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第38話「どろん」

 十月一日、提出された辞表は二枚だった。一人は両親の介護のために帰郷し、もう一人は持病の悪化で入院することによるものだった。


 月の節目は出会いと別れの時期でもある。社員千五百名の企業であれば退職者の一人や二人珍しくない。しかも当初は五百名近くが退社しようとしていたのだから、この結果を殊勝と言わずしてなんと言おうか。


 社長演説の翌日、社内のゴミを回収していた業者はゴミ箱に大量の辞表が入っているのを見つけた。「この会社では辞表の書き方でも教えているのか」と首を捻ったらしい。その話を聞いた三賀森靖気と友菜と東崎は声を上げて笑った。


 一方、笑みを浮かべていなかったのは専務である康代だった。一方的に蛇雪コーポレーションとの契約を解消し、フューカインドと契約した靖気に腹を立てた彼女は、社長を解任するために臨時の取締役会を開いた。


 だが、そこで解任されたのは康代自身だった。靖気たちは事前に取締役たちを説得し、彼女を返り討ちにする準備を済ませていたのだ。


 康代の任期は2021年末までとなった。本当は即刻解任しても良かったのだが、靖気が情けをかけたのだろう。


 三賀森物産と正式に契約を交わしたフューカインドは次々と社員の要望に応えるシステムを開発していった。これまで紙ベースだった書類は電子化され、パソコンに疎い社員へのフォローアップ研修も実施された。


 特に書類の電子化は「目安箱」にあった意見であった。紙代の節約にも繋がり、オフィスが整頓され、社員のストレスも軽減される。導入しない手はなかった。他にも「目安箱」に届いた有給休暇の申請の電子化、食堂メニューの多様化なども実行され、社員の士気は右肩上がりとなった。


 業績もみるみる回復し、十月から十二月の営業利益は前四半期比で214%。三賀森物産の社員の本気度に友菜たちは驚きを隠せなかった。




   全てが順調、かに思えたが……




   ***




 2022年1月1日午前3時23分。

 東京・荻窪 三賀森物産本社 1階・警備員室。


 年越しの当直担当は二名の若手と一名のベテランだった。


 ベテランの警備員は真っ白になった眉を顰め、テーブルの向かいに座る人物を見つめた。この人物は会社の金庫を漁っているところを巡回中の若手警備員が見つけて連行してきたのだ。


 初老の警備員はため息を一つついた。


「ワシはこのビルが建った頃からお世話になっております。先代には派遣の身分でありながらとてもよくしていただきました。——もちろん、あなたにも」


 彼は向かいに座る人物の顔を見つめようとした。

 だが、()()は俯いたまま顔を上げようとしない。


「いったい全体どうしてこんなことをしちまったんですかい、()()


 パイプ椅子に座るのは三賀森物産・()専務、三賀森康代だった。ヨレヨレになったブラウスとロングスカートを履いた彼女の目は血走り、体は小刻みに震えていた。


 俯いた彼女は目を大きく見開きながら、かといって焦点が合っているわけではなく、ひたすらに


「ダメよヤスヨ、敵にバレてしまっては。この会社はワタクシが守るんだから。だからダメよヤスヨ、敵にバレてしまっては。この会社はワタクシが守るんだから。だからダメよヤスヨ、敵にバレてしまっては。この会社はワタクシが守るんだから。だから——」




 ただひたすらに、ひたすらに————




   ***




 2022年2月8日午前10時00分。

 東京・三田 フューカインド本社 10階・戦略事業本部。


 ノックもなく扉が開く。


 入ってきたのはスーツに身を包んだ見知らぬ男だった。ただ、フューカインドのネームタグを下げていることから、フューカインドの社員であることに間違いはない。


 戦略事業本部は新規顧客を扱うため外部に情報が漏れてはいけない。そのため、関係者以外立ち入り禁止。オフィスにいた全員が立ち上がり彼のことを見た。


 それでも男は動じることなくオフィスを一望する。


「金融部の井場という。ここに羽坂友菜はいるか?」

「あたしですが、なにか……」


 友菜は一歩前に出る。井場と名乗った男は表情を変えずに彼女の方を見た。


「君か。三賀森物産の業務コンサルティングを行っているだろう。




   今すぐ中止してくれ」

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