第四十話 衝突・後
腕の中で血を吐き続ける透華の姿に、わたしの手は冷え、思考が途切れ途切れになっていく。
「未練を断ち切ってやったぞ。こっちに来るんだ、翼禮。俺がお前の王になってやろう」
「仙術、桃弧棘矢守護ノ籠」
わたしは透華の身体を優しく桃の枝葉で包むと、烏羽玉に向き合った。
その瞬間、棘薔薇があふれ出し、わたしの足を動かした。
早く、速く、疾く。
「仙術、雪魄氷姿空翔ケル」
頬を伝っていた涙が凍り、地面に落ちていく。
地面を蹴り、氷の梅花を纏った青龍偃月刀を振り降ろす。
右の翼を斬り落とし、身体をひねった勢いでわき腹めがけて斬り上げる。
「あああああ! ま、まだそんな力が……」
柄を地面に突いて跳び上がり、首めがけて刃を滑り込ませるが、蔦に阻まれ弾かれる。
後方宙返りで追撃を避け、着地してすぐに突進し、蔦ごと左腕を斬り落とした。
「ぐっ! よ、翼禮!」
烏羽玉が放つ葉の刃が身体中を切り裂いていくが、まったく痛みを感じなかった。
先ほどの光景が頭から離れない。
愛しい人の、その瞳から、光が消えゆく姿が。
毒を吸う。喉も、肺も、焼けるような感覚が襲う。
それでもいい。
今目の前にいる奴を殺せるのなら。
「死ね、烏羽玉」
わたしの身体の傷口を、棘薔薇が覆っていく。
まだ、舞える。
黎明まで、あと少し。
「仙術、雪魄氷姿空翔ケル・改」
梅花が絡まり、背中の棘薔薇を翼へと変化させた。
「美しい……、美しいぞ翼禮! その名に違わぬ姿ではないか!」
氷嵐に乗り、斬りかかる。
烏羽玉も片翼でバランスをとりながら蕨手刀で青龍偃月刀を弾いていく。
蔦が迎撃してくるが、わたしの棘薔薇もそれに合わせて攻撃を繰り出す。
一帯の草木が根こそぎ剥がれ、木々は暴風に耐えきれず倒れていく。
突如、銅鑼の音が激しく響き渡った。
まるで緊急退避を命じているかのように。
「くそ! また来るぞ翼禮! 絶対に、お前と竜胆を連れて帰るからな!」
「逃がすか!」
わたしは棘薔薇を伸ばし、烏羽玉の足を絡めとろうとするも、あとちょっとのところで逃げられてしまった。
その場に残ったのは巻き添えを喰らって細切れになった魔物たちの身体。
わたしは急いで仙術を解くと、透華の元へと向かった。
「透華さん! 透華さん!」
なんども名前を呼びながら、消えていく桃の枝葉の間に手を差し込み、その身体を抱きしめた。
目を覚ました火恋と竜胆がひどく驚いた顔で近づいてきて、わたしの背を撫でた。
「だめ、だめですよ。またお茶しに行くんでしょう? 約束したじゃないですか……。死んじゃだめです、だめなんです。わたし、わたし、まだあなたに伝えていないことがたくさんあるんですよ!」
涙が止まらない。
竜胆と火恋も嗚咽し、わたしの背に手を置いて震えている。
「ねぇ、透華さん……。起きてください……。お願い……。あなたが、あなたのことが……好きなんです……」
手が震えて止まらない。
いや、本当に震えている。
棘のない棘薔薇が身体中から伸び、透華の心臓と傷口に集まり始めた。
色とりどりに咲く薔薇は光を放ち、ドクドクと、輝きの強弱が始まった。
「これは……」
透華の心臓が仄かに光始めた。
棘薔薇から注がれた輝きが、心臓を動かし、傷口を閉じ始めたのだ。
「……んん、よ、翼禮さん……?」
「透華さん!」
わたしは思いっきり彼を抱きしめた。
もう失わないようにと、強く。
「ふあぁっ、あの、え?」
「透華さん、さっき、わたしを護ろうとして……」
透華の手が、頬に触れた。
「泣かないで、翼禮さん。言ったでしょう? 私とあなたには、愛の呪がかかっているって」
「でも、でも、それは……」
透華は上体を起こすと、わたしの手を取り、微笑んだ。
「この棘薔薇の呪は、寿命の違う私の先祖が、仙子族である翼禮さんのご先祖様と共に生きるために作り出したものなんです」
先にその意味に気づいた竜胆が、火恋を抱きしめながら号泣し始めた。
「私が死ぬのは、翼禮さんが寿命を終えた翌日です。愛しい人を最期まで独りにしない、そういう呪なんですよ」
「でも、でも……」
「棘薔薇が翼禮さんを攻撃していたのは、翼禮さんが自分を罰していたからなんです。そんな必要ないのに、あなたは罪悪感を強く感じすぎるんですね。幸せになることを、幸せになる道を選ぶことを、怖がらないでください。もしあなたがそれを選べないと言うのなら、私が選びます。私が、勝手にあなたを幸せにしてみせます」
どすん、と重みが加わり、背中があたたかくなった。
「うわあああん! 翼禮好きぃぃいいい!」
「透華、やるじゃん。私は火恋。翼禮の一番の親友よ」
「初めまして火恋さん。私は翼禮さんをこの世で一番愛している男です」
「お、言うねぇ。でも、認めざるを得ないわよね。こんなの見せられたらさぁ。翼禮をよろしくね」
「もちろんです」
朝陽が昇り、地平線からだんだんと橙色に染まって来た空。
わたしはそっと透華の手を握り返した。
「わたしも……。わたしも、愛しています」
透華の目が見開かれ、キラキラと輝き、飛び切り優しく甘い笑顔になった。
「その言葉、一生大事にします。あなたのことも」
二人の手の中、ポンっと薔薇が咲き、それがとても可愛くて、思わず笑いだしてしまった。
号泣していた竜胆も、それを落ち着けようと撫でていた火恋も、一緒に。




