第三話:共闘
いくら考えても無理だ。一人で奴らの基地に乗り込めば、きっと死よりも遥かに辛い思いをすることになる。
ザグがそう言おうとした瞬間、突然上から何か音がした。ニコも、天井を見上げていた。彼はダッフルバッグに入れておいていたサブマシンガンを手に取り、素早く装填した。
「見つかったか…」と彼は言った。
「誰に?」
「ネオだ。」
するとその時、天井の一部がズドンと落下し、落ちてきたコンクリートの塊の上に、3体の大きな赤黒い蜘蛛がいた。体のサイズはバイク一台くらいで、黄色く光る目が八つあった。それらがザグとニコに飛びかかると、ニコは後ろに下がって距離を取った。しかし、ザグはただ全力で一体の蜘蛛を蹴り飛ばし、その蜘蛛は壁に叩きつけられた。彼は蜘蛛の動きが止まっている隙に突進し、その額の中心にある、おそらく核の役割を持っている緑色の石を踏み潰した。結果、蜘蛛の体は溶け出し、黒いタールのような液体へと変化した。どうやらザグの予想は正しかったようだ。
一方、ニコは残りの2体の蜘蛛に向かって連射していた。そして消耗させ、足を破壊した後、狙いが正確なハンドガンを使って核を破壊した。
ザグは指の関節を鳴らしながら、「おいおい。ネオの実力はこんなもんか?」と言った。
「いや…」ニコはそう言って、ハンドガンをホルスターに戻した。「おそらく外で別の何かが待ってる。」
「じゃあ殺られる前に殺るっきゃないな。」
「あ、ちょっと待て。」
「ンだよ?」
ニコはダッフルバッグを漁り、ショットガンと予備の銃弾を取り出した。
そして「これを使え。」と言って、それらをザグに渡した。
「まだ武器持ってたのかよ。」
「さっきお前が言ったように、俺は常に準備万端さ。」
微笑みながらそう言ったニコに腹が立ったザグは、不服そうな表情で彼の後を追った。
ーーー
駐車場があった3階建てのビルの外に出た直後、ザグとニコは目の前の奇妙な光景により足を止めた。そこには、人間の四肢などがいくつも突き出ている、大きな灰色の塊があった。それは心臓のように膨張と収縮を繰り返しており、動く度に、その内側赤く光った。
ザグは目と口を開いたまま、「何だありゃ?」と言った。
ニコは「わからないが、危険なのは間違いないな。」と答え、サブマシンガンを構えた。
二人が慎重に塊に近づくと、それが数秒毎に少しずつ大きくなっていることに気づいた。今やバン一台くらいの大きさになっており、その後は卵のようにヒビが入り始めた。
ザグはショットガンの引き金を引く準備をしながら、「来いよ、デカブツ…!」と呟いた。
すると、塊はついに破裂し、中からとてつもなく大きな蛇が姿を現した。その黒い鱗と黄色い目を輝かせながら、ザグとニコを見下ろした。大蛇が動く前に、ザグはその体に向かって2発放ったが、鱗が硬すぎてビクともしなかった。大蛇がその鋭い牙を剥き出し、うねりながらものすごい速度で前進すると、ザグとニコは反対方向に避け、ザグは大蛇の目に向かって弾丸を放った。しかし、彼は銃器の扱いに慣れておらず、狙いが正確ではなかったため、撃った弾丸は目の周りの鱗に当たってしまった。
「おいザグ!」と言ったニコは、数秒間大蛇の動きを止める為、閃光手榴弾を投げた。「弾節約しないと打つ手がなくなるぞ!」
ザグは強い光により腕で目を覆いながら、「わぁってるわ!あとそういうの使う時ぁ合図くらいしろ、ボケ!」と唸った。
視界が元通りになると、大蛇は手榴弾を投げた張本人であるニコの方を向いた。その大きな口を開け、さっきのように前進する為に、首を少し引いた瞬間、ニコは口の中を狙って連射した。そしてシャーッと音を立てながら後ろに下がる大蛇を見て、体内への攻撃は効果があるのだと悟った。
一方、ザグは考えていた。あの大蛇を徹底的に叩きのめす方法を。そして彼は気づいた。大蛇の下半身が、先ほど破裂した塊の残りと繋がっていることを。まるで、まだ殻を破りきれていない雛のように。大蛇の根っことなっているあの塊を壊せば、大蛇の本体にも大きなダメージを与えられるかもしれない。
そう思ったザグが塊に銃口を向けた瞬間、大蛇はザグの所に戻り、その鱗で塊を守ろうとした。
ザグは大蛇の突進攻撃を躱しながらニヤリと笑い、「やっぱりな。」と言った。
それに気づいたニコは、「読めたぜ、ザグ!」と言って塊の方へ走り出した。
二人は塊に向かって連射し続けたが、大蛇は一生懸命体を捻りながら、その鱗で銃弾を弾いた。再び繰り出された突進攻撃を躱した後、ザグはもう一度引き金を引いたが、弾切れだった。
彼は「クソッ!」と呟き、ニコにもらった予備の銃弾を取り出そうとしたが、遅すぎた。大蛇は頭をバットのように振りかぶり、ザグを数メートル先へ飛ばした。
「ザグ!」と言ったニコは集中が逸れてしまい、塊に向かって手榴弾を投げられず、大蛇の攻撃を躱す為に後ろに下がるしかなかった。
強い打撃による痛みに耐えながら、なんとか立ち上がったザグは、再び頭を回し始めた。この戦いはもはや頭脳戦だ。大蛇が反応できないような奇襲を仕掛けるしかない。
そしてザグは走り出した。
「ニコ!!手榴弾貸せ!!」
ニコは滑るような動きで大蛇の下を通り、投げ損ねた手榴弾をザグの方へ投げた。
それをキャッチしたザグは、「しばらくソイツの相手しててくれ!」とニコに言った。
「は!?」
だがニコは、近くの煉瓦のビルの階段を上り始めたザグを見て、何か考えがあるのだろうと悟った。屋上からなら、大蛇に邪魔されずに攻撃できるかもしれない。
ザグの方を向こうとしていた大蛇の注意を逸らす為、ニコは塊を狙い続けた。横に転がることで何度か突進攻撃を躱した後、大蛇が突然動きを止めて口を開けた。そこから飛び出たのは、いかにも危険そうな紫色の液体。ニコは素早く走って避けたが、一滴だけ脹脛に当たってしまい、彼はバランスを崩しそうになった。その液体は酸のように肌を焼き、ニコはまともに動けずにいた。大蛇は隙を見て再び頭を振りかぶり、ニコは打撃を受ける覚悟をした。
だがその時、希望の光が見えた。大蛇の真後ろにある、あの煉瓦のビルの屋上に、ザグが立っていた。彼はニヤリと微笑みながら、ニコにもらった手榴弾を落とした。それは正確に塊の位置に落下し、その爆発により、塊は木っ端微塵になった。大蛇は高い声を上げながらズドンと倒れ、その黄色い目はゆっくりと光を失った。
ふぅと息を吐いたニコは、一瞬で足の力が抜けてしまい、近くのビルの壁にもたれて座った。ザグは大蛇の死骸をマットのように使ってビルから飛び降り、ニコの方へ歩き出した。
疲れ果てた彼の目の前で立ち止まったザグは、「囮役ご苦労さん。」と言った。
ニコは微笑みながら、「まあ、結果オーライだ。助けてくれてありがとう。」と言った。
「俺がいなけりゃ死んでたかもな。」
「ああ…そうだな。」
ニコは、自分一人ではネオを倒せないという事実を前に、悔しそうな顔で俯いた。これくらいで苦戦していた自分が、一体どうやってネオの本拠地へ行くというのだろう。俺は相変わらず無力だな、と彼は思った。
するとザグは、ニコと目線を合わせる為にしゃがみ、真剣な眼差しで、「…俺も一緒に行く。」と言った。
ニコは驚きにより、目を丸くした。
「俺強ぇし、頭の回転早ぇし…仲間にするのにうってつけだろ。」
「どうして…」とニコは言った。
ザグも正直、よくわからなかった。でも、ニコと一緒にいて、久しぶりに満たされた気分になれた気がする。初対面でありながら、命を救われ、温もりを与えられ…心にぽっかり開いていた穴が、ニコと共に過ごしている間は、なぜか埋まっているような気がした。それに、誰かと共に戦うのは、存外気持ちがよかった。楽しかったのだ。
そしてニコも、同じ気持ちだったのだ。
ザグはあの無邪気な呪いを胸に、目を逸らし、頭をかきながら、「わかんねえけど…お前と旅をすることが、俺の生きる理由になれる…気がする。」と言った。「まあ、実際、もう救いようのねえ世界だけどよ…これ以上ヤバくなったら困るだろ?」
ニコは満たされたような笑みを浮かべ、「…手、貸せよ。」と言った。
もう一度だけ、誰かと絆を結んでみてもいいかもしれない。