22.みちの駅
隣県から帰省していた友人を車で送っていった、その帰り道のことだ。
日は暮れて久しいが、深夜というにはまだ早く、その国道に走る車は多かった。翌日も休みであり、さほど急ぐ道のりでもない。
ふと喉の渇きを覚えた時、道案内の青い看板に「道の駅」の表示を見つけた。 名称は読み取れなかった。おそらくひらがなで、3、4文字くらいだろうか。
この次の信号の手前を左。
まだ家までには若干の距離がある。ついでにトイレにも寄ろうと決めてハンドルを切った。
駐車場に入り、車から降りて軽く伸びをする。
用を足し、飲み物を購入してまたゆっくり歩いて車に戻った。
駐車場には数台の車が見えた。
夜のことで、店舗の方はもう閉まっていたが、トイレと自動販売機の辺りは明るい。 いつものように車にのり込み、キーをセルモーターに差し込んだところで、何というか少しばかりの違和感を覚えた。 疲れているせいだろう、そう自分に言いきかせてエンジンをかける。
キュルキュキュル……。
何故かエンジンがかからない。もう一度試してみるが同じことだった。
首を傾げてキーを一度抜いて、しげしげと見てみる。愛車は買ったばかりとは言わないまでも、そこまで古くもなく、調子も良かった。真冬でもあるまいに、一体どういうことだろう。
何度か試してみるが、いっこうにエンジンがかかる気配はない。溜め息をひとつつくと、スマホを手になんとなく外に出た。
保険にロードサービスが付属している。確か番号を登録しておいたはずだ、そう思って電話帳を開こうとすると、圏外、の表示が目に飛び込んで来る。
圏外? ここが?
眉間に皺を寄せて周囲を見渡す。郊外とはいえ国道沿いで、周囲には商業施設も多く、住宅街もそう遠くないところに見えている。 こんな所で圏外というのは、どうも不自然に思えた。
しかし何度見返してもその表示は変わらない。
仕方が無い。
最近はだいぶ少なくなったが、道の駅なら公衆電話のひとつくらいあるだろう、電話帳を開いて件の番号を表示させると、駐車場の中に公衆電話を探す。
しかし、隅から隅まで見回してもどこにも見当たらない。
もしかして閉まっている建物の中にしか無いのか、それともこのご時世公衆電話なんてもう誰からも必要とされてないのか……軽く絶望感を覚えながら何気なく車のボンネットに手をついた、その感触にぞっとする。
車のボンネットが、エンジンがすっかり冷えきって冷たくなっている。
ここに着いてから10分やそこらしか経っていないはずだ。こんなに冷えるには早すぎる、それにだいぶ涼しくなったとはいえ、まだ10月の半ばだというのに。
不意に鼓動が早くなる。
誰かいないだろうか……。
この駐車場に入った時に見えた車は、いつの間にか、一台も見えなくなっている。
おかしい、そう思いながら何かに突き動かされるように、国道脇の歩道に向かった。
さっきまでは沢山走っていたと思っていた車の数も、ぐっと少なくなっている。真夜中でもあるまいに、歩道を歩く人影も見当たらない。
一体どうなってる。 ピークに達しつつある不安を抱えながら周囲を見渡す。
すると向こうの街路樹の影から、人影がさっと走り出て道を渡って行くの見えた。
人が、いたのか。
少しだけ安心を覚えながら、ふらふらとその街路樹に近づく。
すると同じところから、またさっと人影が走り出た。
あんな細い木の陰に人が二人も隠れるられるものだろうか、不信感を感じてさらに近づこうとすると、今度は今さっき通りすぎたはずの街路樹の陰から、また人影が走り出す。
通った時には、誰かいたようには見えなかった。
動揺していて気付かなかったのか、考えているうちに同じところからもう一度。
おかしい。
そう思う間もなく今度はさっきのところからもう一度、走り出る。
「ちょっ……待って!」
思わず叫んでその影を追いかけようと飛び出したすぐ鼻の先を、派手にクラクションを鳴らしながら大型トラックがもの凄いスピードで走り去って行った。
フラフラとそのまま数歩後ずさりする。腰が抜けたように全身から力が抜け、思わず街路樹の横にしゃがみ込んだ。
そのままの姿勢で荒くなった呼吸を整えながら国道を見れば、途切れる事も無く多くの車が行き交っている。
「あらあなた! どうなさったの?」
突然の声に振り返ると、小さな犬を連れた中年の婦人が気遣わしげにこちらをのぞき込んでいた。
「ええとあの……何と言うか……」
つい今しがた起きた事を自分でも消化出来ずに、うまく言葉にできないままゆっくりと立ち上がる、しきりに心配するご婦人に怪我はない旨と、声をかけてくれた礼を伝えると、ご婦人は安心したように微笑んだ。
「……でもねえ、この辺も危なかったりするから」
「危ない……と言うと?」
思わずそう聞き返すとにこやかだった彼女は不意に険しい顔になり、口を開いた。
「そうなの、歩行者の方が轢かれてしまう事故が多いのよ……この間も若い方が亡くなってね、この辺り車の通りも多いのに、なんでみんな無理矢理渡っちゃうのかしらって、ご近所でも噂になっててねえ」
「……そう、なんですか……」
「そうなのよ、あなたも気をつけて頂戴ね……じゃあマルちゃん、行きましょう」
そう念を押すと、ご婦人は丸々とした小犬とともに軽い足取りで去って行った。
事故か。
無理に渡った人々は今の自分と同じものを見たのだろうか。
深いため息をついてのろのろと自分の車に向かう。しまった、今のご婦人に電話を借りるか何かすればよかったと、自分の現状を思い出してまたため息をつく。
しかし車に辿り着き、念のためにボンネットに触れてみればまだわずかにぬくもりが残っている。さっきのは何だったのか、気のせいにしてはやけに冷たかったのだが……。しかしだとしたら、と思って車に乗り込んでキーを回してみれば、一回目のトライであっさりとエンジンは動き出した。
本当に、何だったんだ……半ば泣きそうな気持ちになりながらシートベルトを締めると、ふと思い立ってスマホの画面を確認する。案の定、圏外の表示はもう消えていた。
もういい。一刻も早くこんなところは出よう。
そして家に帰って寝て忘れよう、全部。
そう思ってヘッドライトをつけてまたぞっとした。
目の前の建物は道の駅でもなんでもなく、県内でよく見かけるスーパーのチェーン店の看板が掲げられている。
駐車場を出ながら周囲をしつこく確認するが、道の駅を示す看板などもいっさい無く、ただ先ほど閉店したばかりですと言った風情の、どこにでも有るスーパーマーケットに過ぎなかった。
駐車場の端には従業員のものだろうか、車が何台か残っていた。
そしてもしやと思いカーナビの画面を見てみれば、現在地にはあたりまえのようにスーパーの名前しか記されていなかった。
あとはもう家に帰り着いて布団に潜り込んで無理矢理眠った以上の記憶は無い。
翌朝目を覚ましてみれば、ゆうべの出来事に恐ろしいほどリアリティがない。
ただ地図アプリや道路地図で調べて見たが、あのあたりの周囲に道の駅も、それに類する施設も何ひとつ見当たらなかった。
しばらくして落ち着いたら、もう一度確認に行ってみようかなどと考えたりもしたが、もしあの国道沿いの街路樹の横に、 花束でも見つけたりしたらやってられないと思って、どうしても再訪出来ないでいる。
私の中でこのスーパーはウオ◯ク。ウオ◯クの駐車場広くていいですよね。




