11.かどの家
車通勤の途中に、少しばかり気になる空き家がある。
気になり始めたのはその家がどうやら空き家であるらしいと気がついてからだった。
信号のある交差点の角。
家の前には広めのスペースがあり、車の2、3台も停められそうな感じではあるが、車どころか自転車の一台も停まっていたことは無く、冬に積もった雪に足跡がつくことも無い。一階の大きな窓には雨戸が、磨りガラスの玄関サッシと二階の窓には 厚手のカーテンが閉められたままになっている。
特別に注意して見ていた訳では無い。信号待ちの時なんかに、何となく見るとも無く眺めていたという程度だ。
しかしある日、その家の雨戸に少しだけ隙間が空いているのに気がついた。
いつからなのかも解らない。ただ、この間は確かに閉まっていたのに、今は隙間が空いている。
それに気付いたころから、この家のことが無性に気になり始めて、信号で停車すればその家を観察するようになった。
建物としては、古い。多分建てられてから半世紀くらいは経っているのではないだろうか。しかし、空き家となってからはそれほど長くはないように思う。崩れている様な箇所も無いし、さほど荒れた様子も無い。雨戸とカーテンのせいで中は見れないが、玄関の周囲の様子などから見て、いわゆるゴミ屋敷みたいにはなっていない感じだった。
そうして通る度に見ているうちに、今度は二階の窓のカーテンにも隙間が空いているのが見えた。
やはりいつからかは判然としない。雨戸の隙間よりは多分後のことだろう。そうなればそう前のことでもなさそうである。しかし窓でなくカーテンであれば、すきま風やなにかで少しずつ開くこともあるだろう、そんな事をぼんやり考えていた頃、それを見た。
いつものようにその交差点で信号待ちをしていた時のことだった。信号待ちの列の先頭は自分の車で、後ろに2、3台が停まっていたと思う。何気なく件の空き家に目をやると、家の前に妙な人が見えた。
こちらに背を向けて、ゆっくりと家に向かって歩いて行く。顔は見えず、体格や髪形などにも、目立つ特徴のようなものは特に無かった。
ただ、どことなく動きがぎこちないというか、何かちょっと奇妙な歩き方をしていた。
足だけでなく上半身も使うというか、どこか大仰でもあるような……何かに引きずられているようにも見えるか……。
そう思って見ていると、不意にその人物は、雨戸の隙間に吸い込まれるように消えた。
小さな排水口に色のついた水が素早く流れ込むようにすっと消えた。跡形もなく。
霧の様に空気中に溶け込むのではなく、確かに形を歪めながらその隙間に吸い込まれていったのだ。そう見えた。
何だったんだ、と思い、もう一度雨戸を改めて見つめようとした時、後ろから短いクラクションの音がした。
それに気を取られているうちに信号が変わったらしい。慌ててアクセルを踏んで車を発進させたが、ハンドルを握る手が小さく震えるのを止めることは出来なかった。
その日は平静を装って普段通り仕事をしたが、どうもその出来事が頭をよぎって仕方ない。
帰りはその家の前をどうしても通ることが出来ずに別の道から帰宅したが、翌朝思い切ってそこを通れば、件の家は別にいつもと変わらぬ様子で建っていた。当たり前と言えばそうである。
ただ、今まで空いていた雨戸とカーテンの隙間が、ピッタリと閉じられていた。
まるで家の中と外を隔絶する様に、などというのは考えすぎだろうか。
それから半年以上は経つが、そこで奇妙なものを見ることはない。
その家は、誰かが入居する事も取り壊される事も無く、今でもそこに建っている。
妙に心に残る空き家ってありますよね。




