表面
それは少し古臭い、外側を真鍮で覆われた手鏡だった。「え、手鏡…?」理沙はこれが気の利いたギャグなのか、はたまたここから何かありがたいお説教でも始まるのかと勘繰っていた。怪訝な表情を浮かべた理沙に、占い師は「自分を知りたいというのなら、まずは自分を見つめなおすこところから始めましょう。今日はこの手鏡をじっと、1分間でいいので凝視してください。それとそうですね、スマホもあなたをよく映し出す"鏡"となるでしょう。今晩はこの手鏡とスマホを枕元において眠ってください。」と言った。何のことかよくわからないまま、理沙は占い師に相談料千円を支払い、帰宅した。
家に帰ると、「おかえりー。ちゃんとお弁当箱と水筒出しなさいよー」と台所から声が飛んでくる。夕方五時、晩御飯にはまだ早い時間に帰った理沙は言われた通り弁当箱と水筒を母に渡し、テレビに目をやる。チャンネルをいくら変えても興味のないニュース番組に、誰一人名前も知らない登場人物がよくわからない取り調べをしている刑事モノしかやっていないため、二階の自室に足を運んだ。特にすることもないため、両親に仕方なく入れられた通信制塾のオンライン講座を二倍速で流し見ながら、傍においてある雑誌を読む。そんな時間を過ごしているうちに父が帰ってきて、夕食が始まる。いつも通りの他愛もない会話をしながらテレビに目をやると、バラエティ番組で海外の著名人によるスピーチが特集されていた。「こんな自堕落な私のもとに、毎日何十通も相談のメールが来ます。その内容の多くが、『自分がしなければならないことを先延ばしにしてしまう』というシンプルかつ厄介な問題に悩まされているというもので、様々な職業、肩書の人々によるものなのです」と、髪の毛が爆発した脳科学者が語る。「彼らのために、私は今日一つの対策をお教えしたいと思います。それは、『人生カレンダーを作ること』です。あなたが80年生きるとして、365×80マスの表を作ってください。続いて、貴方がこれまで生きてきた日数を全て黒く塗りつぶし、これからは一日の終わりに一マスを塗りつぶすのです。どんなに自堕落な日を過ごしても、どんなに有意義な一日を送ってもです。そうして塗りつぶされていくカレンダーを遠目に見て、貴方に残された時間が「まだこんなにもある!」と感じるか、「もうこれだけしか残されていない」と感じるかは、貴方次第です。」と締めくくり、観客からは大きな拍手が起こった。理沙は食器を片付け、自室に戻る。
明日の宿題をちょっとやってはスマホを開き、またやってはスマホを開くのを繰り返したのち、ゆっくりと風呂に浸かって寝る準備を整えたのちスマホを見ていると気づいたら23時である。床に就き、電気を消した部屋でスマホを見ながらうとうとしていると先ほどあった占い師の言葉が思い出された。眠い眼をこすりながら一分ほど手鏡をじっと見つめ、手鏡とスマホを枕の横において目を閉じる。(なんなんだコレ…)そう思いながら彼女はゆっくりと夢の中へと落ちていった。