07.移動中
大学の頃の話だから、一昨年か、それよりも前の事ですね。秋の終わり頃で、いよいよ寒くなってきた頃のことでした。
当時大学へは実家から電車で通ってたんですけど、ある日大学の最寄り駅で変な人を見かけるようになったんです。
変な人っていうか、別に話しかけられたり追いかけられたりとかそういうふうに具体的に何かされたりとかってことはなくて、ただ立ってるだけなんですけど……雰囲気が、ちょっと変わってるっていうか……怖かったんですよね。
男の人でした。凄く変な格好してるとかでもないんです。背が高くて、よく見る形のえんじ色のハーフコートに黒のジーンズ穿いてて、靴も黒っぽいスニーカー。髪型も茶髪とかそういうのじゃなくて普通に黒くて、短めでした。顔は……これがどうしても思い出せなくて。特徴のないよくある顔だったのかもですけど、服装とかははっきり覚えてるのに顔だけ全く思い出せないとか、それも怖いですよね。
それで、駅の改札を出てすぐくらいの壁際の所に立っていたのを見かけたのが最初だったと思います。その時は待ち合わせとかなんだろうって気にしないで通り過ぎたんですけど、次の日も全く同じ格好で立ってるのを見かけて、あれっと思っんですけど、コートが同じだけかもって考え直してすぐ学校に向かいました。ただ場所はそのちょっと先のきっぷ売り場のあたりにいたんですよね。
その日から毎日見かけるようになったんです。
いつも同じ服装で、携帯をいじったりするでもなく、ちょっと上の方を見てぼうっとしてる感じでした。立っているだけではあるんですけど、全く動かずじっとしてるんでもなくて、ちょっと首をかしげたり、右足に体重をかけていたのを左足にかえるとか、そういうちょっとした動きはありましたね。歩き去ったりするところは見ませんでしたけど。
それで毎日立ってる場所だけが少しづつ移動していくんです。少しというか、場所にもよるんですけど、5、6メートルとかそのくらいかな。今日は駅の入口の内側、次の日は外側のすぐそば……みたいなかんじで。
休みの日とかで駅を使わない時とか、大学が始まるのが午後からの時とかは見ないんですけど、次に見かけたときにはやっぱり移動しているんです。何日か見ないと思いの外遠くに行っててびっくりしたりして。
その人に気づいたのはわたしだけじゃもちろんなくて、大学でもちょっと話題になって、駅を利用しないのにわざわざ見に行ったりした子もいたみたいです。怖いもの見たさってやつですかね?
……でも、実際に話しかけたりした人とかは、いなかったみたいです。なんていうか、全然そういう雰囲気じゃないんですよ。特に何をしてるとかではないんですけど、怖くて。じっと見るのも何かはばかられるような……独特の空気があるっていうか。
そしたらある日友達の一人が、あの人大学の方に向かって来てるよねって言うんです。
何日か前に駅の敷地から出たなって思ってたんですけど、言われてみればそう、学生がよく使う大学に向かう道路に沿ってこっちに来てるんです。少しづつ。
それでみんなで怖いよね、大学まで来ちゃうのかなってちょっとざわついたりしたんですけど、別にちょっとづつ移動して立ってるだけで、本当に何かするわけじゃないから、どこに相談するとかも出来なくて。実害とかは全く無いわけだし。
で、その後なんですけど……みんな少なからず緊張しながら見守ってたんですけど、ある日見かけなくなったんですよね。大学の方向とは違う道に入って行ったみたいなんです。曲がり角の先にいるのを見かけた子もいたし。
結局あの人は何処の誰だったのか、なんのためにああして移動してたのかは分からず仕舞いでした。それだけの話でなんか、申し訳ないみたいですけど。
ただ、関係あるかはわからないんですけど、あの人が道を曲がって見えなくなった先の方で、火事があったそうです。一軒家が全焼したらしいんですけど、怪我人なんかが出たとかそういう話は聞きませんでした。