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第四話:前進

 元々は人で溢れかえっていたはずの大通り。今では完全に空っぽだった。アスファルトの道路にはゴミと落ち葉と放置された車しか残っておらず、ビルなどもひどくボロボロで、半壊しているものもあった。


 ザグとニコは、これからのことを話し合いながら、そんな隣町の大通りを歩いていた。


 ザグは頭の後ろで手を組んだ状態で、「そういや、あの肉団子…アイツ、人間の頭から出てきたろ?ありゃ一体どういう仕組みなんだ?」と言った。


「ネオが生み出す生体兵器の多くは、小さな寄生体から始まるんだ。奴らはその寄生体の卵を人間に植え付け、器となった人間は内側から食われていく。そして寄生体は成長し、やがて殻を破って出てくるというわけだ。」と、ダッフルバッグを肩にかけ、脹脛(ふくらはぎ)に布を巻いて歩いていたニコが説明した。


 あまりよくわかっていなかった様子のザグは、「ほう…」とだけ言った。


「ほら、あの時倒れていた男の首に、注射の跡があっただろ?あそこから寄生体が侵入したんだ。」


「ああ、なるほどな。そういうことか。」


 ニコは微笑み、「理科は苦手か?」と言った。


「っるせえな。こちとらまともに学校行ってねえんだよ。」


「へぇ…じゃあ俺が勉強教えてやろうか?」


「いらねーし。つか、そんな暇どこにあんだよ。」


 ニコは笑いながら、「確かにな。」と言った。


 二人はしばらく歩き回った後、角の方のとあるデリへ向かった。目印であったはずの赤いテント屋根はすっかり破れてしまっており、窓ガラスも割れていた。


 店の前で立ち止まると、ニコは、「この中に使えそうな保存食とかがあればいいんだが…」と言った。


「まだ4年しか経ってねえんだし、大丈夫だろ。」


 ザグはそう言って、店の扉を開けた。中は真っ暗で、棚やそこに並べられていた商品も全て散らかっていた。二人は棚の間の隙間を通り、探索を始めた。


「品数が少ないな…他のコミュニティに先を越されたか?」とニコは呟いた。


 ザグは床に落ちていた空き缶などを小石のように蹴りながら、「クソ…マジでなんもねえな。」とイライラした口調で言った。


 すると、先に奥の方へ辿り着いたザグは、「おっ」という声を出し、しゃがんで何かを拾った。


「おいニコ!見てみろよ!」


 彼が持ち上げてニコに見せたのは、クラッカーの缶だった。


「賞味期限まだ切れてねえぞ!」


「でかした、ザグ!俺も奥の棚を見てみるよ。」


 その時、突然ガタンという音が聞こえた。ザグとニコは同時に動きを止め、耳を澄ませた。そして次は、缶のような物が転がり落ちる音がした。


 ニコは店の隅にある鉄の扉を見て、「あそこからだ。」と静かに言った。


 二人は息を潜め、ゆっくりと扉の方へ向かった。ニコはダッフルバッグをそっと床に置いた後、壁に背中を当てた状態でハンドガンを取り出し、ザグと目を合わせた。お前もいるか、と問うかのように自分のベルトを指差したが、すでに拳を構えていたザグは顔をしかめながら首を横に振った。


 ニコは気を引き締め、そっと手をドアノブにかけた。そして数秒後、扉をバンと開け、ザグと共に暗い部屋に足を踏み入れると、そこには、血まみれの男の死体の側でしゃがんでいた一体のゾンビがいた。それはムシャムシャと何かを頬張っており、ゆっくりと振り返った時、その目は赤く光っていた。


 だがニコとザグは、一瞬で無表情になった。


「…なんだ、イレギュラーか。」とニコが言うと、ザグは「ただの雑魚じゃねえか。」と不服そうに言った。


 ゾンビが口から血を垂らしながらフラッと立ち上がると、左腕から生えている肉の塊が見えた。ニコはそれを一発で破壊し、そのダメージでゾンビが後ろに下がった瞬間、ザグが前に出て頭を蹴り飛ばした。


 ザグは立ったまま足を前後に振り、スニーカーに付いた血を払いながら、「ったく…拍子抜けだぜ。」と言った。


 ニコはゾンビをまたいで死体の側でしゃがみ、目と口を開いたまま倒れていたその男をじっと観察した。


「これは…」と彼は呟いた。


「あ?」


 ニコは男の上着のポケットからはみ出ていた紙切れを取り出した。折られていたその紙切れを開くと、そこに手書きの文字が綴られていた。


「例の物を持ってこい。キクノハナ商店街で待つ。」


 ニコの後ろに立ったままメモを読んだザグは、「何だこりゃ?」と言った。


 するとニコは男の上着のジッパーを開き、服の内ポケットを探り始めた。そうしたら彼の予想通り、メモに書かれていた「例の物」らしき奇妙な小瓶が出てきた。


「やっぱり…」彼はそう言って立ち上がり、小瓶をザグに見せた。液体が入っていたその小瓶の中で、豆粒くらいの大きさの虫のようなものが浮いていた。「こいつもネオの仲間だ。」


「どういうことだ?」


「これは奴らが生み出した寄生体だ。この男はおそらく、これを奴らの所へ持っていこうとしてたんだろう。」


 状況を理解したザグはニヤリと笑い、「じゃあそのメモに書いてある場所に行けば、ネオの奴らを見つけられるってことだな?」と言った。


「少なくとも、手がかりの一つや二つはあるかもしれない。行ってみよう。」


 ザグは「俺に命令すんな!」と言って、先に店を出た。


ーーー


 二人が向かったのは、街の中心の方にあるキクノハナ商店街である。小さな店や飲食店がずらりと並んでおり、それらの目印となっていたはずの旗や看板はすっかりボロボロになっていた。


 その名の通り、菊の花が描かれた入り口の前で佇んでいたザグは、「ヤベェ…ここに長くいたら腹が減りそうだ…」と言った。


 後ろに立っていたニコは、微笑みながら「安心しろ。食料はさっきの店である程度集めてきたぞ。」と言い、ダッフルバッグの中に入っていた缶詰の数々をザグに見せた。


「おまっ…!?いつの間に!?」


「まだ調べ終わってないのにお前が突っ走るから、目に見える物しか持ってこれなかったけどな。」


 ザグは悔しそうな表情で「くっそ…!!」と言ったが、調べ忘れた自分の落ち度であり、わざわざ集めてきてくれたニコには感謝していたため、それ以上は何も出てこなかった。


「っ…とにかく行くぞ!」


 そう言って歩き出したザグに、「武器はいらないのか?」とニコは一応尋ねた。


「いらねえ!」


「また毒食らっても知らないぞ。」


「ハッ!同じ手に二度も引っかかるかよ!」とザグは笑って言った。


「そうかい。」


 心の準備をしながら商店街を歩き、ちょうど真ん中辺りに辿り着くと、ニコが突然異様な気配を感じた。


「止まれ!」


 ザグは立ち止まり、「あ?何だよ。」と言った。


 ニコはサブマシンガンを取り出してからダッフルバッグを地面に置き、周りを見渡した。


「…近くに何かいる。」


 銃を構えた状態でそう言ったニコを見て、ザグも拳を構えた。


 するとその時、ザグの近くで矢が放たれるような音がした。その音に即座に反応した彼は、ヒュンと自分の方へ飛んできた黒い針をなんとか躱すことができた。


「ザグ!大丈夫か!?」とニコは言った。


「おう…」と答えたザグは、地面に突き刺さった漆黒の針を見つめ、「何なんだこれは?」と呟いた。


「ほう…今のを躱すとは…なかなかやるな。」


 突然、知らない声が聞こえた。ザグとニコは同時に上を向き、いつの間にか頭上のアーチから逆さまにぶら下がっていた何者かと目を合わせた。その男の全身は黒い布で覆われており、両目は赤く光っていた。


「どうやってここがわかったのかは知らないが…まあいい。ちょうど暇していたところだ。」と、低くしゃがれた声で言った彼は、アーチから落下し、体を回転させて地面に着地した。


 ニコは銃口を彼に向けたまま、「お前…ネオか…!」と言った。


「フフ…お前達に勝ち目はないぞ!」


 男はそう言って、布に隠されていた自分の左腕を見せた。その肌はまるで、ザグ達が肉団子と呼んでいるあの生き物のようであり、先っぽは刃のように尖っていた。


 男はその腕を振り上げながらザグ達の方へ突進し、二人は反対方向に避けた。ニコはその直後に連射を開始したが、銃弾は全て大きな腕によって防がれた。そして男はもう一度腕を大きく振りかぶり、ニコはその刃をギリギリで躱した。


 彼はなんとかバランスを保ち、「クソっ…ガードが堅い!」と呟いた。


 ニコに再び刃を向けようとした男の後ろから、ザグが回し蹴りを繰り出したが、男の首だけが曲がって彼の方を向き、攻撃はまたもや左腕によって防がれた。そして着地した直後、ザグは自分のスニーカーの裏に付いていた、ねっとりとした液体に気づいた。どう見ても触ったら危険そうだ。念の為に蹴り技にしておいて正解だった。


 ザグは腕を振りかぶる男から逃げながら、液体が付いた方のスニーカーを投げ捨てた。


「ニコ!!」


「わかってる!」


 ニコはサブマシンガンで男の背中を撃ちながら、ホルスターから取り出したハンドガンを投げ、ザグはそれをキャッチした直後に射撃を開始した。


 双方からの攻撃を防ぎきれなくなった男は、近くの街頭に飛び移り、左腕の刃をザグ達の方へ向けた。すると、その腕は粘土のように形を変え、まるでクロスボウのような形態になった。そして男は、その獣のような口を開き、中から黒く長い針を取り出した。先ほどザグの方へ飛んできた物と同じだ。男が持っていた針は一瞬で複数に分裂し、彼は左腕を使ってそれらを一斉に放った。ザグとニコは後ろに下がりながら、上から降り続ける針を避けていたが、一本の針がザグのジャケットの袖に刺さり、画鋲(がびょう)のように彼を近くのビルの壁に固定した。


「ザグ!!」と言ったニコは、慌てて立ち止まり、彼に注意を向けた。


 男は笑いながら「終わりだ。」と言い、二本の針を正確にザグとニコの方へ放った。


 しかしニコは「させるか!」と言い、自分の方へ飛んできた針を避けながら、ザグの方へ飛んでいた針を銃弾で弾き、軌道を逸らした。


 ザグはその隙に、壁に固定された袖を破り、急いである所へ向かった。そこには、先ほどの針の雨によりとあるビルから分離された、一本の鉄パイプが落ちていた。ザグはそれを拾い、男が足場として使っていた街頭へと向かった。


 彼は走りながら「これ返すぜ!」と言い、男の左腕に銃弾を防がれながらも連射を続けていたニコのホルスターに、サッとハンドガンを戻した。そしてようやく街頭まで辿り着くと、ザグは鉄パイプを大きく振りかぶり、街頭に思いっきり叩きつけた。その衝撃で街頭は曲がり、男は別の足場を探そうとジャンプした。しかしその瞬間、男は迂闊なことに体の右側を晒してしまっていた。


 ニコは今だと思い、サブマシンガンに残った銃弾を使い切る覚悟で、男に向かって連射した。その攻撃をまともに食らった男が地面に落下するのを見て、ザグは再び走り出した。


 そして先ほどの攻撃で少し曲がってしまった鉄パイプをもう一度振り上げ、「食らえ、クソったれが!!」と言いながら、それを男の頭部に強く叩きつけた。


 男は数メートル先まで飛ばされ、受けたダメージのせいで立ち上がれずにいた。


「一体…何なんだ…お前達は…!」と彼は言った。


「なに、ただの生存者さ。」


 そう言ったニコは、すでに男に向かって手榴弾を投げていた。それはドカンと爆発し、男は一瞬で炎と光に包まれた。


 ザグは鉄パイプを投げ捨て、「チッ…手こずらせやがって。」と呟いた。


「ネオめ…とうとう寄生体の力を自由に使いこなすようになったか…」とニコは言った。「あんなモンを体に入れておいて、まだ意識を保ってられるなんて…本当にとんでもない奴らだぜ。」


「ンなことより…」


 そう言ったザグは、ジャケットの破れた袖を指差し、「どうしてくれんだよ、俺の大事な服を!これだけはずっと無傷で済んでたのに、台無しじゃねえかよ!」と激怒した。


 ニコは笑いながら、「落ち着け。ここは商店街だぞ。新しい服なんかいくらでも探せるじゃないか。」と言った。


 ザグはムスッとした表情で、「断る。俺はこの服が気に入ってんだ。」と言った。


 ニコは男の残骸を見て、「しかし、惜しいことをしたかもな。色んな情報を持ってる可能性はあったのに、全部燃やしちまった。」と言った。


「知らねえよ。倒しただけで十分だろ。」


「お前は前向きでいいな。」とニコは笑って言った。


「何言ってんだ。俺はついこないだまで死にたがってたんだぞ?お前の方が何倍も前向きだろうがよ。」


「お褒めに預かり光栄だ。」


「それ口癖か?妙にムカつくんだが。」


「文句言うな。前向きになる為だ。」


 そんなくだらない話をしながら、二人はその場を去った。そして血と混沌が渦巻く深淵に、足を踏み入れたのだった。


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