絶望を貴方に
「オイ、今度こそ大丈夫なんだろうな?」
僕の問いかけに高級将校が敬礼しながら返答した。
「は! 今のところ探知された形跡はありま…………」
返答の途中、突然身体が大きく揺すられる。
「チクショー! 探知されてたじゃないかー」
地上に向けて掘り進められていたトンネルが民主同盟に探知され、核ミサイルを撃ち込まれたのだ。
500年前、第3代最高指導者様であった僕のご先祖様は、後ろ盾だった2つの大国が共に血で血を洗う内戦に突入したためこのままではジリ貧だと危機感を覚え、自分に絶対的忠誠を誓う者たちと共に地下深くに建設された核シェルターに避難してから、A国など民主同盟各国に対し核兵器による先制攻撃を行った。
奇襲攻撃は上手く行き、民主同盟各国の首都及び主要都市を焼け野原にしたらしいが、報復も凄まじく潜水艦や緊急発進した航空機から放たれた報復核兵器の攻撃で半島は焼け野原になり、第3代最高指導者様や共に避難した者たちは地下深くの核シェルターに閉じ込められる。
我が国の苦難が始まったのはそれからだった。
地下深くの核シェルターに閉じ込められ、地上に出ようとする度に核兵器による攻撃を受ける。
因みに後ろ盾だった2つの大国は、政府軍と反乱軍双方が国内で核兵器の投げ合いを行い共に滅亡。
数少ない我が国の友好国は全てが、A国がついでとばかりに撃ち込んだ核兵器によって同じように滅亡している。
その結果、我が国、否、僕が地上の事を知る情報源は民主同盟の奴らが流すラジヲ番組だけ。
あ、始まった。
『グーーーートモーニング!
今日のA国首都デンバーは快晴、気持ちの良い青空が朝から広がっている。
最初のニュースはドブネズミがまた地上に顔を覗かせようとしたことだ。
直ぐ近くに住むN国の皆は知っているだろうけど、何時ものようにグアムから発進した爆撃機が発射した核ミサイルで蒸発させたからもう心配は無用。
ところで朝食は皆食べたかな?
私は気持ちの良い青空を見て、ベランダでO国の大平原で採れた小麦から作られた白パンに瑞々しいサラダとハムエッグ、それにカルフォルニア産のオレンジとハワイ産のコーヒーの朝食を摂ったよ。
この素晴らしい朝食をドブネズミ共に見せつけてやりたいね。
ハハハハハ
ドブネズミ共の食事なんて、500年前のカビが生えた米に同じようにカビの生えた乾燥野菜、もしくは合成されたビタミン剤をコーヒーと称した真っ黒なドブ水で流し込んでいるのだろうな。
ドブネズミ共はこれからも地下深くで這いずり回るだけで、地上の太陽の恵みとは縁の無い生活を続けるが良いのさ。
と、ドブネズミ共の悪口は此処までにして音楽を聞こうか、最初は何時ものように民主同盟各国の国歌から始めよう…………』
チクショー! 僕は濁った水が入った金属製のコップを床に叩きつけ、高級将校に命令する。
「次だ、次こそは成功させろ!」
「は、地下深くを滅亡したR国の首都M市付近まで掘り進めているトンネルがあります。
此処まで離れたところだったら奴らも気が付かない筈です」
「頑張れ、期待しているぞ。
今度こそ、奴らが独占している緑の大地と青い海を僕の手に取り戻すんだ」
「は!」
今までマイクに向かって喋っていたDJは民主同盟の同盟国だった国々の国歌が流れ始めると椅子から立ち上がり、代用コーヒーが入ったカプセルを持ってスタジオから退室。
通路に出て代用コーヒーを啜りながら通路の窓から外を眺めた。
窓の外には星が瞬く宇宙空間が広がっている。
目を下に向けると焼けただれた大地と茶色く濁った海の放射能で汚染された地球があり、北半球の大部分を真っ黒な雲が覆っていた。
500年前のドブネズミによる奇襲攻撃で民主同盟各国は壊滅的打撃を受ける。
生き残ったのは地球と月の間に建設され運用が始まったばかりの、超巨大宇宙ステーションの最初に乗船した乗組員とその家族、それに、月面基地や火星と金星に建設されていた観測所の基地要員や研究者のみ。
地球上で奇襲攻撃を生き残った民主同盟の各国軍はドブネズミやその友好国に報復の核攻撃を行う。
報復攻撃を行った彼らは、口々に別れの言葉を宇宙ステーションに向けて送信したあと沈黙した。
だから生き残った者たちは復讐を誓う。
ドブネズミ共に最終的に民主同盟が戦争に勝利し地上で暮していると思わせ、ドブネズミ共が地上に這い出て来ようとする度に攻撃して地上に出る事を恋い焦がれるように仕向けた。
昨日半島に撃ち込まれた核ミサイルが、民主同盟が所有していたキラー衛星に搭載されていた最後の核兵器。
奴らがM市に向けて掘っているトンネルは地上に到達するだろう。
トンネルから顔を出したドブネズミ共が放射能で汚染されて荒廃した地上を見て絶望し、地上より安全な地下に戻って行く様を間近で見れないのが残念な事だと思っている。