13.八十年
知人から聞いた話。仮にS君としよう。
今から二十年ばかり前、S君が高校生のころだったと言う。両親の離婚をきっかけにS君は父親とともに中古住宅へ引っ越す事になった。値段も広さも手頃ではあったが、古い家であったために、リフォームというほどではないが水回りを中心に少し手を入れる事になった。
確か夏休みの事だった。S君が座敷で荷物の整理をしていると、業者の人と父親が何か深刻そうに話しているのがふと耳に入った。
「何かあったの?」
「……ああ、これなんだけどな」
そういって父が指差したのは、古めかしく変色した古いお札のようなものだった。
父と業者の人の話によると、台所の修繕をしようとした時、隣の洗面所と台所の間の壁に不自然な厚みがあるのに気がついた。
どのみちそちらも直さなければならなかったので、台所側の板壁を剥がしてみると、壁の間に10センチほどの隙間が作られていて、そこにこのお札が貼ってあったと言う。
気味が悪かったのはそのお札そのものというよりは、お札に書かれた内容の方だった。
上半分には、何か草書体らしき書体で書かれた読みづらい文字と、何かのマークとも文字ともつかないものが一部朱色で書かれていた。神社などの御朱印にちょっと似ていたとS君は言う。
そして下半分には、昭和八十年○月×日、その横に父の名字のままの母の名があった。
「昭和八十年て…………平成になおすと、来年?」
新居で奇妙な内容であるが、姓も名もよくあるものであるために偶然の一致であるかも知れず、取り敢えず怖がらせては悪いから母には秘密にしておこうと話がまとまった。 お札は業者の人が知り合いの寺で供養してもらう事になった。
それから一年後、母が再婚予定の人と乗った車で事故に遭ったという知らせがあった。即死だった。
亡くなった日は、あの札に書かれていた日付と同じだった。
その後父は男手一つでS君を育て、一昨年闘病の末に亡くなった。癌であったと言う。
命日は奇しくも、母と同じ日だった。
その後その家は取り壊され、今では同じ場所に建て替えられた真新しい家に、S君が自らの家族とともに暮らしている。
今はもうあの家も壊しちゃったからいいんですけど、とS君は言う。もしかしたらあの家のどこかに、父や僕の名前を書いた紙があったのかも知れないなんて、思う事もあるんですよね。
見なくて済んでよかったなあって。と言って、彼は笑った。
今年は昭和百年と聞いて。




