第一話:孤独
どうも、無刻カイです!
唐突ですが、新作です!
たくさんの方に読んでいただけたら嬉しいです!
半壊した煉瓦の建物の入り口へと通ずる、石の階段。ザグはそこに座り、灰色の空を見つめながら、親指の爪を噛んだ。空気が湿っており、辺りは完全に沈黙に包まれていた。全てが崩壊したこの街は、まるで全体が濁った灰緑色に覆われているみたいで、空っぽだった。
そしてザグは気づいた。今日は4月13日。自分の誕生日だ。もう二十一になったのか。乱れた白髪は肩に届きそうなくらいに伸びてしまっており、ある程度筋肉がついていた体も、食料不足により少し細くなってしまっていた。左の頬にある切り傷も含めて、今年は新しい傷がたくさん増えた。いつも白いタンクトップの上に着ている薄い青色のデニムジャケットも、ボタンがいくつか取れていた。同じく薄い青色のジーンズ、そして白いスニーカーも、去年より汚れていた。
ザグはため息をついた。正直、なぜまだ生きているのかわからない。この壊れた世界で息を吸い続ける理由なんて、どこにもないのに。あいつの言葉が忘れられない。パンデミックによって日常を壊された小さな少年の、無邪気な言葉が。
「生きて…」
ザグは水溜まりに映る自分の姿を見下ろしながら、何も考えずに、口笛でハッピーバースデーを歌い始めた。そして少し横になろうとしたその瞬間、自分の方へのそのそと歩いてくる死者の集団に気づいた。蝿がたかるような腐った肌を持ち、明らかに致命傷である傷に覆われながらも歩き続ける、いわゆる「ゾンビ」だ。それらの空虚な瞳はザグを見つめていた。今この場にいる生きた人間は彼だけだからだ。
ザグはだるそうに立ち上がりながら、「…もう散々食っただろうがよ。テメェらの胃袋は一体どうなってんだ?」と言った。
ボロボロな手を自分の方へ伸ばすゾンビ達を前に、ザグは指の関節を鳴らし、ニヤリと微笑んだ。
「まあいい。ちょうど退屈してたところだ。」
彼は拳を握りしめ、先頭にいたゾンビの顔を、鼻が折れるくらい思いっきり殴った。そして頭部に回し蹴りを食らわせることで、脳みそごと破壊した。その後、残りのゾンビ達に向かって、拳と蹴りの嵐を繰り出した。2体の頭を同時に掴み、互いにぶつけたり、顔の中心に強烈な蹴りを入れたり、頭を地面に叩きつけたり…迫り来るゾンビ達を殴り、蹴り飛ばし、殺しているうちに、ザグの笑みはさらに横に広がった。
だが、それも束の間だった。ザグは獣のように息を荒げながら、周りに散らばっている腐った死体達を見つめた。手や服、特にスニーカーが血まみれだった。戦いに勝利した証だ。快感と優越感に溢れていたザグは、雲間から姿を現した太陽の方へ歩き出した。
そして虚しさが訪れた。あれだけ殺しても、得るものは何もない。守る者も、褒めてくれる者も、励ましてくれる者も、大丈夫かと言ってくれる者も…
大丈夫なわけがない。
ザグは再び口笛でハッピーバースデーを歌いながら、血だらけの現場を去った。彼は何の理由もなく、今日も戦っていたのだ。
ーーー
ニコはサブマシンガンを構えながら、暗い路地を慎重に進んだ。右目は黒い眼帯で覆われていたが、左利きであるため、戦いに全く支障はない。この左目は必ず敵を捉える。
漆黒の髪を持ち、黒いウィンドブレーカー、黒いジーンズ、そして黒い革のブーツを身に纏っていたニコは、周囲の暗闇によく溶け込んでいた。ベルトにハンドガンとサバイバルナイフと手榴弾を取り付けており、準備は万端だった。
ニコは周りを見渡し、視線と銃口を色んな方向に向けてみたが、今のところ何もなかった。あるのは沈黙と暗闇とゴミと苔だけ。だが油断はできない。ゾンビはどこからでも現れるのだから。二十歳で軍に入隊し、7年間鍛え続けてきた彼でさえも、奇襲には気をつけなければならない。
路地を抜けようとしたその時、近くから悲鳴が聞こえた。ニコは大通りに出て走り出し、崩壊したビルをいくつも通り過ぎた。そして角を曲がると、ゾンビから必死で逃げているスーツ姿の男を見つけた。ゾンビの異様な足の速さからして、あれはおそらくイレギュラーだろう。
ニコはゾンビの注意を自分に向ける為、隣にあったゴミ箱を蹴り倒した。音を聞いたゾンビは足を止め、ニコの方を向いた。その右肩からは、真っ赤な肉の塊のような物が生えており、本来なら色を持たないはずのその瞳も、赤く光っていた。やはりこいつはイレギュラーだ。
ゾンビはその腐敗した手を伸ばしながら、ニコの方へ走り出した。ニコは銃を構え、左目でスコープを覗き、ゾンビの肩にある肉の塊に向かって連射した。塊を破壊されたゾンビは、何歩か後ろに下がった。ニコはその隙に頭部を破壊し、ゾンビは倒れて動かなくなった。
先ほどゾンビから逃げていた男は、まだ恐怖に震えながら、ゆっくりとニコの方へ近づいた。
男はゾンビを見つめながら、「あ、あれは一体何だったんだ…?あんなに足が速いゾンビなんて見たことない…!」と言った。
「こいつはイレギュラーだ。通常のゾンビと違って、頭部だけじゃなく、あの肉の塊を確実に潰さないと死なない。」とニコは説明した。
「助けてくれてありがとう。」そう言った男は、安心した顔で微笑んだ。「お礼に、何かできることはないか?」
ニコは笑いながら、「別にいいよ。大したことはしてない。」と言った。
「俺のコミュニティを紹介するよ。リーダーに相談すれば、入れてもらえるかもしれない。」
「お誘いは嬉しいが、断らせてもらう。俺は一人が好きなんだ。」
「でも、仲間がいた方が有利だろう?食料や装備も分け合えるし…」
「俺の隠れ家にもたくさんあるから、心配はいらない。」
笑顔でそう言ったニコは、すでにその場を去ろうとしていた。
どうすればいいのかわからなかった男は、「そうか…気をつけろよ。」とだけ言った。
「あんたもな。」
ニコは男に手を振った後、次のパトロール先のことを考えながら、来た道を戻り始めた。
彼は一匹狼だ。それはきっと永遠に変わらない。過去に起きた悲劇を繰り返したくなければ。
ーーー
ザグは小石を蹴りながら、ポケットに手を入れた状態で、空っぽな街を一人歩いた。彼は血まみれのスニーカーの代わりに、先ほどとある店で見つけた、まだ新しかった白と赤のスニーカーを履いていた。服は靴ほど汚れていなかったため、後ほど探すことにした。
ザグは再び、退屈な時間を過ごしていた。ゾンビを殺したり、自分を狙う盗人を撃退する以外、何もやることがない。このままでは生きた屍になってしまいそうだ。
するとその時、誰かが道端で倒れているのが見えた。黒いコートを着た男が、目と口を開いたまま、うつ伏せで倒れていた。
ザグは男に近づき、「おい。」と言って体を蹴ってみたが、何の反応もなかった。まるで死体のようだ。
ザグは足で男の体をひっくり返し、じっくりと観察した。本当に死体のようだ。念の為、脈を測ろうとしたその時、彼は男の首筋にある、小さな赤い点に気づいた。それは、まるで針の跡のような、血の点だった。
「何だこれ?」
ザグはそう言って、跡をよく見る為に、男の顎を掴み、首を自分の方に近づけた。だがその瞬間、突然男の目玉がギョロンと動いた。その瞳孔は、真っ直ぐにザグの方を向いていた。ザグはバッと手を離し、立ち上がって拳を構えた。数秒後、男の頭にビキビキとヒビが入り、破裂し、中から赤い肉の塊のような物が出てきた。その塊はどんどん大きくなり、自立できる生き物へと変化した。人間と似た形をしていたが、腕はグニャグニャで目はなく、口からはたくさんの鋭い牙が生えていた。
「何なんだコイツ…」とザグは呟いた。
すると謎の生命体はザグの方へ走り出し、ザグは目を丸くしてギリギリで避けた。
「速っ…!!」
もう一度突撃しようと振り返る生命体に、ザグは回し蹴りを食らわせ、頭を潰した。しかし、それは倒れず、ただ動きを止め、数秒後、胴体から新たな頭部が生えてきた。
「何!?」
生命体がまた動き出したため、ザグは連続攻撃を放った。胴体にくぼみができるくらい強く殴り、もう一度頭を蹴り飛ばし、そして両腕をもぎ取った。残った体はバランスを崩して倒れたが、胴体のくぼみはすぐに消え、頭と腕は再生した。再び起き上がった生命体を前に、ザグはもう一度拳を構えたが、倒し方が全くわからなかった。ゾンビでもイレギュラーでもない…こんな生き物、見たことがない。とりあえず逃げるのが得策かもしれないが、彼のプライドがそれを許さない。一体どうすれば…
もっと早く死んでいれば、楽だったのにな。
その時、突然どこかから複数の銃弾が飛んできて、生命体の太ももと肩に直撃した。撃たれた箇所は破裂し、生命体は高い悲鳴を上げた。その後、生命体の全身が爆発し、そこには血溜まりと、頭の上部が欠けた男の死体だけが残った。
ザグは驚いた表情で一瞬固まった。そして銃弾が飛んできた方向を見ると、そこには背の高い黒尽くめの男が立っていた。右目は眼帯で覆われており、手には黒いサブマシンガンを持っていた。
「そいつはちょっと特殊な個体なんだ。」と微笑みながら言った彼は、自分のサブマシンガンに付いている大きめのスコープを指差した。「このサーマルスコープを使って核の位置を特定しないと殺せない。」
すると男は、ベルトから取り外したハンドガンをザグに向かって投げた。ザグはそれをキャッチし、上部に付いていた大きいスコープをじっと見つめた。
そしてザグはハンドガンを男に投げ返し、「必要ねえ。その核とやらを潰せるまでぶん殴ればいいだけの話だろ。」と言った。
男は小さくため息をつき、ハンドガンをホルスターに戻した。
「きっと後悔するぞ。あんな得体の知れないものを素手で殴るのは危険だ。」
「なんでそう言い切れる?」
「さっきみたいな化け物と戦った末、毒を食らって死んだ者がいるとどこかで聞いた。念の為、気をつけた方がいい。」
ザグは鼻で笑い、「心配ご無用だ。この4年間、食中毒になったこともねえんだからよ。」と言った。
しかし、その場を去ろうとした瞬間、血がポタッと落ちた。そしてまた一滴。気づくと、ザグの鼻から紅の血が垂れていた。視界がぼやけ始め、頭が痛み出した。黒尽くめの男が何か言っているが、よく聞こえない。体の力を失い倒れたザグを、男は両腕で受け止めた。
やっと死ねるのだろうか、とザグは思った。ようやくこの呪いから解放されるのだろうか。この時をずっと待っていた。周りの人間は皆死んでしまったのだ。仲間になりうる者も、そうでない者も。こんな壊れた世界で一人で生きていくのは、嫌だ。よかった…やっと、ここじゃないどこかへ行けるのか。