08.メッセージ
馴染みのポイントに着くと、顔見知りが釣り糸を投げていた。
彼が衝撃的な体験をしたというのは共通の知人から聞いていたので、ぜひとも真相を確認しようと声をかけた。
「おはようございます……こないだMちゃんから聞いたんですけど、大変だったらしいじゃないですか」
「お前も耳が早ええなあ、そうそう本当に大変だったのよ」
彼はそう言ってちょっと困った様に小さく笑うと、話し出した。
先月末のことなんだけどね。平日に休み取れたからさ、H港の突堤に釣りに行ったんだよ、一人でさ。
いい感じに空いてて、天気もいいし上機嫌で投げてたんだけど、割とすぐ大きい奴が釣れてさあ。おっこんな時こそSNSだ、さっそくアップしてやろうって、携帯出してログインしたら、なんかメッセージが来ててさ。全然見覚えのないアカウントからだったんだよね。あれっと思ったんだけど妙に気になってさ、見てみたら、なんかちょっと変ていうか……ひらがなばっかで
むこう うしろがわ み て きづいて
ってあるわけ、なんの事だろうって思って、突堤の反対側に行ってみたんだよ。そんではじっこの方から、こう覗き込んでみたんだけど。
フワって、何か大きいものが浮かびあがって来たんだよね。こう、柔らかい薄いものが纏わりついてて、そこから白くて細長いものが……はみ出してるっていうのかな。
その時は何なのか全然わかんなかったから、なんなんだろうって、もう一回こう、屈みながらよく見たらさ、足だったの。人の。
片足だけ白い、足首に紐で止めるみたいなサンダルが絡みついたみたいに残ってて、それでわかったんだ。女の人の足だって。
纏わりついてた布みたいなのは長いスカートの裾だったみたいだね。上半身は見てない。足だけで十分だったからさ。それが何なのか理解するには。
もう、理解した瞬間に震え出したよね、悲鳴なんて出なかったよ。そのまま手にした携帯で110番したと思うんだけど、なんかもうよく覚えてない。変なこと言ってないといいんだけどね。
それから警察の人達がすぐに来て、状況とかいろいろ聞かれたりしたんだけど、お巡りさんがさ、なんで釣りしてたのと反対側の方を覗いて見たんですか、って言うから、そうだって思って例のメッセージ見せようとしてSNS開いたんだけど、
消えてたんだよね。そのメッセージが。
お巡りさんにも見てもらって探したんだけど、無いんだよ、何処にも。
カン違いじゃないんですかなんて言われたりしたんだけど、本当に来てたんだよ。だってそうじゃなきゃ反対側なんて見ないよ、ポイント変えるタイミングでも全然なかったし。
もうお巡りさんも信じてくれなくてさ、何回も聞かれるわけ、だから何でそっち行ったのみたいな。でもこっちとしてはメッセージ来たからとしか言えないじゃん。結局あきらめたみたいで、わかりましたじゃあそれでってなったんだけど。
いやいや、夢とか気のせいとかそういうのじゃなかったんだって! 嘘ならもっとうまいこと言うし。
アカウント名? それは覚えてないんだけど……少なくとも知り合いではなかったな、なんか若い子が使いそうな……いや、思い出せない。
あ、でもアイコンは何となく覚えてるよ。青くてぼんやりしてて……水っぽいっていうか、そう、水の底から水面を見上げたみたいな、そんな感じだったよ。具体的な形とかは無かったなあ。
そこまで言うと釣り仲間は、ふと真面目な表情になって、言った。
「……殺されたんだってな」
「…ニュースでやってましたよね。22歳ですって、まだ若いのに気の毒なもんですよ」
「全くだよ。犯人、まだ見つかってないんだろう?」
「早く捕まるといいですよね」
「本当にそうだよなあ。俺ももう……何ていうか他人事じゃ無い気がするし」
こんな事が無ければ多分知ることも無かった人を想って釣り糸を垂れる。
広大な海はその懐に多くのものを飲み込みながら、素知らぬ顔で静かに輝く。