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棘薔薇呪骨鬼譚  作者: 智郷めぐる
第一章 棘薔薇の呪
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第二十二話 平穏な時

「葦原国じゃ見たことない食材もあるのねぇ」

 山から帰って来た竜胆が厨房に用意された食材を見て感嘆している。

「文化が違うと食べる物にも多少差があるのでしょう」

 生体組織は呪物として扱われやすく、その効力は無機物の何万倍にも及ぶ。

 そのため、料理長に許可を得て厨房へと食材を見に来たのだ。

 改装された厨房には使いやすそうな調理器具や台が並んでおり、これならば大人数で一斉に調理を始めても問題なさそうなほど整っている。

「見た感じ大丈夫そうではあります」

「そうね。変な感じとか嫌な感じはないわね」

「ただ、調理の工程で呪術を使われたら困りますから、そっと見学していましょう」

「陰陽術師たちは太門の警護に行っちゃってるしね」

「僧侶の皆さんがみんな内裏周辺に集まっているので仕方ないですね」

「あぁあ。私も食べたい。お腹空いたなぁ」

「あとでお昼休憩にしましょうね」

「わぁい!」

 そうこうしているうちに調理が始まった。

 鮮やかな手つきで裁かれていく肉や魚。

 飾り切りが美しい野菜や果物。

 魔法でも使っているのではないかと思うほどダイナミックで繊細な調理。

 盛り付けはまるで芸術品。

「人間って本当に器用よねぇ」

「そうですね。みなさんとっても手際が良くて、つい見とれてしまいます」

 見ている感じでは、呪術は使われていなさそうだ。

 それもそうだろう。料理に何かすれば、国際問題になる。

 呪物を仕込む方もそこまで馬鹿ではないということか。

 料理人たちにとっては戦場にも等しい忙しさであっただろうが、わたしと竜胆にとってはとても平和な調理風景だった。

 協力してくれた料理長にお礼を言い、厨房から出て、今度は酒類の確認に行くことに。

「薬酒には生体組織が使われていることも多いので、ちょっと見ておきましょうか」

「お酒ねぇ……」

「嫌いなんですか?」

「好きなんだけど、酔えないのよ。私、禍ツ鬼(マガツキ)だから」

「ああ……、なるほど」

 切なそうな目で酒瓶をひとつひとつ確認する竜胆が可笑しくて、少し笑ってしまった。

「もう笑っちゃって。翼禮(よくれい)はどうなのよ」

「わたしも仙子(せんし)族なので酔えません。お酒もちょっと苦手ですし」

「あら、そうなのね」

「飲めるのは果実酒くらいですね」

「美味しいわよねぇ」

 雑談しながら確認できるほど、酒瓶にも特に(のろい)はかかっていなかった。

「次はどうする? 食器は昨日全部確認したし、雅楽隊の楽器も確認済みだし」

「各国からの贈り物がすべてそろうのは明後日なので、今日はもう警邏しかないですね」

「あの要人のひとたちっていつまでいるの?」

「来月の祇宮祭(ぎぐうまつり)までですね」

「あらあら、結構いるのね」

「皇帝陛下の求心力と国力を魅せるためでしょう」

「大変なのねぇ」

「外交も陛下の重要なお仕事の一つですから」

 主上(おかみ)は諸外国の首脳陣と比べても、特段若い。ただそれだけで頼りないと判断させるわけにはいかない。

 主上(おかみ)は葦原国の顔でもあるのだ。

「顔は一番いいんじゃない? イケメンよね」

「……まぁ、良いか悪いかで言ったら良い方がいいでしょうけど……」

 竜胆は最近人間を見慣れてきたのか、容姿の表現がストレートになって来た。

 主上(おかみ)や他の貴族の顔の感想を大勢の前で言わないよう、それとなく言っておかなければ色々と面倒なことになりそうだ。

「容姿についてあまり口に出して言わない方が潤滑なコミュニケーションが成り立ちやすいですよ」

「えー。誰だって褒められたらうれしいじゃないの」

「容姿が良いことで苦労している人もいますから」

「ああ、モテすぎちゃってってこと? それは大変よね」

「まぁ、そんな感じですかね」

「気を付けるようにするわ」

「そうしてください」

「ちなみに、翼禮(よくれい)はとってもとっても可愛いわよ」

「ど、どうも」

 こそばゆい。嫌ではないが。

「さぁ、警邏に戻りましょうか」

「そうね」

 二人で外へ出ると、ちょうど料理が運ばれ始めていた。

 良い香りが空気中に充満している。

 ぐぅっとお腹が鳴った。

「す、すみません」

「お腹ぺっちゃんこになりそうだわ」

「陛下たちの会食が終わったら時間が出来るのですぐお昼ご飯にしましょうね」

「賛成ぃ」

 会食のあとはしばしの休憩時間となる。

 だいたいは優雅にティータイムをとったり、少し昼寝をしたりと、夕方からまた元気に外交するためにゆっくり過ごす。

 多忙な主上(おかみ)はこの間に仮眠をとるのだが、その際は後宮で寝ることになっており、そこには日奈子長公主もわたしの姉もいる。

 だから安全なのだ。目を離していても平気な唯一の時間。

「さ、豊楽院(ぶらくいん)へ行きましょう。食事は大内裏(だいだいり)です」

 豊楽院(ぶらくいん)に着くと、すでにそこは大賑わいだった。

 子供の写真を見せ合ったり、これから出てくるであろう料理の説明をいち早く始めたりと、和やかな雰囲気が漂っている。

「あんまり心配することもなさそうね」

「そうですね」

 その言葉通り、会食は(つつが)なく行われ、二時間ほどでお開きとなった。

「自由時間ですよ」

「ご飯食べよぉ」

 わたしと竜胆は空枝空間(くうしくうかん)へ入ると、蒸気機巧妖精ジャック・オ・スチームが作って待っていてくれたご飯を食べ、二時間ほどゆっくりと過ごした。

 夕方になり、主上(おかみ)たちの休憩時間終了一時間前からまた警邏に出て、清涼殿に何もしかけられてないか確認などをして過ごした。

 そして夕方の経が始まり、また内裏とその周辺の警邏に出たが、その後は何も起こることなく無事に一日を終えることが出来た。

「あいつ、来なかったわね。しばらく潜む気かしら」

「かなりの怪我を負ってましたからね。瘴気の弾丸であいた傷は簡単には塞がらないでしょう」

「当たり前よ。あんな変な奴に手加減しないわ」

「一ヶ月は安全でしょうか」

「三か月は満足に動けないと思うわ」

「よかった。じゃぁ、その間に対策も立てられますね」

「今度来たらギッタギタのグッチャグチャにしてやるんだから」

「そうですね。殺しましょう」

「では、帰る前にもう一度周囲を確認しておきましょうか」

「はぁい」

 今度はわたしが右から、竜胆は左から内裏を回った。

 まだ今朝の出来事が精神に苛立ちを残している。

 気が立つ。一人でいると特に。

 幸い、何もなかった。合流した竜胆も「平和だったぁ」と安心したように笑っている。

「あと三日間も同じような日程で過ごすなんて、貴族は本当にこういう行事好きよねぇ」

「同じような地位で他国の人達と騒ぐ機会があまりないからじゃないですかね」

「苦労を分かち合えるってことね」

「おそらく」

「私たちも早く帰って苦労を分かち合いましょ」

「ふふ。そうしましょうか」

 二人で内裏を後にし、大内裏を出てから空枝空間(くうしくうかん)に入った。

 今日はなんだか一日が長かった気がする。

 こういう日はゆっくりとお風呂に浸かりたい。

 月明かりをお供に。


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