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半ヴァンパイアの冒険者 外伝  作者: ストーブの上のやかん
北の果てにて
3/18

蠱毒姫を追う者

 ライカンスロープは五体以上で連携してウィンターピットの人や同族(ヴァンパイア)襲う。そう聞いていました。それはつまり、一対一ではヴァンパイアに敵わない存在であるということです。まして私が遭遇したのは、同族を狩り獲る際に仲間をすべて失い、自身も酷く消耗したライカンスロープでした。

 

 そんな相手に苦戦するなどと、誰が思うでしょう。(わたくし)は思いませんでしたわよ? ええ。

 

 「鈍いな、蠱毒姫」

 「それはもう、私だって満身創痍なのですから」

 

 ライカンスロープ、想像以上にやりますわね。強さ的にはハーフヴァンパイア以上、ヴァンパイアに届かない程度と言った具合でしょうか。

 対する私、エリーさんとに殺されかけた後、無理な逃亡生活を続け、そのまま山越えをしたせいでボロボロのままです。魔力と活性薬による無理やりな再生と強化が今になって祟っていますわね。力が思うように出ません。魔力を纏って、込めて、それでもこのライカンスロープとギリギリの戦いを演じてしまっています。

 

 魔力による強化、使いすぎると後が大変なのですけれどね。

 

 「手加減してくださいませんの? か弱い乙女ですのよ?」

 「お前こそ、いつまで遊ぶ、つもりだ。俺なんざ、毒を使うまでも無いってことかッ」

 

 使わないのではなく、持っていないだけなのですけれどね。まぁ使わないことに変わりはありませんか。

 

 ヒウ、ヒウと私の目の前をライカンスロープの鉤爪が通り過ぎ、その度に私は一歩下がります。そして振り抜いたタイミングで、魔力を纏った足を動かして距離を詰め、振りかぶった腕を振るってみます。

 

 しかし空ぶりです。速度が足りていません。

 本来ならもっと早いはずなのですけど、力がうまく入れられないせいか、自分でももどかしいほどの速度で、私の拳が空を切るのです。

 

 「そこだ!」

 「ああ、痛いです。どうしてこんなひどいことをするのですか?」

 

 鉤爪が私の左手首を捉え、引き裂きました。動脈が掻き切られ、鮮血が舞います。

 

 「どうして毒を使わない」

 「使えるのなら使っているのですけれどね」

 

 はぁ……エリーさんの御蔭で大ピンチです。旧都の拠点からもう少しお薬を持ち出す時間があれば、こんなに苦戦することも無かったでしょうに。

 

 「まあ、いい。お前を見た時、俺はここで死ぬことになると思った。だが、どうやら、俺はまだ死なずに済みそうだ……お前の首、今ここで、貰う」

 「困りました。というか、少しライカンスロープのことを過小評価していたようです……あと、私自身に驕りがあったことも認めましょう」

 

 エリーさんと全力で戦って、いい勝負をして、調子に乗ってしまったのですわね。強さのわからない相手に、お薬無しで挑むなど、普段の私からは考えられません。ああ、今になって頭が冷えてきました。どうやって逃げおおせましょうか。

 魔力をすべて足に纏わせ、思い切り跳んでみましょうか。それとも降参して、油断を誘って、隙を突いて仕留めましょうか。

 

 「しね、蠱毒姫」

 

 どうやって凌ぐか、考える時間はくださらないようですわね。雪が舞うほど地面を蹴ったライカンスロープの鉤爪が、私の両肩を抉ります。

 そして大きく開かれた狼じみた口が、牙が、私の喉笛めがけて迫るのです。

 

 せめてもの抵抗として、魔力を込めた足で、足と足の間を思い切り蹴り上げてやりました。しかし、大した破壊力は込められていません。精々岩にひびが入る程度、でしょうか……ああ、ここで私、死ぬのですね。

 

 「ギャ……ひ」

 「あらあら? どうなさいました? ピタリと動きを止めてしまわれて……ウフフ」

 

 せっかく殺される覚悟を決めたというのに、寸でのところで止まってしまいました。覚悟が無駄になってしまいました。残念です。ウフフ。

 

 グシャリとその場に丸まって蹲ってしまったライカンスロープは、私が蹴り上げた足と足の間を手で覆い、ピクリピクリと痙攣してしまいます。なんて可哀そう。ライカンスロープに性別があるとしたら、この個体は雄だとは思っていましたが、そうですかそうですか。そこはやはり弱いですか。

 

 「ごめんなさい。一度引かせていただきますわね……あら? あらあら? これは困りました。お仲間がこんなにたくさん」

 

 戦闘の余韻が頭から抜け、周囲に意識を向ければ、既に囲まれているではありませんか。歪に歪んだ獣臭さが六つも私を囲うようにあるのです。

 

 ……流石に、不味いですわね。 

 

 あまり得意ではないのですけれど、やるしかありませんか。

 

 私は片足を上げ、私の足元に蹲るライカンスロープの頭をグシャリと踏みつけます。ああ愉悦……などと思っている場合ではありませんわね。

 

 「どうか引いてくださいませんでしょうか? お願いします。引いてくださるのでしたら、このお方の頭は踏みつぶさないことにしますから。ね?」

 

 人質……もとい化け物質を取ってみましたが、どうでしょう……?

 

 私の足の下の頭がわずかに動いたのを感じます。

 

 「ヤレ……こいつぁ、蠱毒姫だぁ」

 「余計なこと言わないでください。ほんとに襲ってきたらどうしてくださるおつもりなのですか?」

 「へ。そのころに俺は死んでるだろ」

 

 全くその通りです。

 ああどうしましょう。本当に六つの獣臭さが近づいてくるではありませんか。化け物に仲間を思いやる心など持ち合わせては居ませんか。エリーさんのような、自分ばかり損をして周りを大事にしようとする化け物など、そうそういないということなのでしょうね。ああ、エリーさんに会いたい。

 

 もう一度会って、捕まえて、たくさんの悲鳴と嗚咽と涙を搾り取って、これ以上ないほど堕落させる。そうしてどこまでも化け物になったエリーさんを見てみたい。どれほど凶悪な存在になるのか観察したい。

 

 死ぬ前にそれくらいのことはしたいですわね。

 

 「エリーさん……どうせなら、あなたに殺されたいです。どうせ死ぬなら、あなたの復讐心に焼き殺されたい……ああやっぱり嘘です。まだ死にたくありません。あなたをもっと侵し尽くして、壊し尽くして、あなたがどう壊れていくのか観察したいです」

  

 六体のライカンスロープは、いつの間にか姿を現していました。というかもうこっちに向かって全力疾走してきています。白銀を巻き上げ、牙をむきだし、鉤爪をこちらに向けて、殺意と共に向かってきて、飛び掛かろうとしています。

 

 そして彼らの爪と牙が私に食い込む直前、何かに

 

 「あら?」

 

 何かに引っ張られ、ものすごい勢いで移動してしまいました。私、今自分が間抜けな表情をしていると自覚しています。だって、本当に死ぬかもと思っていましたから。

 私を引っ張った何かを探し、すぐに見つけて、見惚れてしまって、驚いて……そして、名を呼ぶのです。

 

 「エリーさん?」

 

 茶髪で、毛先が好き放題暴れていて……最後に見た時より、すこし伸びましたか? 髪も身長も。それでも小柄で、私よりも幾分小さいのに、私を力任せに引っ張って、とんでもない速度で移動できるのは、血に飢えているからなのでしょうね。

 

 「やっと見つけたよ。ヘレーネさん」

 

 そう言って振り返ってみれば、やはりエリーさんです。かわいらしいお声も、茶色の瞳も、エリーさん。ああ、また泣き叫ぶところが見たいですわ。

 

 エリーさんは私の両頬を両手で優しく包み込み、接吻でも迫るかのように顔を近づけて、ごくわずかな距離だけを開け、私と目を合わせます。

 

 「ヘレーネ、さん。すっごく探したんだよ?」

 「私を、私にされたことを、思い出してくださったのですね」

 「随分前にね。ほんと、酷いことばっかりしてくれて、許せないよ。御蔭で私、おかしくなっちゃったんだから」

 「そうなのですか? それはとても」

 

 愉悦を感じます。

 ところで、どうして私のお顔を両手で包んだままなのですか? あと、顔の位置が本当に近いのも、なぜなのでしょう?

 エリーさんの御顔が若干赤くなってしまっているじゃありませんか。恥ずかしいと思うくらいなら、お顔を少し離せばよいだけですのに。ちなみに私は何ともありませんよ?

 

 「ヘレーネさん」

 「なんでしょう? 命の恩人のエリーさん」

 「ヘレーネ・オストワルト、さん」

 「はい。なんでしょう?」

 「……?」

 「ああ、なるほど」

 

 エリーさん、ヴァンパイアの頃は魅了のスキルを持っていたらしいですね。そして今は、私の目をじっと見て、名前を呼んで、魅了を掛けようとしている、と。

 

 残念でしたね? 私にそう言うのは効きませんわ。

 

 「私、魅了は対策しておりますわ。200年も生きていますもの。蠱毒姫の力を自分のものにしようと企む愚か者には、たくさん出会って来ました。魅了のスキルを用いて隷属させようとする方も、何人か」

 「え……嘘、そんな」

 

 驚いた顔に、悲しそうな声。愉悦。愉悦。

 私から少し離れたエリーさんに、先ほどまでの余裕は見られません。わずかな怯えを孕んだ、青白いお顔へと変わっていきます。

 

 「他者の精神に関与するスキルの一部は、魔力で防げるのですわ。そして私は魔力を自在に操ることが出来ます。魅了などの操作系スキルに対しては、少しコツさえつかめばわずかな魔力で抵抗できるのです。私は常にそれを無意識でやっていますから、魅了は効きません。残念でしたわね」

 

 私の頬を包むエリーさんの手が離れてしまいました。寂しいので、今度は私の手で、エリーさんの両頬を包んで差し上げます。

 いつかのように上を向かせ、真上から、その瞳を覗き込みます。

 エリーさんは、やはり私のことがお嫌いで、怖いのでしょう。そう言う表情は見ていてとても気分が良いですわね。気丈に睨みつけようと眉間にしわを寄せているところなど、溜まりません。このまま唇を奪えば、もっと嫌がってくださるかもしれませんね。

 

 まぁ本気で怒らせてしまうと、困るのは私の方なのでやりませんけれど。

 

 「エリーさん。私に魅了を掛けて、何をさせるおつもりだったのですか?」

 「そんなの……私を人間にしてって、お願いするに決まってるじゃん」

 「アハハ。そうでしょうね。私以外に、エリーさんを人間にして差し上げることが出来る者など、居りませんもの。ところで私、あの獣共に殺されそうになっています。このままでは、本当に殺されてしまうでしょう」

 

 今でも後ろからライカンスロープ達が迫って来るのを感じますもの。気配は七つ。蹴り上げて差し上げたあのライカンスロープも、復活されたのですね。

 

 「エリーさん。人間になりたいエリーさん。どうすればいいか、わかりますわよね?」

 「う……でも、ヘレーネさんに私を人間にするつもりなんて、無いんでしょ?」

 「その通りですエリーさん。でもエリーさんが人間になれるとしたら、それは私の手によって、ですわ。他に可能性はありません。可能性があると言うだけでは、不満ですか?」

 

 エリーさんは、私しかエリーさんを人間に戻すことが出来ないことに気付いてしまいました。だから私を殺すことが出来ない。死なせることが出来ない。だから先ほど、危機一髪で私を救ってみせたのです。

 私にエリーさんを人間にするつもりがなくとも、他に方法が無い以上、エリーさんは私に縋るしかありません。

 エリーさんは私を殺せないし、死なせられない。私がピンチに陥れば、救わざるを得ないのです。

 

 そうですよね? エリーさん♪

 

 「私を、人間にするつもり、無いって言ったのに」

 「ありません。当然じゃないですか」

 「それなのに、私に、助けさせるの?」

 「はい」

 

 屈辱でしょう?

 あんなに貶め、辱め、苦しめ、失意のどん底にまで叩き落し、屈辱と羞恥を際限なく注いだ私を、助けなくてはならないのですからね。

 

 「魅了が効かなくて、残念でしたわね♪」

 「酷いよ。ほんとに、酷い。ヘレーネさんは本当に、性格が悪いよ。意地悪で、破綻してる。嫌い。大嫌い。憎い。すっごく憎いよ」

 「私はエリーさんのこと大好きですわよ?」

 

 キッと私を睨み上げたエリーさんは、次の瞬間には、巻き上がる雪と突風を残して私の手の中から消えていました。

 

 直後、背後に迫っていたライカンスロープの群れは、七回の轟音と雪の飛沫を経て倒れています。

 

 「本当に化け物ですわね……まぁ私が作ったのですけど♪」

 

 愉悦……と、また別のいい気分が私の胸を満たしていきます。なんてすがすがしくて、温かい気持ちなのでしょう。エリーさんは、私のことを思い出してくださって、こんな辺鄙なところまで追いかけて来て、そして、結局エリーさんの思うようにはいかず、不本意ながら私を助けてくださいました。

 

 こうやって人の思いを踏みにじると言うのは、どうしてこうたまらなく気持ちのいいと感じてしまうのでしょう。

 

 その相手がエリーさんだと思うと、気持ちよさが倍増してしまうのは、なぜなのでしょう。

はい、いつもの娘です。

いつも通り虐めます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 外伝とても嬉しいです!!!!!! まだまだ半ヴァンパイアの冒険者の世界を楽しめるのですね!とてもありがたいです(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ 突然のエリーの登場に歓喜しました!エリーか…
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