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第20話「PRAYING RUN Don’t give up」

 2021年4月19日 午前7時58分。

 千葉・浦安 浦安駅近郊。


 フューチャー・スタジオ・ランドが近くにある住宅街の朝は静かだった。犬の散歩をする老人、学校へ向かう子どもたち、そしてFSLへ向かう社員たち。ここはFSLの近くにあるということもあり、数多くのFSL従業員が居を構えていた。


 そんな住宅街の一角でチャイムが鳴る。チャイムはけたたましく、この家の住人に来訪者の存在を告げた。


 家族三人が暮らすこの一軒家の父親はちょうど会社に行く支度をしていた。


(いったい誰だ、こんな朝っぱらに)


 そんなことを思いながら「はぁい」と扉を開ける。


 扉の前には一人の女性が立っていた。上下黒のパンツスーツを身につけ、大きめの手提げ鞄を肩にかけている。


「朝早くに申し訳ございません。あたし、フューカインドの羽坂友菜と申します」


 フューカインド。

 その単語が聞こえた瞬間、父親の表情が引き攣る。


 脳裏によぎったのは一週間前の出来事。

 社長室で言われたこと。


『最近家を建てたんでしょう? お子さんももうすぐ小学生。何かと入り用じゃないかしら』


「すみません急いでるんで……」


 父親が扉を閉めようとする前に、友菜は足を引っ掛けてその動きを止めた。


「そうですか。では単刀直入にお伺いします。()()()()()()()()()()()()んですよね?」




   ***




 2021年4月19日 午前9時35分。

 東京・三田 フューカインド本社 7階・第六小円卓決議室。


「ここにいる皆さんの多くがフューカインドの新入社員研修を経験したと思います。新入社員研修は全部で五つあり、その全てをクリアすると晴れてフューカインドの社員として働くことができます。


 では、そもそもこの新入社員研修はどのようにして始まったのでしょう。1994年、フューカインドは他社に先駆けて大胆な働き方改革を行いました。週休3日制の導入、実働6時間、初任給驚異の100万。破格の労働条件に人々は殺到し、厳正な選考の結果、優秀な社員が入社した……


 わけではありませんでした。なんと社員は仕事をしなくなってしまったのです。彼らはフューカインドで働きたいのではなく、フューカインドが提示する条件にただ飛びついてきただけ。仕事に対する意欲は全くと言っていいいほどありませんでした。


 そこでフューカインドはこの新入社員研修を導入しました。内定を出した後に解雇される可能性がある。それでも集まる社員たちは真に労働意欲のある社員になると考えたのです。実際に研修で解雇を言い渡せば、就職を考えている人たちへの示しにもなります」


 羽坂友菜の発表冒頭で三つの陣営はそれぞれ別のことを考えていた。


 一つ目は茉莉乃と将史、富三郎の三人。昨晩彼女と一緒にスライドを作り上げた彼らは困惑していた。

 ——スライドが、違う。


「どうして……」


 茉莉乃の口から溢れた一言は二重にも三重にも意味を孕んでいた。それを二人は承知している。


「わからない」将史が言う。

「けど、今は羽坂さんを信じよう」


 二つ目は対戦相手の北堂ベル本人であった。彼女は革製の椅子に腰深く座り、足を組んでいた。


(急に何を話し出すかと思えば、議題とは関係ない内容ではありませんか。イロハのイもわかっていない。これでは戦いにすら……)


 そこで彼女は()()に気づいた。姿勢はそのままに眼球だけを素早く動かして周囲を観察する。




 ——誰も、喋っていない。




 先ほどの自分のプレゼンでは多少なりとも雑談している社員がいた。三人の審査員も背もたれに体重を預けながら発表を聞いていた。


 しかし、彼女のプレゼンは違う。全員が友菜のプレゼンに集中している。三人の審査員は背もたれから背を離して聞き入っていた。


 一体、何が起こっているというのだ!


 三つ目は上階から羽坂友菜のプレゼンを眺める鷲山銀華取締役だった。


 彼女がプレゼンを始めた瞬間、彼の脳には一人の女性が思い起こされた。

 長身で、肩幅が広く、筋肉質で金色長髪の女性。


 友菜とは真反対な外見の彼女が思い浮かんだとき、

 彼は目を大きく見開いた。


「しかしこの新入社員研修は長年、世間から問題視されてきました。


 事実、解雇取り消しを求める訴訟も発生しています。その度にフューカインドは『一方的な即時解雇は違法ではないこと』、『内定時に承諾のサインをもらっていること』の二点を挙げて勝訴しています。


 法律としては問題ないかもしれませんが、世間が持つイメージは別です。事実、これまでに起こった五つの訴訟は提訴が報じられた時点で株価が平均3%近く下落しました。


 なぜ繰り返し訴訟や円卓決議が行われるのでしょうか。あたしは合格基準がブラックボックス化されてしまっているところに問題があると思います。


 現在の研修では合否判定が試験官に一任されており、彼らの一存によって新入社員の命運は決まってしまいます。明確な合否ラインが設けられているのであれば問題ありません。


 ただし、そこに不正があれば大問題です」


 スライドが切り替わる。そこには一人の男性が映し出された。


 彼の姿を知っている人物はこの会場に三人しかいない。


 友菜と、茉莉乃と、

 ——北堂ベル。


 執行役員の額に一筋の脂汗が流れ落ちる。




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