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第八話:奮闘

 珍しく真っ青な空。同じような見た目の一軒家がずらりと並ぶ住宅街。退屈なほどの静けさ。


 ザグは地面に落ちていたソーダ缶を蹴りながら進み、「あぁ〜…どっかにゾンビいねえかなぁ…」とだるそうに言った。


「平和でよかったじゃないか。束の間の休憩を楽しめよ。」とニコは言った。


「束の間ってどんくらいだよ…いくらなんでも暇すぎんだろ…」


「ちょっとは休んだ方がいいと思うぞ。ここ数日、ずっと暴れっぱなしだったろ。」


 するとザグは立ち止まって腕をバッと広げ、大きめの声で、「俺ぁまだまだ暴れ足りねえんだよ、クソが!」と言った。


 しかし、同じく立ち止まっていたニコの視線は彼ではなく、別の所に向けられていた。


「あれは…?」とニコは呟いた。


 ザグが「あ?」と言って正面を向くと、数メートル先に、奇妙な一軒家があった。金属プレートで覆われており、電線や有刺鉄線が巻かれていた、2階建ての家。


 ザグとニコはその家に近づき、じっと観察した。扉は鎖と南京錠で固く閉ざされており、窓や車庫にも厳重なロックがかけられていた。そして家のあちこちに、なにやら不思議な機械が設置されており、ザグとニコはどうしても警戒せざるを得なかった。


「何だここは…?」とザグは顔をしかめて言った。


「何かの基地か…もしくはそれなりに頭が切れる生存者の隠れ家だろうな。」


「そんな有能な生存者いんのかよ?」


 その言葉に対し、当然のごとく自分を指差すニコを見て、ザグは再び腹が立った。


 彼はイラッとした表情でニヤリと笑い、指の関節を鳴らしながら、「よぉし…いっちょ顔を拝んでやろうじゃねえか。」と言った。


 そして家の扉に近づこうとする彼を見て、ニコは目を丸くし、「おい、待てよ。まさかこっちから侵入しようってのか?危ないからやめとけ。」と言った。


「うるせえ!俺に倒せねえ敵なんていねえんだよ!」


 ザグはそう言って、自信満々な顔で前に進んだが、扉へ通ずる階段に敷かれた細い電線を、彼は何も考えずに踏んでしまい、その結果、電気ショックを受けて倒れてしまった。


「ザグ!!」


 ニコが慌てて駆けつけると、ザグは完全に気を失っていた。すると、正面からウィーンという音がした。ニコはバッと前を向き、扉の真上の庇に取り付けられていた小型カメラに気づいた。真っ直ぐ彼の方を向いていたそのカメラには、銃口のような小さな穴があった。そこから突然何かがヒュンと飛び出し、ニコの肩に直撃した。


「クソ…麻酔弾か…!」


 そう呟いた直後、ニコはふらつき、ザグの側で倒れた。


ーーー


「うっ…んん…」


 ザグはゆっくりと目を覚まし、何度か瞬きをしながら、ぼやけていた視界を元に戻そうとした。ここはどこだ?一体どうなっている?先ほどは外にいたはずだが、今は薄い黄色の壁と、奇妙な機械のパーツなどで埋め尽くされた机や箪笥に囲まれていて…


「気がついたか?」


 隣からニコの声がした。しかし横を向いてみると、ニコはどこかからぶら下がっているようだった。そしてザグは気づいた。自分が現在、彼と共に縄で逆さ吊りにされていることを。


「な…何だこりゃあ!?」


 ニコは疲れた表情で、「まんまと罠にかかっちまったな。」と言った。


「罠?誰の?」


「あたしのよ。」


 突然、部屋の外から女性の声がした。ザグとニコが後ろの扉の方を向いた直後、扉の厳重な三段ロックが解除され、車椅子に座っていた一人の女性が入ってきた。二十代前半くらいに見えた彼女は、黒めの肌と、細かく編み込まれ、丸くまとめられた炭色の髪を持ち、灰色のつなぎのような服を着ていた。車椅子は彼女が横のジョイスティックとボタンで動かしており、背もたれに取り付けられたホルスターにはショットガンが入っていた。


 自分達を通り過ぎ、机の方へ移動する女性に、ザグは「誰だテメェ!」と言った。


 女性は少し尖った声で、「そうね…それなりに頭が切れる生存者、ってところかしら。」と答えた。


「聞こえてたのか。」とニコは言った。


「あのカメラ、音も結構拾えるのよ。便利でしょ?」


「おい!俺の装備どこにやった!?」


 そう言ったザグの手足に、ガントレットとシューズはなかった。


 女性は「あの怪しい兵器なら、ちゃんとここにあるわよ。」と言い、机の左側にある箪笥の引き出しを開けた。その中には、分解されたガントレットとシューズが入っていた。


「すごく性能が良さそうだったから、後でパーツを使わせてもらうわ。」


 ザグは歯を食いしばり、ぶら下がった状態で暴れながら、「ンの野郎!とっとと返しやがれ!」と言った。


「無理ね。だってあんた達、ネオの手下か何かでしょ?」


「あ!?違ぇわボケ!一体どうやったらその考えに辿り着くんだよ!」


 すると女性は、机に置いてあった複数の小さなチップをザグに見せ、「あんたの装備の中に発信機が埋め込まれてた。ネオがよく使ってるモデルよ。」と告げた。


 ニコがほら見ろという顔でザグを睨むと、ザグは知らんぷりをするかのように視線を泳がせた。


「知ってる情報は全部吐いてもらうわよ。あ、でも解放したりはしないから。用が済んだら殺す。あんた達みたいな人間は、野放しにしておくわけにはいかないわ。」


 ニコは冷静な口調で、「待て。ひとまず話を聞いてくれ。俺達はネオを倒したいんだ。」と言った。


 だが、女性は鼻で笑い、「倒す?そんなこと考えてる生存者、見たことないわ。みんな奴らを怖がってる。生き延びる為に、何らかの形で奴らに手を貸してる。」と言った。


「俺達はそんなんじゃない。」


「じゃあ証明できるの?」


「俺のバッグに、今まで遭遇した生体兵器の情報が書かれたノートが入ってる。同じ生存者なら、あれが奴らに対抗する為のものだとわかるはずだ。」


「こういう時の為に用意したトリックじゃないって証拠は?」


「俺を信じろ。読んでみればわかる。それに、食料もほんの少ししか入ってない。ネオの手下なら、必要な分は提供されてるはずだ。」


「下っ端の中の下っ端はそうじゃないかもしれないでしょ?」


 ニコは「それは…」と呟き、拳を握りしめた。


「何を言われても、あたしの考えは変わらない。必要な情報と装備を手に入れて、怪しい奴らは全員殺す。この4年間、ずっとそうやって生きてきた。本当にただの生存者だというなら、あたしの気持ちもわかるはずよ。」


 女性はそう言って、机の端にあった小型のドローンを手に取り、そこにザグの装備から摘出した発信機を取り付けた。そして机の前の四角い窓を開けた後、ドローンの下部にあるスイッチを押すと、複数の小さなプロペラが回り始めた。女性はドローンを窓の外に放ち、ドローンは高速でどこかへ飛んでいった。


 そして彼女は再びジョイスティックを動かし、扉の方へ戻り始めた。


「おい!どこ行く気だ!」とザグは言った。


「さっきカメラが捉えた映像を確認しにいくのよ。あんた達の会話の中に、また別の情報が隠れてるかもしれないからね。終わったらじっくり話を聞かせてもらうから、それまで大人しくしてるのよ。」


 女性は扉を開け、部屋の外に出た。


 ザグは扉を睨みつけながら、「クソ…ナメやがって…!」と唸った。


「まあ落ち着け。こういう状況は、俺も何度か経験済みだ。」とニコは言った。


「じゃあ何か方法でもあんのかよ?」


「あるっちゃあるが、うまくいくかはわからない。」


「何だよ?さっさと言えよ!」


 するとニコは、片手で自分のネックレスを掴んだ。彼の名前や生年月日などが書かれたドッグタグだ。しかし、彼がどこかの何かを押した時、ドッグタグの裏から小さな刃が出てきた。


 ザグは目を丸くし、思わず「なっ…!?」と呟いた。


 ニコは微笑みながら、「上官の入れ知恵だ。」と言った。


 彼はその鍛えられた体幹を利用し、手が足首まで届くように体を曲げた。そしてドッグタグの刃を使い、両足を縛る縄を切り始めた。


「結構分厚いな…」と彼は呟いた。


 数秒後、ようやく縄が切れると、ニコは落下したが、頭から落ちて音を立てないよう、彼は素早く床に手をつき、そして体を一回転させることで無事に着地した。しかし、部屋がかなり狭いため、回転した時に足が机にぶつかり、少し音を立ててしまった。


「バカ!気づかれるだろうが!」とザグは小声で言った。


「悪い悪い。ほら、次はお前の番だ。」


 ニコがそう言ってドッグタグをザグに渡した瞬間、突然大きな音と地響きがした。


 ザグはキョロキョロと周りを見渡しながら、「何だ…!?」と言った。


 ニコは窓の方へ行き、外を覗いた。そこには、住宅街の間に佇む、黒く巨大な円錐があった。


「あれは一体…」とニコが呟いた直後、部屋の扉がバンと開き、再び女性が入ってきた。解放されていたニコを見た瞬間、彼女は車椅子のホルスターからショットガンを抜き、銃口を彼に向けた。ザグはその場で固まり、ニコは両手を上げた。


「待ってくれ!俺達はお前の敵じゃない!」とニコは言った。


 すると、もう一度外で地響きがした。ニコが素早く窓の方を向くと、円錐に大きなヒビが入っていた。


 女性は舌打ちをしてニコを睨みつけ、「こんな時に…!」と言いながら窓に近づいた。そしてまた別の引き出しを開け、中からスナイパーライフルを取り出し、窓を開けて待機した。


 彼女はニコに、「その頭ぶち抜かれたくなかったら、そこから一歩も動くんじゃないわよ。」と言った。


「せめて外の様子を確認させてくれ。きっとものすごい強敵が出てくる。」


「あんたには関係ない。」


「一人じゃ危険だ!」


 女性はフッと笑い、「あたしを誰だと思ってるの?」と言った。


 円錐にどんどんヒビが入っていき、地響きがしばらく続いた。そして数秒後、ついに円錐が割れ、中から大量の赤い液体と共に、ヌメヌメとした黒い物体が流れ出た。その物体には三つの黄色い目があり、体のあちこちに小さな穴が開いていた。そこからプシューと蒸気が出ると、物体はナメクジのようにゆっくりと前に進み出した。


 女性は机をどかし、窓台に肘をつき、ライフルを構えた。そしてスコープを覗きながら深呼吸をし、物体の一番左の目に向かって銃弾を放った。物体がダメージを受け、キィーと大きな声を上げながらぶるぶると震えている間、真ん中の目が射程に入ったため、女性はもう一度引き金を引いた。二つの目を潰された物体は、ゆっくりと横に曲がり、方向を変えた。隣の家を破壊しながら、こちらへ向かい始めた。しかし、そうしたことで、女性が撃てるか悩んでいた右側の目がこちらを向いた。


 女性はニッと笑いながら、「バカね…丸見えよ!」と言って引き金を引いた。銃弾は最後の目に突撃し、物体は三つの眼窩から血を流しながら再び声を上げた。そして、ピタリと動きを止めた。女性はスコープから顔を上げ、ザグ達と共に物体をじっと見つめた。


「終わった…のか…?」とニコは呟いた。だが、彼もザグもそんなわけないと思っていた。ネオから送られてきた特殊生体兵器が、ゾンビみたいに弱いはずがない。きっとまだ何かある。


 すると、物体が突然またぶるぶると震え出した。女性は再びライフルを構え、スコープを覗いた。しかし、引き金を引く暇はなかった。物体は体中の穴から、大量の黒い棘を出し、スティールのようにそれらを周囲に放った。そのうちの一本が真っ直ぐこちらへ飛んできたため、女性は急いでしゃがみ、棘はザグとニコの間を通って扉に突き刺さった。


 女性は素早く窓を閉めながら、「何なの、あれは…!」と目を丸くして言った。


「俺達が今まで戦った敵と似たようなタイプだ。」とニコは言った。「頼む。俺達に行かせてくれ。これ以上状況が悪化する前に倒さないと…」


「ダメよ!あんた達を逃がすわけにはいかない!」


 すると、突然ザグが低く重たい声で、「ったく…いい加減にしろよ。」と言った。


 女性が振り向いた直後、彼はドッグタグの刃で縄を切り、ニコと同じ方法で着地した。そして彼はグイッと女性に近づき、彼女の胸ぐらを掴んだ。


 ニコは驚いた顔で「ザグ!?」と言った。


「おいクソ女…死にたくなかったら黙って聞け。俺ならあのバケモンを2分で倒せる。」


 そしてザグは親指をニコの方に向け、「こいつと二人なら1分30秒だ。」と言った。


 女性はザグを睨みながら、「だから逃がせって?」と言った。


 そうしたらザグはさらに大きな声で、「今は逃がす逃がさねえの問題じゃねえだろ、ボケ!少し考えればわかるだろうが!」と言った。


「落ち着け、ザグ!」とニコが隣で言った。


「落ち着いてるわ、アホ!」


 ザグはそう言って深く息をし、真っ直ぐ女性の目を見て、最初の方の声色と声量で再び話し始めた。


「ガントレットとシューズを返せ。そしたら奴を速攻で片付けてきてやる。これは生きるか死ぬかの問題なんだ。よく考えて選べ。」


 外で物体が暴れる音以外、しばらく沈黙が続いた。


 すると女性はため息をつき、「…どさくさに紛れて逃げたりでもしたらタダじゃおかないわよ。」と言った。


 ザグはニヤリと笑い、「交渉成立だ。」と言った。


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