第五話 それぞれの立場
手を組むことが決まってから、合計で三度、竜胆に会いに東の太門へ行った。
京よりも平和なんじゃないかと思うほど光に満ち溢れており、改造したという様々な動物の形をした精霊種も楽しそうに過ごしていた。
そして今日、竜胆を太門がある山林から京に連れ出すべく、東にやってきたというわけだ。
「いよいよ明日です、玖藻祭」
「楽しみだね! ワクワクしちゃうよ」
「お仕事頑張りましょうね。主上には遠い従姉妹だと説明してあります。友人だと信用度的には怪しいと思って。主上への説明には姉も協力してくれているので、今度会ってください」
「わお! ありがとう翼禮。姉君は怪しまなかったのかい?」
「姉は召鬼法が使えるんです。それであなたのことを確認したようです。零度界に接続して」
「おお……。それじゃぁ、僕が他の禍ツ鬼たちから疎まれ、恨まれ、嫌われているのも知っているのかな?」
「ええ。聞きました。『背教郡王』って言われているんですね」
姉が調べたところによると、十二人存在する禍ツ鬼のうち、親王に冊封されているのは第一鬼皇子、第二鬼皇子、第四鬼皇子、第六鬼皇子の四人だけだという。
ほかは郡王が六人、公主が二人。
竜胆が父親に思い入れがないのも仕方のないこと。彼が生まれてすぐに禍ツ鬼の王は封印されたのだから。
「まぁ、そうだね。うん。兄姉たちからすれば、僕は裏切り者だ。皆はずっと父である禍ツ鬼の〈王〉を取り戻そうと躍起になっている。世界を鬼の天下に取り戻そうとしているんだ。僕は別に今の生活に満足しているからね。わざわざ争いごとをおこそうなんて毛ほども思わないよ。割に合わないし」
「それを聞いてさらに安心しました。では、行きましょうか。わたしの空枝空間へ」
空枝空間は、仙子族が各個人で持つ亜空間のこと。
次元に開けた安定した領域を加工し、個人空間として利用するのだ。
わたしの空枝空間には薬草畑と二階建ての家が建っている。
竜胆には仕事の期間中、わたしの家に泊まってもらう。
召喚獣というていで精霊種のいくつかを帯同させ、絶えず瘴気が漏れないようする手筈ではあるが、万が一、それがうまくいかなくなることも考えられる。
瘴気は霊感のない人間には劇毒と同じ。多少霊感がある人でも、防ぐ手立てを知らなければ有害には変わりない。
もし瘴気が漏れだしたら、竜胆を空枝空間に押し込み、被害が出ないようにしなくてはならない。
「女子の家に泊まるなど……。初めてだ!」
「家って言っても、そんなに大層なものではないので、期待しないでくださいね」
「ふふふ! 僕も、いや、私も今日から数日は女の子だもんね」
「……そうです。可愛いですね、その姿」
目の前で変化した竜胆の姿は、どこかの貴族の姫だと言われても疑わないほど可憐で品があり、夜空のような黒髪がとても美しい女性だった。
「翼禮も、もう少し着飾ったら? お化粧もろくにしていないでしょう。元が良いのだから、もったいないわ」
わたしはこの不思議な見た目のせいであまり友人は多くない。
目の前に現れた美人に不意に褒められても、うまく切り返せない。
「そ、そうでしょうか。でも、着飾ると動きづらくて……」
「動きやすさ重視で選んでいるの? 年頃の女の子なのに?」
「別にいいでしょう。わたしは走りやすい恰好が好きなんです」
「あのさ、敬語やめない? 従妹って設定なんだし」
「ああ……、それもそうか。じゃぁ、遠慮なく」
「そうそう! ふふふ、友達って感じで嬉しい」
浮かれる竜胆の可愛らしい笑顔に苦笑しつつ、わたしは空枝空間の説明を始めた。
「じゃぁ、扉を開くから、中に入ってね。家は薬草畑を抜けた道の先にあるから。お風呂とか、台所とか、好きに使っていいよ。百味箪笥には使用頻度の高い薬草は大体入ってる。なんでも持って行っていいからね。呪術道具も魔道具もけっこうあるし、錬金術の道具も必要最低限はそろってるから」
「まあ! 至れり尽くせりね!」
目の前の何の変哲もない空に杖で丸を描くと、何かの蓋がぺろりとはがれるように別の空間が現れた。
薬草が放ついい香りが漂ってくる。
「素敵ね!」
「あ、ありがとう。わたしは今晩長公主様が泊まる左大臣様の邸に向かうから、もし空枝空間から出たくなったら家の中にある電話のダイアルを零零零にまわしてかけてね。すぐにわたしに繋がるから」
「はーい。電話なら、西欧に行ったときに数回触ったことがあるからわかるわ」
「よし。じゃぁ、またあとでね」
「うん!」
竜胆は可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべて空枝空間の中へと入っていった。
わたしは入口を閉じ、ふぅ、と息を吐いた。
「着飾る……かぁ」
お化粧も色彩豊かな唐衣にも、興味はある。でも、意味はない。
わたしはわたしの代でこの身に宿る呪を終わらせるつもりでいる。
もう二度と一族の子孫に飛び火しないように。
愛しいひとを思い、胸を高鳴らせることすら出来ないこの身体に、美しい装束も、艶やかな紅も、必要ないのだ。