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第1話「転生?転移?人類知?〜なんか設定がややこしい気がするけど、クビだけは勘弁して!」その3

(地獄の新人研修? なんだそれ)


「今日から一ヶ月の間に五回行われて、そのうち一回でも合格点に満たないと即クビになる研修という名の採用試験だよ。フューカインド(うち)では例年、半分以上の新入社員がこの研修でクビになるんだよ」


 友菜は目をパチクリさせた。


(ナニソレ!?)


 入社して一ヶ月以内に半分以上がクビになる企業。これも世界線が変わったことによる影響なのだろうか。


 友菜の困惑をよそに隣の席の彼女は続ける。


「ちなみに試験の内容は例年ほとんど同じで、〈一次研修〉は筆記。一般教養と専門科目が組み合わさったテストだよ。ちゃんと勉強していればまず合格するはずだけど……」


 隣の席の彼女は友菜が〈一次研修〉の存在を忘れていたことを思い出して気まずい顔をした。彼女が察する通り、友菜は〈一次研修〉の勉強をしていない。なんなら数十分前まで暗闇のオフィスで書類作成を行なっていたのだ。


 居心地が悪い空気を掻き消すように人事部の声が聞こえる。


「準備ができましたので、移動を開始します。左の列からついてきてください」


 新入社員は椅子から立ち上がり、一糸みだれぬ動きで移動していく。

 友菜たちが動く時になって、隣の席の彼女は友菜のことを見た。


「ま、まあ6割取れれば合格するから、大丈夫だよ……多分」


 最後の「多分」に友菜は苦笑いを浮かべながら歩き出した。けれども、その歩みに緊張はこもらず、むしろ落ち着いていた。


(筆記試験といってもSPIみたいなものでしょ。学生時代はSPIが得意だったし、三年経つけどなんとかなるでしょ)




   ***




 2021年4月1日 午前10時30分。

 東京・日本橋 日本橋ホール 大会議室1001。


 試験開始の合図とともに問題用紙を開く。

 制限時間は60分。


 問題は一般教養試験が2問、文学や生物学など30近い専門分野からそれぞれ出題される専門科目試験が1問の計3問だ。


 3年近く社会人をしてきた友菜に専門科目試験を解ける自信はない。だから一般教養試験で満点をとり、専門試験で残りの十点を狙う、という作戦で挑んだ




   のだが……、




 第一問

 黒玉3個、赤玉5個、白玉4個、青玉2個が入っている袋から玉を1個ずつ取り出し、取り出した玉を順に横一列に14個すべて並べる。どの赤玉も隣り合わないとき、どの黒玉も隣り合わない確率を求めよ。




 第二問

 2020年から小学校5、6年生で英語が指導教科に追加される。この問題についてあなたの意見を具体例を挙げながら英語で答えよ。英文の長さは200語程度とする。




(……なにこれ? 確率に英文エッセイ?)


 とりあえず手を動かしてみる。まずは確率の問題。丸を14個書き、黒、赤、白、青と丸の中に書き込んでいく。確率の問題ではお馴染み、全て書き出す解き方だ。


 誰でもできて確実に解ける手法だが、14個の重複した玉の並べ方は2522520通り(同じものを含む順列の公式は「(p+q+r...)!/p!q!r!...」だよ!)。これからの人生をかけても正解を見つけることはできない。


 ならば、と英文エッセイを書き始めるが、社会人三年目かつ在学中にほとんど英語を使ってこなかった彼女にとっては高校以来の英語になる。be動詞や過去形など基本的な文法事項は思い出せても、それらを組み合わせて自分の意見を書くにはGoogle翻訳が欲しかった。


 気づけば三十分が過ぎていた。


 背中が汗ばむ。


「不合格」の三文字が浮かぶ。


(あれ? あたしの華やかな二周目、ここで終わり?)


 そのとき、目の前に〝ディスプレイ〟が現れた。


「……ッ!」


 声が出そうになるのを必死に堪える。


『お困りのようですね。お手伝いいたしましょうか』


 さらに〝ディスプレイ〟が2枚表示される。例えば、それは「条件付き確率」と書かれていたり、「英文エッセイの書き方」と書かれていたり。


『わたくしはセヴァイン。〝人類知〟を使って貴女さまをお手伝いいたします』

(でも、それってカンニングじゃ……)


 途中まで思って奥歯を噛み締める。


 正論を振り翳したところで、この試験に落ちてしまえば、夢のホワイト企業ライフも消滅してしまう。


 道理を守るか、幸せを捨てるか。


 彼女の選択は————




(セヴァイン、力を貸して!)




『かしこまりました』


 彼の一声と共に、友菜の周囲を〝ディスプレイ〟が取り囲んだ。


『取り組まれている問題の解答と類題を解説した記事を表示いたします。丸写しは怪しまれますので、これらの記事を参考に解答を作成してみてはいかがでしょうか』


 〝人類知〟。人類の知識と経験が記録された媒体。


 セヴァインはその全てにアクセスすることができる。


 目の前の試験の解答や参考文献を提示することなど朝飯前だ。


 友菜はいくつかの〝ディスプレイ〟をスマホのようにスクロールした。


(……いける!)


 ペンが解答用紙を滑り出す。そこに一切の迷いはない。

 五分も経たないうちに第一問の答案を完成させ、第二問も十分で書き切った。


 残るは専門科目、一題。




 友菜が選んだのは————数学だった。




 問

  実三次元空間内の楕円体x^2/α+y^2/β+z^2/γ=1を考える。Lagrangeの未定係数法を用いて、楕円体表面上でのF=xyzの最大値とその最大値を与える(x, y, z)をすべて求めよ。




 彼女は学生時代、数学を専攻していたわけではない。むしろ学部はゴリゴリの文系だった。それでも彼女が数学を選んだのは残り時間が十分しかないからだ。答えが抽象的な文系分野より、明確な答えが存在する理系科目の方がセヴァインの〝人類知〟を活かせると考えたのだ。


 全神経を解答用紙に集中させる。まるで目から火花が走っているかのように、脳の回路が全て開かれているかのように。鉛筆を走らせること以外、考えることは許されず、時間感覚すらも消え失せて、ただひたすらに


 前へ。


 前へ————!!!




「そこまで!」




 試験監督の声が響き、場内の緊張は一気に緩んだ。

 友菜は大きく息を吐いてシャーペンを机の上に転がす。目頭を押さえ、天を仰ぐ。


 不安はあった。

 罪悪感もちょっぴり。


 けど、試験が終わった友菜に未来を変えることはできない。

 あとは、祈ることしかできない。




 一時間後、合格者が発表された。


 果たして合格者一覧に羽坂友菜の名前はあった。


『おめでとうございます』


 セヴァインの賛辞をよそに友菜は胸を抑えた。


 彼の力を借りなければ、自分は間違いなく落ちていた。

 良かった、と思うべきなのか。悪いことだ、と思うべきなのか。

 確かなことは、この力をあまり使ってはいけない、ということだ。


(だって、不公平でしょう。あたしだけが特別だなんて)


 そして彼女は決断した。

 この力はあまり使わないでおこう。


 正々堂々、自分の力で勝ち抜いて見せるのだ。




   しかし————




 2021年4月1日 午後2時30分。

 東京・日本橋 日本橋ホール 会議室907。


「終わった……」

「……もうだめだ」


 会議室にいる全員が膝をついていた。

 彼らの前には一人の男が肘掛け椅子に腰掛け、頬杖をついている。


 男の髪はムラがないほど銀色で、肩まで伸びていた。

 彼こそは、紛うことなきフューカインドの上層部が一人。




   鷲山銀華 取締役第十席




 二十五歳にして取締役の座まで上り詰めた秀才である。


 彼を前に、友菜は自らの意志でセヴァインの能力を使うことになる。

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