05-1.クレーム案件(前)
長くなってしまったので前後編です。
出張先、駅の待合室でいつものホテルに空室の確認をしたところ、申し訳なさそうに本日は満室である旨を告げられた。予約しなかったこちらにも非はある。一言謝って電話を切った。
しかし悪いことは続くもので、次のホテルも、その次のホテルも満室だという。ため息をつきながら待合室を出る。ふと見上げた広告に聞き慣れぬビジネスホテルの名が見えた。よくよく確認するとこの駅から歩いてすぐらしい。直接行ったほうが早いかも知れない、そう思って荷物を引きずりながら歩き出した。
目当てのホテルはすぐに見つかった。ロビーの隅に宿泊客のものと覚しき荷物に網がかけられている。フロントにいた青年がすぐにこちらに気づいて頭を下げた。
「あの……急で申し訳ないんだけど、今日一泊、空いてたりしませんかね?」
連続で断られたばかりで、なんとなく慎重な尋ね方になった。フロントの青年は、そんなこちらの様子は気にもとめない様子で、少々お待ち下さいと言いながら手元のモニターに目を落とした。
本日の空室を確認してくれているのだろう、モニターを見ていた青年の顔が不意に曇ったのに気づいて、ドキリとした。
「…大丈夫です?」
「ええと……一部屋空いてることは空いてるんですけど……」
なんだその言い方は。空いてるなら空いておりますどうぞでいいじゃないか。空いてますけど、ってなんだ。気になるだろう。
そんな気持ちが顔に出たのだろうか、青年は顔を上げると意を決したように言った。
「何度か、クレームを頂いたことのある部屋でして……」
「クレーム? トイレが流れないとか、部屋が汚いとかそういう?」
「いえ、部屋の設備自体に問題があるわけでは無いのですが」
「問題ないならいいじゃないですか、どうしても泊まれないですか、その部屋」
そう言いながら、なぜ自分はこんなにムキになっているのだろうと思った。しかし3件連続で断られた上、このあと仕事で寄らなければならないところが残っている。早く決着をつけたかった。
「お願いしますよ。そんな些細なことでしつこく難癖つけたりなんてしませんから」
「…承知いたしました。では一泊のお泊りでよろしいでしょうか」
「はい」
あとはいつもの手続きだった。しかし、ちょっと人の良さそうな青年はカードキーをこちらに押しやりながら、一言、気になる事を口にした。
「あの……お休みの際は間違いなく部屋の鍵を締めてお休み下さい」
わかりましたと答えてキーを受け取る。ホテルでは鍵とチェーンを確認してから寝るのが習慣になっている。大丈夫だろう。
しかし今夜の宿を確保した安心感とともに、言いようのないざわついた不安が胸に残った。
……続く!