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第34話「【悲報】三賀森物産、終了のお知らせ」

「もうすぐ()()()()()()()()っていうのによ」


 二人は眉を顰めた。


「終わるって、どういうことでしょうか?」


 中堅社員は食べる手を止め、二人のことを見た。


「そのまんまの意味だよ。近いうちに俺たち社員は一斉に辞めようと思ってんだ」

「一斉にって、全員ですか?」


 友菜は身を乗り出す。


「全員って訳じゃねえが、俺の周りだともうほとんどが辞めるって言ってる。人がいなくなれば会社は回らなくなる、そうだろう」


 友菜と東崎は顔を見合わせた。

 事態は予想以上にまずいことになっているらしい。

 中堅社員は続けた。


「これを言うのはな————」




   ***




 その後も聞こえてくるのはほとんどが悪い意見だった。


「人事制度が改定されて、給料がほとんど上がらなくなった」

「今までは経費で落とせた備品が落とせなくなった」

「制度が月毎に変わり、把握しきれない」


 何より、一番多かった声は


「窮状を訴えても上が聞く耳を持ってくれない」だった。


 会社は社長だけがふんぞり返っていても成り立たない。経営陣と従業員との間で適切なコミュニケーションが取れてこそ、初めて会社というのは動き出す。


 一方、諸悪の根源と思われる蛇雪コーポレーションの浅田という人物についてはほとんど情報を手に入れることができなかった。


 経営陣に「先生」と呼ばれるアドバイザーがいる、ということは知られているようだが、その姿を見たことがある社員はいなかった。だが、康代がことあるごとにこの「先生」の名前を盾にしていることは一部の社員の間では有名だった。


 一斉退社の件についてもわかったことが三つある。


 一つは三分の一の社員が一斉退社に参加する可能性がある、ということ。半分以下だが、それでも会社にとっては大打撃だ。


 二つ目は一斉退社する日は9月30日の決算日以降だということ。

 そして三つ目は——




   ***




 2021年8月22日 午後2時47分。

 東京・新宿 インペリアル・ホスト新宿駅前店 店内。


「ここまで酷いとは……」


 結果を聞いた三賀森物産・社長、三賀森靖気の顔は青ざめていた。彼の顔はオレンジを基調とした店内の装飾と対比し、より際立って見える。


「ど、どうすれば、いいのでしょう……」

「早急に手を打つ必要があります」


 東崎が身を乗り出して言う。


「まずは元凶である蛇雪コーポレーションと手を切りましょう。社長、三賀森物産の取締役は社長と専務含めて七名ですが、その中で専務を支持しているのはどれくらいですか?」


「……ほとんどだと思います。少なくとも、僕かお義母(かあ)さまかだったらお義母さまにつくと思います」

「彼らの中で蛇雪コーポレーションのことを知っているのはどれくらいですか?」


「存在だけなら全員……。でも、浅田さんと会ったことがある人はいないと思います。基本的にお義母さまが浅田さんとやり取りを行なっていますから」

「わかりました。では、まず取締役の人たちに今回の調査結果を見せ、こちら側についてもらうよう説得しましょう。いいですね」


「でも……」と靖気は視線を下に動かす。つまりこれは離反行為だ。今まで任せてきた康代を切り捨てることを意味する。


「社長、これは三賀森物産を存続させるために必要なことです。彼らの説得にはあたし達も同席します。お願いできますか?」


 友菜が身を乗り出して言った。ややあって靖気は顔を上げると「わかりました」と頷いた。


「では、次に——」東崎が続ける。


「従業員についてです。蛇雪コーポレーションとの関係を絶ったとしても社員の不満が消えるわけではありません。社員と対話を重ね、双方が納得した職場を作っていく必要があります。そこで、全社員にメッセージを送ってみてはいかがでしょうか」

「ぜ、全社員に、ですか?」


 靖気の体がビクッと震え、ブンブンと首を横に振る。


「む、無理です。僕のこんな声じゃ、きっと笑われる……」


 彼はみるみる縮こまってしまった。友菜と東崎は顔を見合わせる。

 ——やはり、予想通りだ。


「ご安心ください。実は、こんなものを作ってみたんです」


 友菜はカバンの中から小さい円筒の物体を取り出して靖気に差し出した。大きさは親指と人差し指で作る輪っかくらいだ。


「なんですか、これは?」


 靖気の言葉に友菜は嬉しそうに円筒の底面にあるスイッチを押した。上部のライトが点灯する。


「これを喉に当てながら喋ってみてください」


 言われるがまま靖気は円筒を喉仏に当てる。


()()……」


 一言発声しただけでわかった。彼は思わず円筒を喉から外してまじまじと見つめる。そしてもう一度、喉に押し当てた。




「……()()()()()()()()




 先ほどまでのハスキーな声とは全く違う、野太い低音が彼の口から聞こえた。

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