表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/53

第31話「謎だらけの若手社長」

 2021年8月3日 午後1時35分。

 東京・三田 フューカインド本社 8階・営業企画部。


「本当ですか?」


 オープンスペースでパソコンを広げながら川手将史は眉を顰めた。


 机を挟んで彼の前には友菜がいる。彼女はパソコンを広げることなく、カウンターバーから取り寄せたオレンジスムージーを啜っていた。


「そう。資料出す前に専務の人から言われちゃって……」

「そうですか……。私が行ったときにはお二人とも興味深そうに話を聞いてくれましたが……」

「二人ともって、社長も?」


 友菜はストローを口から外した。


「はい。変わった格好をしてましたが、前のめりになって聞いてくれましたよ」

「変わった格好って、フードとマスクとヘッドホン?」

「そうです。サービスの内容についても積極的に質問されて、かなり脈があるなと思ったんですがね……ん?」


 思わず将史がパソコンを睨みつける。しばらくスクロールしてから画面を友菜に見せた。


「その三賀森社長からメールです」


 友菜は思わず画面を覗き込んだ。

 メールには次のようにあった。




   %%%




 From:y_mikamori@mikamori.co.jp

 To:masashi_kawate@fukind.com


 株式会社フューカインド 営業企画部

 川手様




 お世話になっております。


 先日、ご訪問いただいた三賀森物産の三賀森靖気です。


 おそらく担当者からすでに伺っていると思われますが本日の件について、ご期待に添えない形となってしまい、申し訳ございません。


 会社としては貴社と契約をしないということになりましたが、実は個人的にご相談したいことがありまして、近いうちにお会いすることは可能でしょうか。その際には本日、ご来訪いただいた羽坂様と東崎様にもご同席いただきたく存じます。


 ご迷惑をおかけいたしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。




 三賀森靖気




   %%%




 二人は顔を見合わせた。


「どういう意味だろう?」

「さあ……」


 将史は首を傾げると「ひとまず、日程の調整をしてみます」と言った。


「わかった。あたしは東崎さんに事情を説明してくる」


 友菜はオレンジスムージーを最後まで啜り切ると、7階オープンスペースを後にした。




   ***




 2021年8月3日 午後2時5分。

 東京・三田 フューカインド本社 10階・戦略事業本部。


 友菜がメールの内容を話すと、東崎は


「なんか裏がありそうだな」と腕を組んだ。

「いちおう、部長に報告だけ入れといてくれ。もしかすると予想以上の事態に発展するかもしれないからな」


 将史からはその日のうちにメールが届いた。日時は三日後の8月6日午後3時半。場所は靖気本人の希望で、新宿のファミリーレストランになった。


 そして——




 2021年8月6日 午後三時二十四分。

 東京・新宿 インペリアル・ホスト新宿駅前店 店内。


 日本で一番利用者の多い駅は真夏の午後であっても絶えず人が流動していた。移動する人もサラリーマンや学生など若い年代が多く、お年寄りしかいなかった荻窪とは対照的に見える。


 そんな新宿駅から徒歩十分のところにインペリアル・ホスト新宿駅前店はある。店名こそ「新宿駅前」となっているが最寄駅は西新宿駅と胡散臭さを感じる。だが店内はオレンジを基調としたソファやテーブル、椅子が配置され、多くの人が午後のひと時を楽しんでいた。


 その一角、店内の端の席で友菜と将史、そして東崎は三賀森物産・社長の三賀森靖気と対面していた。


「……お、お越しいただき、ありがとうございます」


 席につくと、女性の声が聞こえた。

 友菜は思わず周囲を見渡した。しかしこの席には友菜以外、女性はいない。


 もしや、と彼女は目の前の()()を見た。灰色のフードを目深に被り、マスクをつけ、首にヘッドホンをかけた若年の男性は軽く頭を下げた。


(彼の声だったのか。思ったより高い)


 驚きを隠せない友菜と東崎に対し、将史は動揺することなく、


「それで、どのようなご用件で……」と会話を繋いだ。


 彼の言葉に靖気は体を縮こませ、俯いた。

 だが、しばらくして顔を上げると、ゆっくりとした所作でヘッドホンを首から外した。その手が震えていることを友菜は見逃さなかった。


 次にフードをとり、マスクを外した。

 そのままパーカーのチャックを少しだけ開く。


 一同の目は見開かれた。

 視線は男性の喉元に集中する。




 生々しい傷跡があった。


   何本もの線が入り組み、


     傷一つ一つから悲鳴が聞こえてきそうだった。




 ハスキー声の男性が言う。


「お話ししたいのは僕のこと、そして会社のことです。

 三賀森物産は倒産の危機にあります」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ