表現でも自由な表現でもコストは同じです。そして、お金を払ってでも自由な表現を楽しみたい人はたくさんいるのです」
本鳳「自由な表現は金のなる木です。ならば自由な表現を認めればよいわけです。低コストでハイリターン。産業として資質は充分でしょう」
本鳳「表現の完全な自由を求める人は特区に行くのです。一時の観光旅行でも、移住でもよいと思います」
本鳳「ある意味で社会実験のようなものかもしれませんね。まあ特区とは本来そういった目的のための制度ですが」
「どんなにいやらしい絵を描いても、見ても合法ってことですか?いやあ、夢みたいな話ですね」「くだらねえ。オタクに媚びて人気取りかい?」
「ええと、すごく極端なご意見のようなのですが。そんなことをして、世の中は大丈夫なのでしょうか?少し困惑しております」
本鳳「特区の外には絶対にその表現を漏らしてはならないようにするのです。見たくない人に見せるのをゆめ許してはいけません」
「外には出せないとなれば、内で完結してしまって産業として成り立たないのでは?先ほどは産業を育てるための特区とおっしゃいましたが」
「クリエイターは自分の作ったものを広い世には出せないなら、創作意欲が湧かないんじゃねえかな」「うーん、ですかねー。惜しいなあ」
本鳳「そうでしょうね。ですが駄目なものは駄目なのです。特区内では合法。外では違法。違法になるものを持ち出してはいけません」
「なんだそりゃ。話にならねえ」「まあそれは仕方のないことでしょうね」「でも小さな箱庭の中だけでも充分ですよ。どうか作ってください」
本鳳「違法なものならば、合法なものに変えてしまえばよいではないですか」
「え、合法になるんですか?」「それは何か脱法的な手段を用いるということですか?」「きな臭え話になってきたな」
本鳳「表現の修正です。外に出せる穏当な表現に修正しましょう。誰が見ても容認できる合法作品に作り変えてから外に出すのです」
本鳳「許された表現が時代の流れで許されなくなり、別の表現に修正された例は枚挙にいとまがありません」
本鳳「成人向けコンテンツを全年齢向けにアニメ化する際、大きく修正するとの話もうかがっております。外へ出す際に同じことをするだけです」
本鳳「元の表現のまま外で楽しむことはできませんが、この方法なら創作者の方々もある程度はご納得いただけるのではないでしょうか」
本鳳「修正済みの作品を外で鑑賞して興味を持ち、修正前の作品が見たくなった人は特区へおもむく。立派な観光資源にもなるでしょう」
本鳳「そしてこれは必要ないかもしれませんが、内に創作者を集めるために外、つまり国中の表現規制を強めるのです」
「特区内では自由な表現ができる一方、外では表現の自由をせばめると?」「ええ?参ったなあ」「本性表しやがって。それが政治家の目的だろ」
本鳳「嘆かわしいことに、街は過激な表現物が溢れかえっております。これを見たくない人もいるのです」
本鳳「自由とは混沌です。混沌を好む人もいれば嫌う人もおり、どちらも救われるべきです。肝要なのは互いに押し付けないことでしょう」
本鳳「内での表現が混沌となる分だけ、外では秩序が保たれるのではないかと考えています。自由な表現を楽しみたいなら特区に行けばよいのです」
「ふーん。まあ下品なポスターが消えるなら俺は反対しねえよ」「外の規制が強くなるのは嫌だけど、自由な場所が作られるなら僕は行きたいなあ」
「あの、特区内で自由な表現が認められるなら、特区内から接続していればインターネット空間でどれだけ自由に振る舞っても許されるのですか?」
本鳳「インターネットは特区内と外を繋ぐことになります。外に出してはいけない表現なら、インターネットを使おうが出してはいけません」
「つまりいくら特区からでもネット上で言いたいことを言えないのですね。しかしそれは、完全な自由から程遠いような気がしますが」
本鳳「一理あると思います。インターネットとは別に、外には繋がらずに特区内で完結するイントラネットを構築するのはどうでしょう?」
本鳳「一般的に企業内など限られた範囲内で利用されているネットワークです。そこでは自由な発言も許されるのでは、という妥協案です」
「なるほど、プライベートなネットワーク環境ですか。なら、特区内とはひとつの組織内部のような閉鎖空間と捉えてよいのでしょうか?」
本鳳「はい。特区に出入りする人を認証する仕組みなら不特定多数に開放された空間とはならず、表現上の制約に融通が効くことでしょう」
「さっきから何の話をしてんだかよく分かんねえよ」「僕もちょっと、ついていけてないです」
「そのネットワーク内でなら、たとえば誹謗中傷や犯罪予告などの発言も許されるのですか?」
本鳳「表現の完全な自由を目指すならそうしたいところですが、治安との兼ね合いになります」
本鳳「人を殺める、建物を爆破するなどという宣言を放置するのもさすがに難しいかと。そこだけは禁じても創作に影響はないでしょうけれど」
「私見ですが、これまでの本鳳さんのお話は理屈が通っているように思います。しかし本当にすべてを実現できるのでしょうか?」
本鳳「数多の法律を改正・新規制定しなければなりません。新特区を作るには土地の選定、インフラや施設の建設、自治体との折衝、他にも……」
本鳳「ですが、まず何より国民の皆様の声が必要です。やりたいという民意がなければ、やるべきではないでしょう」
本鳳「この案を披露したのは今日が初めてです。まずは国民的な議論になるよう、ぜひ皆様にはご一考いただきたいのです」
「え、それはつまり、今回のお話しはあくまでも本鳳さんの腹案であって根回しなどはされていないと?」
本鳳「ええ、していません。誰にも言っていない構想ですので。これは今、生放送なのですね。帰ったら党や後援会に怒られるでしょうね」
本鳳「遺憾ながら現在の陽下経済は伸び悩び、産業全体に勢いがありません。そんな中で創作産業は素晴らしい成長が続いています」
本鳳「創作を最大限に活かすには無限の自由が必要ではないでしょうか。陽下の表現は他国の追随を許さぬ域まで昇華すると私は期待しております」
本鳳「この構想には最先端の科学技術など不要です。自由さえ認めればできます。重ねて申し上げますが、自由な表現自体にお金はかかりません」
番組の内容は世に大きな衝撃を与えた。なにしろ、一切の表現規制がない特区を作るという突拍子もない発想なのだ。
非現実的だと一顧だにしない者や税金の無駄だと反対する者もいたが、自由を渇望する者、オタクを忌み嫌う者はこの構想におおむね賛成している。
「クリエイターにとっての天国だろ」「無修正を見放題ってこと?今すぐ移住したい!!!!」「私みたいな消費豚でも行っていいの?」
「完全な表現の自由とか言ってたけど、犯罪予告とかは外と同じで禁止なんでしょ?矛盾してない?」「ほぼ完全ってことで充分じゃん」
「どんな表現でも許されるってのはいいけどAI作品だけは禁止してほしいよ」「表現にAIを使うのも自由だろ」「じゃあ特区外でAI禁止してくれ」
「なんでもいいからさっさとオタクを収容しろ」「犯罪者をぶち込む牢獄。気に入った」「国がきれいになる。不快表現を見ずに済むようになる」
大手メディアのアンケート調査では、本鳳の語った構想が国民の興味と支持を集めているとの結果が出た。一躍、時の人である。
そうした世論を受けてなお、与党は構想をどう扱うか判断しあぐねている。なにせ、突然降って湧いた話なので仕方がない。
近年、支持率が低調で野党に追い上げられているため、このように高い支持を集める案が党内から出てきたことは歓迎すべき事態だろう。
もっとも、世論が賛同しているからといって軽々にゴーサインを出すわけにはいかない事情もあるのだ。党内の会合で重鎮は語る。
「我々は政権与党として、この国の未来にしっかりと責任を負う立場だ。特区という大きいことをやるなら失敗は許されん」
「大金を投じたクールファイア戦略は惨憺たる結果でしたもんね。ファイアEXPOの閑散としたアニメブースは本当に惨めで未だに忘れられません」
「でも頭から否定しては支持率に響くだろう。どうしたものかな。下手を打つと次の国政選挙で野党転落の憂き目を見ることも……」
「わけの分かんねえ賭けが急に始まっちまったってことかい。勘弁してくれよ。本鳳は俺らへ相談もせずになんて構想をぶち上げやがったんだい」
「あいつは一体どこまで考えているんだ?何の見通しも立てずに荒唐無稽な妄想を語っただけなら、それに乗せられるわけにはいかん」
「本鳳に直接訊いてみたんですが、何だかのらりくらり、適当にはぐらかされてしまいました。本当に何も考えていないのかもしれません」
「そういえば野党の動きは?議会で野党に構想を叩いてもらって、仕方なくお蔵入りって形にできないかな」
日を追って特区賛成の世論が高まる中、野党議員は続々と態度を表明し始めた。決断力に欠ける与党はそれをうかがう。
「面白い考えですよね。国家経済の面からも個人の権益の面からも採用すべきでしょ。問題が一挙に解決。与党がやるなら協力してもいいですよ」
「たくさんの国民がこれだけやりたいって言ってるんだから、僕も賛成だなあ。いいじゃないですか、無制限の表現」
「というより、これをやらなかったら今後の陽下産業をどうやって回復させていくんでしょうかね?この案しかない。ラストチャンスですよ」
「数年前に政府が人口の首都一極集中を解消しようとして、失敗したことがあったじゃん?地方にこんな面白い特区を作っちゃえば叶うでしょ」
反対の意を表明、あるいは傍観する議員も少数いるものの、おおよそは世論に迎合して賛成だった。支持を集めて与党を上回る絶好の機会である。
「野党は政治に責任持たなくていいから適当なこと言ってんだよ。何が表現の自由だ。怠け者の娯楽だろうが。我が国にそんな軟弱なもん必要ない」
強硬な反対派であるこの閣僚が数日後、辞任に追い込まれたのを契機として世論に拍車がかかる。もはや、与党も賛成に回るしかなかった。