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第九話:生存

 棘の生えた黒い物体は、蠢き、声を上げながら、盲目状態で周囲の建物を破壊して回っていた。先ほど流れ出た赤い液体を利用して滑りながら、どんどん女性の家に近づいていた。


「おい、クソナメクジ!」


 物体は声に反応し、一瞬動きを止めた。それが振り向いた先には、ガントレットとシューズを装着したザグが立っていた。


「ニコ!やれ!」と彼が言うと、物体の背後から銃声が聞こえた。赤い液体を踏まないよう、別の家の庭に立っていたニコが、ショットガンで物体の後部を撃ったのだ。


 すると物体は、鞭に打たれた馬のように、声を上げて動き出した。それは女性の家から離れ、猛スピードでザグの方へ向かった。


 ザグはニヤリと笑って拳をぶつけ合わせ、ガントレットを通電させた。そして物体をギリギリまで近づけさせた後、拳を大きく振りかぶり、衝撃波で物体の体を凹ませた。


「チッ…一発じゃ風穴は開けられないか…」


 物体が突然の大ダメージにより動きを止めている間、ニコは背後でショットガンの引き金を引き続けた。後部にさらにいくつもの小さな凹みができた頃、物体は声を上げ、体中の棘が再び飛び散った。ニコは女性からもらった大きな金属プレートを急いで手に取り、それを盾として使った。一方、ザグは大地を蹴ってシューズに電流を流し、蹴り技による衝撃波で自分の方へ飛んでくる棘を吹き飛ばした。


 全ての棘を放った物体の体はぶるぶると震えていたが、それ以外の動きは見せなかった。


 再び棘を生やすのに時間が必要なのだろうと悟ったニコは、「ザグ、今だ!一気に畳みかけるぞ!」と言った。


「わぁってらぁ!」


 ザグは走り出し、連続で拳を振り下ろすことで、ようやく物体の体に風穴を開けた。それでも動こうとする物体に向かって、ニコはサブマシンガンを連射した。彼が狙ったのは、先ほど自分が作った後部の窪みである。そうやってザグのように攻撃を重ねているうちに、また一つ風穴が開いた。


 そしてニコは「あばよ!」と言って、手榴弾を投げた。それは物体の体の中心で爆発し、物体は今まで以上に苦しそうな声を上げながらズドンと地面に沈んだ。


 ザグは物体が完全に動かなくなったのを確認した後、「終わったぞ!」と大きな声で言った。


 すると女性が窓を開けて顔を出し、驚いた表情で周りを見渡した。


 ニコは自分の腕時計を見て、ニヤリと笑いながら、「ちょうど1分30秒だな。」と言った。


ーーー


 女性の家の1階にあるリビングの中、ザグはボロボロのソファに座り、頭の後ろで手を組み、両足を目の前のテーブルに乗せた。


「ふぅ…今日もいい汗かいたぜ。」と彼は満足気な表情で言った。


 玄関の周りに小さな機械を設置していた女性は、「ちょっと!あまり汚さないでくれる?」と言った。


「汚してねーし。消毒済みだし。」


「そういう問題じゃなくて…」


 女性はため息をつき、「…悪かったわよ。あんた達のこと、誤解してた。」と静かに言った。


 キッチンを観察していたニコは、「いやいや。俺達の方こそ、巻き込んで悪かったな。あのバケモンがここに来たのは、発信機が原因だろ?」と言った。


「いや、多分違うわ。あたしは今まで、ネオの手下を何人も殺してきたから…きっと、前から目を付けられてたんだと思う。」


「じゃあ自業自得じゃねえか。」とザグが言うと、ニコは「ザグ!」と言って彼を睨んだ。


 女性はフッと笑い、「確かにそうね…」と言いながら、車椅子の背もたれに寄りかかった。


「パンデミックが始まってから、なんにもうまくいってない。いつもいつも失敗して…後悔ばっかで……やっぱあたし、サバイバルとか向いてないのかも。」


 するとザグは、女性の方を見ずに、「お前…本気で言ってんのか?」と言った。


「え?」


「俺が今まで見た奴の中で、お前が一番サバイバル能力高いと思うぜ。身動きが取れねえ状態でも、トラップ仕掛けまくれるし、俺達を脅せるし、敵とまともに戦えるし…十分すげぇじゃねえか。」


 ニコは目を丸くした状態でザグを見つめていた。この男も、他人にそんな言葉をかけられるのか、と驚いていたのだ。


 そして同じく目を丸くして固まっていた女性は、フッと微笑み、「…あっそ。」と言った。


「つかお前、名前なんていうんだ?」とザグが尋ねた。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺がニコで、あっちがザグ。」とニコは言った。


「ンだよ、その言い方。俺が脇役みてえじゃねえか。」


「別にそんなつもりはない。」


「普通は主役を先に紹介するモンだろうが。」


「主役も脇役もあるか。なんでお前はいつも人の上に立とうとするんだ?」


「俺が一番強ぇからだよ、バーカ。」


 すると女性は突然笑い出し、ザグとニコは揉めるのをやめて彼女の方を向いた。


「あんた達面白いわね。」と言った女性は、少し落ち着いた後、真っ直ぐな瞳でザグ達を見つめた。


 そしてウィンクをしながら、「あたしはキアラ。よろしく。」と言った。


ーーー


 ザグとニコとキアラは、キッチンの側の食卓を囲み、家にストックしてある缶詰食品を食べながら、今後の計画について話し合っていた。


 キアラはテーブルの上に広げておいた全国地図の中心を指差し、「ネオの下っ端どもから聞いた話によると、奴らの司令塔はここにあるらしいの。」と言った。


「中央都市じゃないか…!なぜ今まで気がつかなかった?」とニコは驚いて言った。


「きっとうまく隠してあるんだわ。」


「じゃあさっさと中央都市で本拠地を探し出して、ネオの幹部どもをちゃちゃっと殺っちまえばいいわけだ。」とザグはニヤリと笑って言った。


「そんな簡単だったら、とっくに誰かがやってるわよ。これも下っ端どもから聞いた話だけど、奴らにとって重要な拠点が、国内で3か所あるらしいの。」


 キアラはそう言って、つなぎのポケットからペンを取り出し、三つのポイントを地図にマークした。


「一つ目は、ここから少し東の方にある廃工場。二つ目は、そこからさらに北にある遊園地。そして三つ目は、中央都市の隣の街にある、古い駅。これら三つの拠点で、変な機械や生体兵器を次々と生み出してるんだって。」


「じゃあ中央都市へ向かう前に、その拠点を潰した方が効率がいいかもな。」


 ニコがそう言うと、ザグはだるそうに、「チッ…めんどくせえな。」と言った。


「ラスボスの力を削ぐ為だ。我慢しろ。」


「へいへい。」


 するとキアラは、「そういえば、あんた達が厄介だって言ってた、生体兵器の危険物質…あれに対抗する方法もあったはずよ。」と言った。


 ニコはアンテナを立てるかのように、「本当か?」と言った。


「ええ。確か、廃工場でワクチンみたいなものが作られてるって聞いた気がするわ。」


「それがあれば、生体兵器に触れても、毒を食らわないで済むのか?」


「全てに通用するかはわからないけど、ある程度は防げると思う。」


 ザグはニヤニヤしながら、「よかったじゃねえか。俺みたいな装備も持ってねえんだからよ。」とニコに言った。


「それで、いつ発つつもりなの?」とキアラは尋ねた。


 ニコがリビングの窓の方を向くと、外は完全に暗くなっていた。


「今日はもう遅いし、明日にするよ。」と彼は答えた。


「じゃあ今夜は泊まっていくといいわ。」


「えっ…いいのか?」


「ちょうどゲストルームも掃除しようと思ってたところだし。」


「そりゃぁいい!久しぶりにベッドで寝れるぜ!」とザグが言った。


 ニコが「恩に着る。」と言うと、キアラは微笑みながら、「それはこっちのセリフ。あの化け物を倒すのを手伝ってくれたお礼よ。それに、こうやって誰かと話すのは久々だから、ちょっと楽しくなっちゃって。」と返した。


 最後の部分を言った直後、寂しそうな表情で遠くを見つめた彼女を、ザグはじっと観察していた。


ーーー


 キアラが作った水道システムにより、久しぶりにシャワーらしきものを味わった後、ザグとニコは2階の角にあるゲストルームで眠りについた。小さくてボロボロな部屋だが、何もないよりは遥かにマシだ。クローゼットの中に二つのマットレスが入っていたため、二人はそれらを敷いて横になることにした。


 すると夜中に、ザグが寝返りを打ちながら目を覚ました。ガントレットははめたままであり、ジャケットは横に脱ぎ捨ててあった。一方、ニコのウィンドブレーカーはきっちり畳まれており、その上に彼の眼帯とハンドガンが綺麗に置かれていた。


 ザグは「うーん…」と呻きながら起き上がり、眠っているニコを置いて扉へと向かった。そして部屋を出た直後、向かいのドアの隙間から光が漏れていることに気づいた。キアラの作業部屋だ。彼女はまだ起きているのだろうか。


 ザグは好奇心からそっとドアを開け、部屋の中を覗いた。そこには、机で熱心に何かの機械をいじっているキアラがいた。


「何してんだ?」とザグが言うと、キアラはビクッとしてバッと振り向いた。


「びっくりした…あんたこそこんな夜中に何してんのよ?」


「便所だ。」


 するとザグはキアラの手元にある機械を見て、「それは…」と呟いた。


 彼女が作ろうとしていたのは、全ての表面に穴が空いている、ルービックキューブくらいの大きさの立方体だった。


「ああ…あんたのそのガントレットを参考にしてみたの。投げつけた時に衝撃波を発する仕組みになってほしいんだけど、これが結構難しくてね…」


「へぇ…一回見ただけなのに、もう再現できんのか?」


「完全再現は不可能かもしれないけど…まあ、これでも元エンジニアだし、機械の扱い方は大体わかってるつもりよ。」


「お前さ…一人でネオ倒せるんじゃね?」


 キアラはハハハッと笑い出し、「無理無理!ていうか、倒そうなんて考えたこともないわ。だって相手は化け物の大群よ?頭脳だけの怪我人が敵うわけないじゃない。」と言った。


 そして彼女は窓の外を見つめ、静かな声で、「あたしはただ…この家を守りたいだけ。」と言った。


「家を?なんで?」とザグが言うと、キアラは首から下げていた金色のペンダントを開き、中の写真をじっと見つめた。そこに写っていたのは、海辺で楽しそうに笑う彼女と、もう一人の金髪の女性。


「誰だそいつ?」とザグは尋ねた。


 キアラは寂しそうな表情で、「あたしの彼女。2年前、あたしをイレギュラーから守ろうとして死んだ。」と答えた。


 ザグは少し目を丸くし、固まった。ニコと話していた時もそうだった。こういう瞬間に、どんな言葉をかけてやればいいのかわからない。


 キアラは昔を思い出し、微笑みながら恋人のことを語った。


「あの子ね…高校の同級生だったんだけど、その頃からほんっとに可愛くて…次元が違いすぎて、こんなあたしと結ばれるわけないって思ってた。でも、気づいたら両思いで、そのまま付き合うことになって…それから一生懸命働いて、この家を買ったの。ようやく一緒に暮らせるようになって、彼女も大喜びだった。泣きながらありがとうありがとうって…本当に優しい子だった。あたしは正直、彼女を幸せにしてあげられるか不安だったけど、その分、彼女が頑張ってくれて…事故で歩けなくなってからも、ずっとあたしを支えてくれた。特にこんな状況じゃ、足手まといにしかならないっていうのに、絶対にあたしを見捨てなかった。最期まで…」


 キアラはペンダントをぎゅっと握りしめ、真剣な眼差しで、「ここにはね…彼女との思い出が詰まってるの。彼女の遺骨も…ここで保管してる。だからあたしが守らなきゃならない。どんなに死にたくても、この聖域を守る為に生き続けるって決めたの。」と言った。


 そして彼女はザグの方を向き、笑いながら、「まあ、そう長くは持たないと思うけどね。さっきの化け物だって、あんた達がいなかったら倒せなかったもの。」と言った。


 するとザグは静かな声で、「…お前は生き延びられる。」と言った。


「えっ?」


 ザグはニヤリと微笑んだ。「お前みたいに悪知恵たっぷりな奴は、そう簡単には死なない。俺が保証してやる。」


 キアラはフッと笑い、「その自信は一体どっから来るのよ?」と言った。


「スラム育ちをナメんじゃねーぞ。世の中で一番汚くてこざかしい人間が集まる場所なんだからな。一応人を見る目はあるんだぜ。」


 そしてザグは振り返り、「…もし俺達が戻ってくる前にくたばってたら、承知しねえからな。」と言って扉の方へ歩いた。


 部屋を出た瞬間、彼は壁に寄りかかっていたニコに気づき、足を止めた。


「おまっ…!なに盗み聞きしてんだよ!」


 ニコはクスクスと笑いながら、「別に?今来たところだし、何も聞いてないぞ。」と言った。


「嘘つけ!絶対最初からいただろ!」


「嘘じゃないって。」


「さっさと吐けや、このにんまりクソ兵士!絞め殺すぞ!」


 そうやって揉めながら歩き去っていく二人を見て、キアラは微笑んだ。


「…バカなやつ。」


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