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棘薔薇呪骨鬼譚  作者: 智郷めぐる
第一章 棘薔薇の呪
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第十六話 暗殺の準備

 わたしと竜胆(リンドウ)主上(おかみ)に言われたとおりに休日を過ごし……たわけではなく、東の太門(たいもん)の様子を見に行くなどして過ごした。

 かつて如善竜王(にょぜんりゅうおう)という水の女神が住んでいた湖、『龍神湖』。

 竜胆をその湖に住む〈聖女〉として周辺地域の人間に認識してもらうため、噂を流したり、聖女としての姿をおぼろげながらも認識してもらったりと、数々の裏工作をしていたのだ。

「なかなかうまくいったよな」

「そうですね」

女人(にょにん)の姿っていうのもだいぶ慣れたけど、やっぱり長い間共にしてきたこの身体の方が落ち着くよ」

「そうですか。いつも変身していただき、ありがとうございます」

「いやいや、翼禮(よくれい)と仕事するためだもの。それに、ドレスとか着るのは本当に楽しいからね」

「お仕事を楽しんでいただけているようでなによりです」

「で、今日あとは何する? 明日から仕事だから、それぞれ家でゆっくりする?」

「竜胆はそうしてください。わたしは今日も暗殺任務があるので」

「可愛い顔して物騒な仕事してるよね、翼禮(よくれい)は」

「まぁ、家業なので」

「じゃぁ、気を付けてね」

「はい。では」

 わたしは杖に乗り、山から飛び立った。

「今日は……、ああ、僧侶か」

 本日の暗殺対象がいるのは、葦原国にいくつかある(みやこ)の中でも扶桑京(ふそうきょう)の次に大きい永咲京(ながさききょう)

 古い寺院が多く、各地の(みやこ)や山寺から修業に来ている僧侶も多い。

 そんな寺院の中でも古く格式高い芽香寺(がこうじ)に、何か不穏なことが起きていると連絡があったのは三週間ほど前。

 色々あって対応が遅れてしまったが、調査の中でわたしが目をつけた人物は三年ほど前から修業に来ている僧侶だ。

 今回、なぜその僧侶が暗殺対象になったのかと言うと、ある貴族が墓を別の(みやこ)へうつすというので、骨壺などを取り出したところ、二年前に亡くなった祖母の骨壺がほかの故人の骨壺に比べて明らかに軽すぎるというのだ。

 そこで、ほかの貴族たちも自分たちの一族の墓を確かめたところ、ここ三年間に納骨した骨壺の重さが、それよりも前の時期に納骨したものよりも明らかに軽いということが判明した。

 貴族たちは一様に「妖魔(もののけ)の仕業だ!」と騒ぎ立て、普段は長閑な永咲京(ながさききょう)が恐怖で満たされているという。

 寺の者たちが原因を調べてもよくわからなかったらしく、閻魔大王の書記官を通じて連絡を受けたわたしが独自に調査したところ、怪しい人物として浮上したのがその僧侶だったというわけだ。

 僧侶が来た時期と納骨されている骨壺が軽くなったタイミングが同じ。

 その僧侶は葬儀社で奉仕活動をしている。

 僧侶の身体は触れると少し熱いという。

 目撃情報によると、僧侶は身体が異様に柔らかいらしい。

 わたしが何度か観察に行ったときに見た僧侶は、ゆっくりとした所作で鈍さを演出しているようだが、瞳の動きが早く、瞬発力は人間の比ではない。

(僧侶の正体はおそらく化け猫(ばけねこ)だ)

 化け猫は屍肉(しにく)を喰らう。葬儀場ならば、彼らにとっては食べ放題だ。

 そんな便利な狩場を、彼らが簡単に手放すとは思えない。

 化け猫は独自の社会を築く。〈集会所〉と呼ばれる自治組織を持っているのだ。

 各集会所は連絡役で繋がっており、明確な上下関係の下、時には統率のとれた夜盗と化すこともある。

 化け猫は自由気ままなように見えて、集団行動も出来る優秀な存在なのだ。

 いくらわたしが仙子(せんし)族であっても、大人数で襲い掛かられたらかなわないかもしれない。

 そこで、今回は助っ人を呼んである。

 陽が落ち始めた初夏の空を飛びながら、待ち合わせ場所へと向かう途中。

 何かが猛スピードで近づいてきた。

「よぉくれぇい!」

「げ」

 無理やり視界に入って来たそれは、待ち合わせ相手だった。

火恋(かれん)……。待ち合わせ場所は隠れ家にしている民家のはずだけど?」

「いいじゃん! どこで会おうと、逢えたらそれで」

「暗殺任務だってわかってる? 隠密行動が基本でしょうが」

「なんでよぉ。もっと優しくしてよぉ」

「はぁ……」

 火恋(かれん)は黄金の髪と黄金の瞳をもち、薔薇のような赤い肌をした猫の大妖怪、『火車(かしゃ)』だ。

 火車は閻魔大王に仕える妖怪貴族の一族で、罪人の魂を地獄まで運搬する役割を持っている。

 当然、現世で罪を犯し反省もしないような人間の魂は死んだ後も変わらない。

 運搬の際に暴れたり逃げようとしたり、悪霊になって攻撃してくることもある。

 それらを制圧するため、火車の一族は幼い頃から特殊な訓練を受けており、その実、超武闘派集団なのである。

 火恋(かれん)はその中でも将来有望と言われている。

 わたしの数少ない友人の一人だ。

「え? 友人? 親友でしょ?」

「わたしの心の声に反応しないでくれる? そもそも聞こえないでしょうが」

「顔に書いてあるもん」

「あっそう」

「もう。照れ屋さんなんだから」

「ほら、もう行くよ」

「はぁい」

 火恋(かれん)は足の両脇に浮かんでいる歯車と車輪に炎を纏わせて空を飛ぶ。

 その姿が彗星のようで、いつも綺麗だな、と思う。

「今日も素敵だね」

「うふふ! 私、翼禮(よくれい)のそういうところ大好き!」

 目立たないようにするために、隠密行動の時は空の色に合わせて炎の色を変えているらしい。

 わたしが一番好きなのは夜空の色の炎。

 今日もそれが見られると思うと、わくわくする。

 わたしたちは芽香寺(がこうじ)の上空を通らないよう、大きく旋回しながら隠れ家にしている民家へと降り立った。

 まずは確固たる証拠を得なくてはならない。

 暗殺するに十分な証拠を。


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