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第19話「敗色濃厚・金城鉄壁」

 スライドが切り替わり、一枚の書面が表示される。書面の上部には「内定承諾書」と書かれており、下の方には渡邉茉莉乃のサインと印鑑があった。


 将史、富三郎、茉莉乃の三人の顔が血の気を失う。

 北堂ベルはうっすらと笑みを浮かべた。


「こちらは渡邉茉莉乃氏が内定を承諾する際にサインした内定承諾書です。こちらには次のような文言があります。


『内定後の研修において、試験官の判断により不合格となっても異存はない』と」


 富三郎は眉を顰めてスライドを凝視し、茉莉乃は罰が悪そうに下を向いた。


 将史は額に手を押し付けた。


(なんで今まで忘れていたんだろう……。いや、当たり前だ。日本一の企業から内定をもらえたんだ。サインなんて二つ返事でする。何が書いてあるかなんて読むわけがない)


 早くも三人の間には敗色が漂い始めていた。


「この記述に対して、彼女は承諾のサインをしております。すなわち、渡邉茉莉乃氏は試験官である私の不合格に対し、異議を申し立てることは本来であればできないはずなのです。


 この内定承諾書を根拠にフューカインドの解雇権濫用は法的にも正当であることが示されています。平成二十年十二月二十五日の東京地方裁判所の判決では、不当に解雇したことは違法である、という原告の訴えを棄却しています。また——」


 そこから彼女は五つの判例と三つの円卓決議を紹介した。どれもフューカインド側が勝訴した事例だった。


「これはまずいですな」


 茉莉乃の隣で富三郎が呟く。


「拙僧らが集めてきたのはフューカインド以外のデータ。フューカインド側のデータがある以上、そちらの方が有利に働くことが多い」

「ゆなっち……」


 茉莉乃はスマホを握りしめ、前方に座る同期の背を見つめた。


「彼女の魅力は正確無比な業務遂行能力だけではない」


 VIP席から決議の様子を眺める銀華は言った。彼の斜め後ろには秘書の黒梅鉄治が立っている。


「その実直な性格によって裏付けられるプレゼンの構成力だ。王道のPREP法をベースにフューカインド規則や防犯カメラの映像、判例といった具体的な証拠を提示する。そこにはニュアンスのミス一つ許されない。まさに堅牢な石垣を積み上げる石工職人のごとく、相当な集中力と精神力が要求される」


 彼女に唯一勝利した彼もその勝負はほぼ拮抗していた。息継ぎのタイミングでさえ勝敗を左右する要因となるほど厳しい戦いを強いられたのだ。


(さあ、この砦をどう崩す? 羽坂友菜)


 銀華は北堂の向かいに座る友菜のことを見た。


 そして目を見張った!




   なんと、羽坂友菜は眠っていたのだ!




 椅子の背もたれに体重を預け、顔が下を向かない絶妙なバランスで心地よく寝息を立てていた。


「わたくしの発表は以上となります」


 北堂の発表が終わり、会場を盛大な拍手が包み込む。


「ありがとうございます。それでは次に羽坂友菜様……羽坂様!?」


 司会の声に会場も友菜の異変に気がついた。会場の異様なざわめきを耳にして、友菜はようやく「むにゃ」とまどろんだ目を開けた。


「呆れた……」


 向かいの北堂が嘆息をつく。


 友菜は首を曲げたり肩甲骨を動かしたりとストレッチしながら立ち上がる。


「まさか円卓決議で寝る人がいるだなんて。あなた、本当にどうして()()()()()()()()()?」


「すみません、昨日ほとんど寝ていなかったので」


 北堂側のスクリーンが下がり、友菜の側のスクリーンが降りてくる。


 ウィーンとスクリーンが昇降する音がするにも関わらず、友菜の声ははっきりと聞こえた。


「でも、円卓決議の規則に書いてありますよね。『プレゼンテーション以外で評価をしてはならない』って。


 まあ、見ててくださいよ」


 北堂ベルは目を細めて席についた。

 彼女が座ったと同時にプロジェクターが点灯し、スライドが映し出される。


 タイトルは「正しい評価をするために」。

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