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第39話「三賀森物産のコンサルティングを今すぐ中止してくれ」

「三賀森物産のコンサルティングを今すぐ中止してくれ」


 突如現れた金融部の井場の言葉に戦略事業本部の全員が目を見開いた。


 金融部は顧客の資産や財務を管理する部署だ。顧客の経営状態が著しく悪いと契約料を払う前に倒産ということがあり得る。そうなった場合、フューカインドの損失は多大だ。金融部はそのような事態を回避するため顧客の経営状況を調査し、最悪の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「金融部の井場くんと言ったね」


 友菜の前に戦略事業本部・本部長の仲沢好一が立つ。


「理由を教えてくれるかな」


 井場は背筋をピンと伸ばすと、持っていたクリアファイルを彼に差し出した。


「我々はここ三年間の三賀森物産の財務状況を調べました。その結果、収支は右肩下がり、前年度末の決算では大幅な損失を出しています」

「それは、先代社長が亡くなってからですよね。あたしたちと契約してからは営業利益が二倍以上になっています」


 友菜が反論すると、井場はパーマをかけた髪の隙間からギロッとした瞳を彼女に向けた。


「営業利益はな。経常利益を見てみろ」


 友菜含む戦略事業本部の面々は仲沢の元に集まり、資料の中身を確認した。


 経常利益とは営業利益から営業外収益を加え、営業外損失を差し引いた利益のことだ。つまり、営業利益よりも経常利益の方が「企業が獲得する利益」に近い。


 井場が提出した書類に目を通すと、営業利益は214%増である一方で、経常利益は前四半期よりも50%減だった。つまり、三賀森物産は友菜たちと契約した後も赤字が膨らんでいる、ということになる。


「そんな……」


 同期で一緒の部署にいる渡邉茉莉乃の言葉を打ち消すように井場が言う。


「投資家や銀行は営業利益よりも経常利益の方を重視する。営業利益が上がっていても経常利益が下がっているんじゃ、この会社は根本から腐ってるっていうことだ。こっちがどれだけ手助けしたところで契約料を支払わずに逃げられる可能性が高い」


「そんなこと、三賀森社長がするはずありません!」


 友菜は声を上げた。彼女はこの三ヶ月間見てきた。目の色が変わり、会社を再興しようと全力で頑張ってきたブッサンの社員の姿を。


「きっと何かの間違いです。みんなあんなに頑張って働いていて、収支が赤字になるはずがありません」

「井場くん、俺からもお願いだ。営業外損失があまりにも大きすぎる。一度、戦略事業本部で調べさせてくれないか」


 仲沢に目線を向けられた井場は上体を反らすように胸を張った。


「本部長、大変恐縮ではございますが、資料の一番最後をご覧いただけますでしょうか」


 仲沢は再び資料に視線を落とすと、一番最後のページをめくった。




   「契約破棄通告書」




 用紙の一番上にはそう題されていた。


「金融部長しか印刷することのできない『契約破棄通告書』です。つまり、今回の件を金融部長は承認している、ということです」


 仲沢は眉を顰めた。金融部のトップは仲沢と同じ取締役の肩書を持っている。仲沢の独断で現状を変えることは難しい。


 ここまで手続きが進んでしまってはもう————


 いや!


「円卓決議なら……」


 友菜が呟く。全員の視線が彼女に集まる。


「円卓決議であたしが勝ったら、この通告書は効力を持たなくなりますよね」


 プレゼンは全ての決定を覆す。


 この会社で立場ない者が立場ある者に対抗する唯一の手段が円卓決議であり、それは金融部長の承認でさえ例外ではない。


 井場はキョトンとした顔で友菜のことを見ると、やがて「あぁ、そうか」と引き攣った笑みを浮かべた。


「そういえば君、執行役員に円卓決議で勝ったんだっけ。ラッキーパンチが一回成功したからって、あんまり調子に乗らない方がいいぞ」

「それは決議の申し出を受諾する、と解釈していいかい?」


 仲沢の問いに井場は「フッ」と鼻で笑うと、パーマがかかった茶髪を乱暴にかき上げた。


「いいでしょう。受けて立ちましょう」


 かくして羽坂友菜と井場伯人(のりひと)の円卓決議が決定した。


 実施は一ヶ月後の3月5日となった。

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