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第49話「期末面談Ⅰ」

 2022年3月26日 午後2時30分。

 東京・三田 フューカインド本社 10階・戦略事業本部。


「失礼します」


 どうぞ、という声に合わせて扉が開く。


 中は至ってシンプルだった。手前には応接用のソファとローテーブル、壁際にあるコートハンガーには糸くず一つついていない厚手のコートがかけられている。壁に嵌め込まれた本棚には背表紙が掠れた本が所狭しと詰め込まれ、奥にあるオフィスデスクまで続いていた。デスクは他の社員が使っているものよりも一回り大きいが、デスクトップPCとキーボード以外置かれておらず、持ち主の度量の広さを感じられた。


「よく来たね。さ、座って」


 デスクの主、仲沢好一は革製のオフィスチェアから立ち上がると、来訪者を手前のソファに案内した。


「し、失礼します」


 羽坂友菜は言われるがまま下座のソファに腰をかける。友菜が座ったと同じくして仲沢も「よっこいしょ」と腰を下ろした。


「すまないね、時間を作ってもらって」

「いえ、とんでもないです」

「もうすぐここに配属されて一年になる。それに伴って、今の心境を確認しておきたくてね。どうだい、仕事は楽しいかい?」


 友菜は表情を曇らせると、俯いた。

 五十四の上司はその機微を感じ取る。


「やはり先日の円卓決議が納得いかないかい」

「……はい。決議には勝ちましたが、浅田を追い詰めることができませんでした。そこも見越して準備するべきだったのかなって」


 仲沢は指を組むと一度俯き、視線を斜め前に向ける。


「円卓決議が終わった後、君は俺に尋ねたね。浅田がフューカインドで何をしたのか、と。あの時も答えたが彼が関わった事件は非常にセンシティブなものだ。軽々と言うことはできない。彼はそれを見越してやったのだと今では思うよ。それほど奴は賢い人間なんだ」


 顔を上げた彼は真っ直ぐな目を友菜に向けた。


「だから、もし君が本気で浅田を追い詰めようとしたとしても、彼はのらりくらりとかわしてしまうだろう。まあ……」


 そこで彼は言葉に詰まると苦笑を浮かべた。


「実際どうなのかは分からないがね。


 ……けど、もしあそこで浅田を懲らしめることができたとしても、フューカインドが安全になるとは限らない。フューカインドを脅かす存在はまだまだたくさんいる。潰しても潰しても次々と湧き上がってくる。ネズミみたいにね。


 スーパーマンでさえ悪を根絶することはできないんだ。だったら、せめて俺たちは自分たちが守ったものを見つめ続けようじゃないか。羽坂くん、君はあの円卓決議に勝って何を守ったんだい?」


 三賀森物産。

 友菜の心は真っ先に解を弾き出した。


 円卓決議が終わって一週間後、友菜たちの元に三賀森靖気と康代の二人が現れた。二人とも笑顔が印象的だった。


 円卓決議があった日の午後、康代が靖気の元を訪ねて頭を下げたのだという。


 最初は大好きな会社を守るためだった。だが、いつしか浅田の言うことが全て正しいと感じてしまい、会社の負債を膨らませることに対して何も思わなくなってしまった、と拙い言葉でありながらことの経緯を説明した。


 今回の騒動で三賀森物産はマイナス分を取り戻すことができた。そこを踏まえて靖気は今回の康代の罪を不問とし、「特別相談役」という形で再び雇うことを決めた。特別相談役に決裁権はなく、取締役会などで助言することが主な職務となる。数年後には専務に戻すことも考えているそうだ。


『途中で別々の道を歩んでしまいましたが、心の奥底にあるのはブッサンが好きだという強い思いでした。これからは本当の意味で社員一丸となって頑張っていけそうです。これも全部、羽坂さまのプレゼンのおかげなんですよ』


 仲沢のオフィスで友菜は俯く。


(そうだ……。あたしは誰かの役に立ってたんだ……)


「どうやら、見つけたようだね」

「はい」


 顔を上げる。彼女の目は先ほどよりも真っ直ぐだった。


 仲沢は笑みを浮かべた。


「それなら良し。実は、今日君を呼んだ理由は他にもあるんだ」

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