第1話「転生?転移?人類知?〜なんか設定がややこしい気がするけど、クビだけは勘弁して!」その2
『世界一のグローバル・コンサルティング企業、
フューカインドのトップになることです』
二人の間に沈黙が流れた。
周囲を拍手が包む。壇上にいる老翁の話が終わったのだ。
友菜も他の人々と一緒に拍手をすると、(なるほど、ね)と思った。
(ねえ、セヴァイン。あなた、人類の全てを知ってる、って言ったよね)
『その通りです。貴女さまが望む情報は何でもご提示いたしましょう』
(そう。なら——
今すぐ、新しい転職先を探して)
『What's!?』
彼——性別は分からないが、とりあえず「彼」と呼ぼう——その顔は見えないが、目を丸くしているのが声からわかる。
(当たり前でしょ。残業月平均150時間、休日サービス出勤ありの完全週休2日制、有給休暇実質なし、手当は交通費のみ。そんなブラック企業で頂点目指せだなんて、殺し屋専門ダイナーで三つ星を撮ろうとするようなもの。辛い思いして元の日常に戻るより、この世界で悠々自適にやりなおした方が——)
『Wait Wait、友菜さま。貴女さまは何か勘違いされているようです』
(へ?)
『それは貴女さまがいた世界線のフューカインドです。
ここはパラレルワールド。
1%違うだけで世界はガラリと変わる。蔓延するはずだったウイルスは絶滅し、死ぬはずだった人間も生きながらえる。貴女さまがいた世界線より14.1768%違うこの世界のフューカインドは、世界に誇るホワイト企業として名を馳せているのです』
(世界一のホワイト企業?)
『はい。初任給100万、実働6時間、週休3日で残業はほぼなし。これほどのホワイト企業他にはございません』
頭が真っ白になった。友菜の頭には宝石のように恋焦がれても手に入れることのできなかった言葉が……。
「初任給100万、実働6時間、週休3日で残業なし……」
思わずつぶやく。隣の人が見ている気もするが無視する。
(これは————)
友菜の頭に一つの決心が芽生える。
(これは絶ッ対に生き残るしかない!!)
セヴァインのため息が聞こえる。
『よかった。一時はどうなるかと——』
(でも、頂点を目指すつもりはないよ)
『Excuse me?』
(だって社長になったら元の世界に戻っちゃうんでしょ。だったらこの世界で定年までのんびり働いて一度しかない人生を謳歌するよ)
『Oh……』
セヴァインはしばらく黙ったが、やがて諦めたのか『仕方ありませんね』と言った。
『ですが、わたくしは貴女さまの一部。何か調べものの時にはぜひお呼びください』
(OK、アレクサ。ひとまずそのディスプレイを閉じて)
友菜の言葉と共に〝ディスプレイ〟は閉じ、セヴァインの声も聞こえなくなった。
(さて、どうやって生き残ろうか)
友菜は前の職場で痛感させられた。
張り切りすぎると潰される。
周囲から嫌われないために初手からフルスロットルで働き始めると、上司は(コイツ、まだやれる)と勘違いし、どんどん仕事を回すようになる。
その結果待ち受けるのが残業地獄と休日出勤だ。友菜は新しい職場に行ったら実力の6割で働こうと決めていた。そしたら上司から仕事をたくさん回されても、余裕を持って対処することができる。
気づけば入社式は終わり、壇上には誰もいなくなっていた。新入社員たちは束の間の緊張感から解放されたのか、近くの同輩と歓談している。友菜も伸びをし、凝り固まった脳をほぐそうとした。
そのとき、壇上に一人の女性が立つ。人事部の人だろうか。
彼女はマイクを持つと静かにこう言った。
「では、このまま〈一次研修〉に移ります。新入社員の皆さんはしばらくお待ちください」
——会場全体に緊張が走る。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、ホールは静寂に包まれた。談笑していた新入社員たちは神妙な表情となり、鞄から参考書を取り出したり、単語帳アプリを起動させたりして、最後の追い込みとも言える勉強を始めた。
友菜だけが困惑していた。彼女の世界では入社後にビジネスマナーなどの研修を行っていたが、「〈一次研修〉」という名前ではなかった。何より、ここまで張り詰めた空気は漂っていなかった。
友菜は隣に座る女の子に声をかけた。
「ねえ、〈一次研修〉ってなにするの?」
彼女は驚いたように目を見開いた。
「えっ『地獄の新人研修』を知らないの?」
(地獄の新人研修? なんだそれ)
「今日から一ヶ月の間に五回行われて、そのうち一回でも合格点に満たないと即クビになる研修という名の採用試験だよ。フューカインドでは例年、半分以上の新入社員がこの研修でクビになるんだよ」
友菜は目をパチクリさせた。
(ナニソレ!?)