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第30話「夏が始まった合図がした、仕事も始まった合図がした!」

 2021年8月3日 午前11時00分。

 東京・荻窪 国道311号線沿い。


 真夏日だった。

 照りつける太陽が日焼け止めクリームごと肌を焼き、汗を滲ませる。


 友菜と東崎は荻窪駅西側にある国道311号線沿いを歩いていた。片側三車線の広い道路には乗用車やトラックなどが忙しなく通り過ぎる。一方、歩道には天候も関係あるのだろう。人はまばらだ。ここには若者も住んでいるのだろうが、仕事や学校に出ているためか、歩く人は高齢者がほとんどだった。


 そんな国道311号線を二人は冒険家のような足取りで進んでいく。

 目指すは新規の取引先だ。


「いいか」歩きながら東崎が言う。

「さっきも言ったが、俺は今回サポート役だ。メインはお前がやるんだぞ」

「はい。任せてください」


 やがて二人は一つのビルの前にたどり着いた。直方体で白い六階建てのビルの左上には「三賀森物産」と書かれている。主に小売の卸売を行う従業員1500人の総合商社である。


 友菜が所属する戦略事業本部の仕事は新規顧客への対応だ。


 フューカインドのコンサルティング事業(忘れているかもしれないがフューカインドは山やテーマパークを所有するグローバル・コンサルティング企業だ!)を営業企画部が宣伝し、興味を持った企業に友菜たち戦略事業本部が聞き取りを行い、サービスを提案する。正式契約からサービスの導入までをサポートし、その後は各担当部署に引き渡す重要な役回りである。


 だが——、




「お断りいたします」




 目の前の中年女性は貼り付けたような笑みを浮かべてそう言った。




   ***




 2021年8月3日 午前11時5分。

 東京・荻窪 三賀森物産本社 5階・応接室。


「お断りいたします」

「は……」


 資料を広げようと鞄を開いた友菜の手は止まる。


 視線は対面する発言者に向けられていた。三賀森物産・専務の三賀森康代は白髪が混じった中肉中背の体型で、ブランド物のジャケットと膝丈スカートに身を包み、真珠のネックレスを首から下げていた。


 康代は続けた。


「実は以前から別の会社にコンサルをお願いしてまして、営業の方が来てくださった時にはついお願いしてしまったんですけれども、やっぱり二つ掛け持ちするのは申し訳ないかなっと……」

「えっと……」


 友菜は彼女の隣に座る男性を見た。客前だと言うのに(そして真夏日だというのに)灰色のフードを目深に被り、マスクで口を覆い、首にはヘッドホンをつけている。


 この彼こそが三賀森物産の社長・三賀森靖気(やすき)なのだが、どう見ても社長の出立ちではない。


 フードと前髪をかき分けた先に彼の瞳が見えた。一瞬、友菜と目が合った気がしたが、靖気はそっと視線を端に逸らす。


「で、ですが——」友菜が康代の意見に反論しようとしたところで、

「かしこまりました」と東崎が声のボリューム高めに割って入った。

「では、また何かお困りごとがあれば、遠慮なくご連絡ください」


 康代は薄っぺらい笑みを浮かべたまま「ありがとうございます」とお辞儀した。




   ***




 2014年8月3日 午前11時15分。

 東京・荻窪 国道311号線沿い。


「どうして引いたんですか? 複数のコンサルを雇ってる企業だって珍しくありません。こちらを良いと思ってくれたのであれば、説得の余地があったと思います」


 再び炎天下の街道を歩きながら友菜は東崎に尋ねた。


「クライアントの意向が第一だからな。下手に食い下がると会社に対する心象が下がってしまう。あそこで引くのが正解だ」

「でも、社長の意見は違うみたいでしたよ」


 友菜の指摘が痛かったのか、東崎は顔をしかめた。


「そこなんだよな。あそこ大企業だが家族経営だろう。間違いなく実権はあの専務が握ってるんだろうけど、社長がお飾りにしては奇抜すぎるというか……」

「一言も喋りませんでしたよね」


「そこも気になった。何も喋らないのなら専務だけに対応させればいいのに。彼女が同席するように言ったのか? それとも自分から望んだのか? どのみち営業に報告も兼ねて訪問時の様子を聞き取りたいな」


「じゃあ、あたし連絡しておきます」


 友菜は食いつくように言った。今回の案件を取ってきたのは他でもない、

 友菜の同期である川手将史だったのだ。





読んでいただき、ありがとうございます。

もし、よろしければ星やフォローをお願いします。

さらに、お褒めの言葉をいただけると泣いて喜びます。

引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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