ワービースト来訪
二度寝して起きてみれば、もう夜でした。自傷を済ませ、ヴァンパイアを幾分か上回る身体能力を得たエリーさんと共に、夜のウィンターピットへ繰り出します。
今夜もどこかで、ライカンスロープが人や同族を襲うのでしょう。
まぁそれはそれとして、私たちは昨夜捕まえた七体のライカンスロープの居る、ウィンターピットの町長のお宅へ向かっています。
「思えば、エリーさんとこうして二人並んで歩くというのは初めてかもしれませんわね」
「金輪際無いよ」
「釣れませんのね」
口数少なく進めば、町長のお家と思しき大きな家屋が見えてきます。
ですが、私たちの足は示し合わせたわけでもないと言うのに、ほぼ同時に止まりました。
「あら? この匂い、ライカンスロープではありませんね」
「ワービーストの匂いだよ。……この匂いは、知ってるかも」
町長宅からはうっすらと、人、ヴァンパイア、そしてライカンスロープの匂いがするのですが、それとはまた別方向から、ワービーストの匂いがします。
「町長の家にはいつでも行けるよね」
「そうですわね。先にこちらに参りましょう」
エリーさんと意見が合うの、これが初めてじゃありません?
これはどうしたことでしょう?
男の人と、男のワービーストが、複数のヴァンパイアに取り押さえられています。
「ダアアアアア! 違う! 見てわかんだろ! 俺は今来たところなんだよ! なんだよライカンなんとかって! 俺はただの農夫……じゃなくて、ただの商人だ! こっちは護衛! 訳アリなんだ! もう少し気を使え! つうかなんでヴァンパイアなんだよ! 何人居るんだよ! どうなってんだここ!?」
「こんな獣臭い人間がいるわけがない。あとお前、外から来た人間ならもう少しビビったらどうなんだ」
「うるせぇ! 俺がビビる前に襲って来ておいて何言ってんだ! あ、おいやめろ! その袋は売り物が入ってんだ! 勝手に触んな!」
ふむ。面白いですわね。四人ものヴァンパイア相手にこう強気でモノを言える人間はなかなかいませんし、ワービーストの方がずっと押し黙ったまま冷や汗をかいているのがまた笑いを誘います。暴れたり叫んだりしないのは余裕があるからかと思いきや、ものすごく焦っているようですわね。
あとエリーさんが困り顔です。これもまた愉悦♪
困り顔のエリーさんが前に出れば、一人の同族さんが振り返りました。
ふむ。モコモコの毛皮を着て膨れていますが、なかなかの手練れの様子。魔力が漏れ出ているようなので、魔法適正のスキルをお持ちなのでしょうか?
「あ、あの~、その人、放してあげてくれませんか?」
「あん? 誰だアンタ? あぁそっちの同族の従者の、エリーさんか?」
「そうです。あとその人私の知り合いなので、警戒しなくて大丈夫です」
同族さんはエリーさんの話を聞いた後、私に視線を向けました。
もの問たげな視線。この女の話は本当か? といった具合のニュアンスでしょう。
知りません。
ですがまぁ嘘ではなさそうなので、にっこり笑って頷いておきます。
「わかった。ただし暴れたりおかしな真似をしたら、それ相応の対応をする」
同族さんの宣言を皮切りに、エリーさんはヴァンパイアに取り押さえられた人間とワービーストへ駆け寄ります。
「モンドさん大丈夫? 怪我してない?」
「え? は、え、なんでお前ここに居んだ?」
「モンドさんこそ、なんでこんなところに? 私こんなところでモンドさんに会うなんて思ってなかったよ。スコットさんも」
「ああ、全くだ。知り合いが居て助かった」
ふむ。エリーさんは本当にこの人間さんとワービーストとお知り合いのようですわね。しかし、ここはヴァンパイアの楽園ウィンタピット。普通人間やワービーストが訪れる場所ではありません。ヴァンパイアの中ですら存在を失伝しかけていた町に、このお二人はやって来た。
絶対に何かありますわね。
まぁエリーさんに任せましょうか。お知り合いならお話くらい聞いてくださるでしょうし、私はエリーさんの口から情報を聞くことにしましょう。
「エリーさん。エリーさーん。え、り、い、さあああん」
「何回も呼ばなくてもわかってる。ちょっとくらい待っててよ」
「その方たちからお話を聞いておいてくださいね?」
「言われなくてもそうする」
それもそうですか。
ここはエリーさんに任せて町長さんのお宅へ向かおうかと思いましたが、エリーさんと離れてしまうと、ライカンスロープに襲われた時に困ってしまいますわね。
エリーさんと人間さんとワービーストさんのやり取りを見守っている同族さん達に紛れて、様子を見ておきましょうか。
「な、なぁエリー。あのさ、気のせいならいいんだけどさ」
「なに?」
「さっきお前と話してたヴァンパイア、髪が赤紫で、なんか一人だけドレス着てるよな」
「あ……うん、そうだね」
「蠱毒姫だったりしないか?」
「だったりする。もうびっくりするくらい蠱毒姫その人って感じだよ。ほんと、ヤになっちゃうくらい性格悪いよ」
「……再会早々だが助けてくれ。俺はまだ死にたくない。死ぬにしたって毒薬の実験体なんてごめんだ」
「むしろ私の方が助けて欲しいよ。あの人……じゃなくてヴァンパイア、私を従者だとか言って無理やり言うこと聞かせるんだよ? それも私が嫌がることばっかりやらせるの」
「なんでお前蠱毒姫と一緒に居て無事なんだよ! 歩く災害。災厄の渦の中心。悪辣な毒をまき散らす最悪のヴァンパイアだぞ? エリーお前……よく今まで無事だったな」
「無事じゃないんだけどね、色々と……まぁとりあえず、あの人とは関わらないで。スコットさんも」
「わかっている。アレは人を見る目がおかしかった。虫けらでも見るような目だった。あんなのには関わりたくない」
全部聞こえているのですけど。というか初対面の私に対して酷い言いようですわね。蠱毒姫の悪名の高さ故なのでしょうけど、なんだか釈然としません。
エリーさんが当たり前のように私を悪く言うせいでしょう。胸がモヤモヤしてしまいます。
今まで悪口程度で気分を悪くしたことなど無かったはずですのに、不思議です。
商人を名乗る農夫の人間の男性の名は、モンドさん。そしてワービーストのお方はスコットさんとおっしゃるそうです。
交流特区に住んでいたお二人は、訳あって商人と訳アリ用心棒に成りすまし、ワービーストであるスコットさんを連れてクレイド王国内に入ることになりました。
交流特区以外の場所にスコットさんが入るのは、普通に国際問題なのですけどね。そうまでして王国内に入り、こんな北の果ての、私たちヴァンパイアの楽園にまで訪れた訳。それは、クレイド王国内に無断侵入したワービーストの確保だそうです。
クレイド王国内に侵入したワービーストの痕跡を辿っていくと、この町へたどり着いたというわけですわね。
全てエリーさんから聞きました。
「ちなみに、その無断侵入したワービーストの人数ってわかってたりします?」
「行方不明者として扱われてるから正確にはわかんないけど、三人ぐらいだろうって聞いてる」
やはりそうですか。
数か月前にこの町で起きた、三人分の足跡がつけられて足跡の主の姿が見つからないという珍事件。予想通り繋がっているようですわ。
「ちなみに三人ぐらいだろうと言うのは? なぜそう思われたのでしょう?」
「行方不明者の中に、ワービーストの国の軍人が三人だけ混じってたかららしいよ。行方不明者に紛れて亡命した可能性があるんだって。あ、これ一応秘密だからね。クレイド王国でこのこと言いふらしたら、スコットさんの首が飛んじゃうんだって。だからこの情報が広まってスコットさんが危ない目にあいそうになったら、私問答無用でヘレーネさんを殺すね」
「まぁ怖い♪」
エリーさんは知り合いに会えて若干機嫌がいいのか、とても良い笑顔でそうおっしゃいました。エリーさんのお口から”殺す”なんて単語が飛び出すようになってしまったのは、お話相手が私だからでしょうか。だとしたらそれも愉悦です。
それにしても、亡命はないでしょうね。亡命が目的ならこんな北の果てまでやって来る理由にはなりません。そもそも他種族の国に亡命するなんて、今の時代にはあり得ないと断じてしまえるほどメリットがありませんもの。
となりますと、ライカンスロープはそのワービーストの方の仕業で間違いありませんか。何が目的かまでは、考える必要も無いでしょう。
「さ、見えてまいりましたわ。町長さんのお宅」
「捕まえたライカンスロープに会って、三人のワービーストがこの町のどこいるのか聞きださないと」
「面倒なのでエリーさんに任せてしまっても?」
「いいよ。ヘレーネさんと一緒に行動なんてしたくないから」
「では一緒に行きましょうか」
満面の笑みを浮かべてエリーさんと手をつなぎます。随分と嫌そうなお顔ですが、振りほどくことはしませんでした。
「……ほっといてモンドさんやスコットさんに何かされるよりいいかな」
そう呟いたのは聞こえましたが、無視しました。
ところ変わって、町長さんのお宅。
モンドさんはもはや民宿として扱われつつあるニコラさんのお宅でひと時の休憩兼、商人らしく持ち込んだ商品とにらめっこだそうです。お気楽ですのね。
そう言うわけで私とエリーさんと、ここまで不法に侵入してきたワービーストを追う、同じく不法侵入中のスコットさんの三人で、エリーさんが捕まえたライカンスロープとご対面です。
改めて見ると狼に近いようですわね。群青色の体毛がほぼ全身を覆っており、手も足も先端に向かうにつれて獣のソレに近づいています。お顔なんて、お口とお鼻が前に突き出して頬が無いところなど、完全に犬です。お耳と尻尾もありますし、獣化したワービーストと言われれば納得してしまいそうです。
こちらを睨み上げて歯をむき出す態度は、なかなかに嗜虐欲を刺激してきますが、ここはウィンターピットというヴァンパイアの楽園。私もふるまいに気を使うべきなのでしょう。
「なんてひどい悪臭。何がどうなったらここまで歪な獣臭さを放てるのでしょうか。とっても臭い。ああ臭いです。目に染みそうです。あとその体毛の色。自然界にその色はお花くらいしか持たないとおもうのですけど、なぜ群青色なのですか? センスを疑います」
やってしまいました。出会い頭にお相手の体の特徴を酷評してしまいました。
ダメだと思うことほどやりたくなってしまった、と言うのは言い訳でしょうか。
言い訳ですわね。
案の定ライカンスロープの私を睨む目が鋭くなり、エリーさんとスコットさんからは若干の非難の眼差しを感じます。
そして嫌な沈黙が流れます。逆上して暴れるなり暴言を吐くなりしてくださいな。なんだか無視されているようで悲しいではありませんか。
「……さて、ライカンスロープ。自己紹介でもしてもらおうか」
「……」
「名前くらい言えるだろう? それとももっと答えにくい質問の方がいいか?」
「……」
本当に私を無視してお話が進み始めてしまいました。何ということでしょう。蠱毒姫と恐れられる私が、まるでこの場に居ないかのように尋問が進められています。ああなんて悲しいのでしょう。
「知っていますかエリーさん。無視はいじめなのですよ?」
「悪口言うのもいじめだよ」
「まぁ、ぐうの音も出ません♪」