16.藪の中
ある冬の日、犬の散歩に出た時、何かがカラスに襲われているのを見た。
道端の空き地、がさがさに枯れてまばらになった草むらの向こうで、2、3羽のカラスが何かを追い回している。
最初は何かを拾っているのかと思った。しかし近づいて見れば、少し飛び上がったりまた走ってくちばしを突き出したりと、明らかに何か動くものを追いかける動きをしている。
気になって近づこうとすると、不意に横の犬が立ち止まって、低い声で唸り出した。
日頃こんな事はほとんど無い。もともと穏やかな犬でもあるし、大きくて力も強いので、しつけには気をつけていた。
「どうした、ゴロウ?」
目線を追うとあのカラスたちを見ているようだった。カラスなどこの辺では珍しくない。いつもの散歩の時だって何回も見ているはずだが、こんな反応を見せた事は今まで無かった。
じゃあ何に反応してるんだろう。
そう思ってまたカラスの方を見ると、草むらの間から追われている何かが見えた。
その姿かたちを見た瞬間、鳥肌が立った。
二足歩行の小さな何かが、カラスに追われ走り回っている。
たまに立ち止まっては何かを振り払うように手を振り、また走り出しては頭をかばうように抱えたりしている。
大きさはカラスよりはだいぶ小さく、ネズミくらいだろうか。全体に黒っぽい感じだが、服なのか肌なのか、動いているしここからはよくわからない。
距離が遠いせいもあるのか声は聞こえなかった。
なんだあれ、あんなの初めて見た、一体どうしたら。
立ち止まったまま迷っていると、不意に犬が大きな声で吠え始めた。その声に驚いてカラスがばっと飛び立った。
追われていたそいつは慌てたように近くの藪に駆け込んで行く。
すると犬ははリードをぐっと引っ張ってそいつを追うように、逃げ込んだ藪に向って行く。
「おい…待て、ゴロウ!」
呼び止めてもお構い無しだ。低く唸りながらしつこく藪に顔を突っ込んで、何かを探している。
アイツを探しているんだろう。
たしなめながらも上から藪を覗いてみる。目を凝らしてみても犬の他に動くものはどうも見つからない。
やがて諦めたのか、犬は藪から顔を出してばさばさと首を振った。
家に着く頃には犬も自分もすっかり落ち着いていた。庭に放して、いつも使っているボウルに水を入れて差し出してやるとすぐに飲み始めた。
あれは一体何だったんだろう。確かに、ネズミやなんかの小動物の動きではなかった。遠目だったとは言え、間違いなく2本足で歩いて両手を振り回していたし、走る様子もよく似ていた……人間に。
水を飲み終えてこちらに寄ってきた犬の頭を両手で撫でる。思えばこいつがあんなに吠えたり何かを追いかけたりするのも珍しいな、そんな事を考えていたら、そう言えば2、3日前の夜にも庭でしきりに吠えていたのを思い出した。
いつになく激しく鳴いて、父に叱られていた。
父の話では、庭の隅の植え込みに向って吠えていたという。そこに何かが隠れてでもいるみたいに。
庭で吠えることもそうあることではない。
一体何に吠えかかっていたのか。もしかして、今日見かけたアイツが庭にいて、それに向って吠えていたのだとしたら……。
自分の妄想ならばそれでいい。しかしあの正体不明の何かがこんなすぐ近くに潜んでいたのだとしたら……そう思うと、どうにも心が落ち着かない。
犬のフルネームはイタガキゴロウ。




