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半ヴァンパイアの冒険者 外伝  作者: ストーブの上のやかん
北の果てにて
2/18

蠱毒姫と新種

 彼らは突然現れた。群青の毛並みに狼のような貌と、筋骨隆々の体躯。群青の耳と尻尾に、四肢の先端にはやはり狼を連想させる鉤爪。人の言葉を用い、この町に現れて人とヴァンパイアを狩る狩人。

 夜にのみ、常に五体以上の群れで現れ、一人か二人を狙って連携し、狩り獲っては去っていく。この町を守る役割を担うヴァンパイアは、既に半数以上狩り獲られた。その犠牲のおかげで人間への被害はほとんど無いが、いずれこの町の防衛力は失われ、彼らと町を囲う厳しい環境を生きる凶悪な魔物によって、滅ぼされることになるだろう。

 

 彼らは自らをこう名乗った。

 

 「ライカンスロープ……と」

 「ライカンスロープ? 聞いたことありませんわ。亜人種? それとも魔物?」

 「わかりません。隣人様方は私の知る限り、十三体のライカンスロープを討ち取っています。その肉体を調べてみると、魔物の持つあの油は無く、毛並みは動物のようにこまやかでしなやかに生えそろっていたそうです。魔物の特徴は無いようですが、亜人種、つまりワービーストと言うのも少し違うようなのです」

 「その違いというのは何なのでしょう」

 「ワービーストは獣化した際、ほとんどの者が四足歩行の獣になりますが、ライカンスロープは皆二足歩行でした。それに体毛の色や耳と尻尾の形はそれぞれ違うはずですが、ライカンスロープは皆同じ形をしています」

 「なるほど。ワービーストとは違うということですわね」

 「そうなります」

 

 魔物の特徴は無い。代わりに亜人種でもない。そんな存在、(わたくし)の知る限り一人だけいらっしゃいますが、他に居るとは思っていませんでした。というかエリーさんは私が作った化け物で、私の他に化け物を作れる存在など、真祖くらいなものです。そして真祖はこんな意味の分からないことはしないはず……となると……

 

 「誰かが何かを企んで、不自然な生命を作り出した……?」

 「誰なんでしょうか?」

 「今日訪れたばかりの私にわかるはずありませんわ。それより、目的を考えたほうが良さそうです」

 「目的、ですか?」

 「そうです。この町で人やヴァンパイアを襲わせることで、何かしらの得をする人物がいるはずです。お心当たりは?」

 「ありません。全く」

 「でしょうね……」

 

 このニコラさん。頭の良さそうな口調にとっても美味しい血液をお持ちのようですが、やはり思考能力が弱いのでしょう。閉鎖的で完結した一つの町で暮らしてきたのですから、当然でしょうか。

 ヴァンパイアである私に優しいのは、そう言う町で育ったからに過ぎないのでしょう。ニコラさん自身がヴァンパイアに思い入れがあるとか、そう言うわけではないのです。

 

 ヴァンパイアに強い思い入れがあって、なおかつヴァンパイアに優しい。私の知る限り、そんな方はエリーさんしかいません。エリーさんたら、ヴァンパイアになりたくないとあれだけ思っておきながら、三人ものヴァンパイアを囲っていたようですからね。

 

 ……ああ、なんだか面倒になってきました。とりあえずそのライカンスロープに会ってみましょうか。今の私は限られた量のシトリンしか持っていませんが、なんとかなるでしょう。血もたくさんいただきましたし、ワービーストと同程度の戦力ならごり押しで倒せるはずです。

 

 まぁお薬無しの場合の私は、ごり押し以外の戦い方など出来ないですけれど。

 

 「ニコラさん。ライカンスロープの居場所に心当たりは?」

 「ありません。いつもどこかの影から現れて、急襲を仕掛けて狩り獲り、またどこかに消えてしまうのです」

 

 ニコラさん、実はたいしたことは何も知らないのではないでしょうか。今のところ概要だけしか聞けていません。

 しかし自分で考えるのも面倒くさいですね。こういう障害は楽しくありませんもの。

 

 「詳しいことを知っている方はおられますか?」

 「町長なら詳しいと思います」

 「村長のお宅はどちらに?」

 「町の真ん中に大きなお屋敷があります。そこです」

 「そうですか。ごちそうさまでした。では」

 「ダメです。夜に町の中へ出ては危険です。ここも安全とは言えせんが……今からヘリンタス山を登ってしまうと、山を下る頃には朝になってしまいます。本当はここに居るのも危ないのですが、次の夜までこちらでお過ごしください」

 「そうですか……」

 

 夜はライカンスロープが襲ってくる可能性があるから出てはいけない。しかし日焼け止めを持っていない私は、お昼の間も出歩けない。ニコラさんは早くこの町から去るようにおっしゃっていますが、こことクレイド王国のどちらが安全なのか、私にはまだ計りかねますわね。

 

 ……はぁ、仕方ありません。

 限られた量しかないシトリンをここで使うのは考え物です。とりあえず今は、情報集めと考えることに時間を使いましょう。幸い、食事に困ることは無さそうですからね。

 

 「ライカンスロープが現れるようになったのはいつのころからですか?」

 「三カ月ほど前になるでしょうか。最初は一体で現れて、人を数人殺した後、隣人様方によって倒されました。その後少しずつ数を増やし、今では隣人様方が手を焼き、時には討ち取られてしまうようになってしまっています」

 

 三カ月ほど前と言いますと、クレイド王国では何かあったでしょうか? ……ああ、確かグイドの町が交流特区に代わり、亜人種の流入がありましたね。あれはもう少し前になりますから、時期的にはあっていますわ。

 となると、ライカンスロープに関わっていそうなのはワービーストでしょうか?

 

 「三カ月、あるいはその少し前、この町で何か変化はありませんでしたか? 具体的には、何者かが町を訪れた、など」

 「足跡がありました」

 「足跡?」

 「はい。見慣れぬ足跡が三人分。村の中を練り歩くように足跡だけが残されていました。誰も居ない雪の上に、足跡だけがつけられていくところを見たと言う者も居ます。当時は皆驚いておりましたが、すぐにその現象が無くなったので、ライカンスロープとは関係ないかもしれませんけれど」

 「はぁ……そうですか」

 

 全く呆れさせてくださいますのね。見慣れぬ三人分の足跡が大量に付けられてそれを放置ですか。平和ボケと言うか、危機感が無さ過ぎるというか。

 足跡の主は、この町について調べていたのでしょう。町中練り歩いて主要な施設や身をひそめるのに丁度いい場所を調べ上げ、調べ終わったから一度去った。そしてライカンスロープを使って、この町を滅ぼそうと画策している。

 

 ああ、考えれば考える程面倒くさいです。折角山越えまでして療養にきた地が、こんなことになっているとは……

 

 もういいでしょう。私は体を癒したいのです。ヴァンパイアの再生能力をもってしても、未だに癒し切れていないこの体を、本調子に戻したいだけなのです。厄介ごとはごめんですわ。さっさと片付けてしまいましょう。

 

 ここのヴァンパイア達は人間を守ろうとライカンスロープと戦ったそうです。それはつまり、彼らに狩られた、ということ。しかし私は違うのです。

 守るつもりなどありません。

 狩るのは私の方。

 お薬など無くとも、獣一匹くらい狩り獲ってみせましょう。

 そして首謀者の居場所を聞き出してしまえば、あとはどうとでもなるのです。首謀者が人間ならシトリン一吹きで解決ですわ。

 

 「わかりました。ありがとうございます、ニコラさん」

 「わかってくださいましたか。狭い家ですが、二人で暮らすには十分な広さです。きっとお強い隣人様方が守って下さますから、それまでレーネ様は次の夜までこちらでごゆっくりお休みください」

 「はい。では行ってまいりますね」

 「え? あの、え? お話を聞いていなかったのですか?」

 「聞いていましたわ。あなたから聞きたいことはすべて聞きました。もう結構です。私はこれで」

 「待ってください」

 

 スタスタと歩み寄って、気安く手を取るニコラさん。

 

 鬱陶しいですわ。

 

 「はぁ……お忘れですかニコラさん。私はつい数刻前にこの町に着いた、外のヴァンパイアです」

 「っ!」

 

 笑顔で睨んでみれば、ニコラさんはごくりと唾を飲んで半歩下がりました。

 

 「当たり前のように人を襲って吸血を繰り返してきた、普通のヴァンパイアです。気安く触れないでいただけますか? 今あなたが無事に生きているのは、私のただの気まぐれなのですよ?」

 「……あ、の、ですが」

 

 未だに食い下がろうとするニコラさん。そっと掴まれていないほうの手を彼女のお顔へ伸ばせば、息を飲んで怯えました。

 そうそう、これです。もっと恐怖に顔を歪ませてくだされば、きっと私は愉悦に浸ることが出来るでしょう。ですが、それは後のお楽しみということにします。

 

 「では」

 

 私はひらりと手を振って、ニコラさんに別れを告げてお家を出ます。

 日の出まであとどれほどでしょうか。それまでにライカンスロープを見つけて、倒して、情報を吐き出させることにしましょう。

 

 「流石に五、六体の相手はしたくないのですけどね」

 

 出来ればお一人のところに遭遇したいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を入る頃に感じた、歪な獣の匂い。これがライカンスロープの匂いなのだとすれば、そう遠くない位置にいるようです。そして、同族の濃い血の匂いもします。

 一戦交えた後なのでしょう。ちょうどいいです。

 

 匂いの方へと、気配を隠すことなく近づいて行けば、向こうも私に気付いたようです。

 お月さまとお星さまの光が雪を煌めかせるウィンターピットの夜は、とても映えます。もしそこにぶちまけられた血と食い散らかされた同族の体と、群青色を赤黒く染めた二足歩行の化け物がいれば、美しさとはまた違う、とても良い景色になっています。

 

 「まさに化け元の暴れた後、と言った風情ですわね」

 

 よく見れば、ライカンスロープの死体が五つも雪の上を転がっています。対してヴァンパイアの死体は一つだけ。そして立っているお一人のライカンスロープは、ゼェハァと白い息を荒っぽく吐き、疲れた様子で私を睨んでいます。

 

 「とても好都合♪」 

 「お前、なぜ、なぜ、なぜ、ナゼ」

 

 ずいぶんとしわがれた声で、驚いたような顔で私を見て、なぜ、なぜと……哀れに見えてしまいます。愉悦です。

 

 「蠱毒姫ぇ……」

 「あら? 私をご存じなのですね。この町の方は私を知らなかったというのに……やはりあなた方はクレイド王国からこちらへ来られた、ということなのですね」

 「俺は、お前を、お前の首を、獲りたかった」

 「あら、まるでヴァンパイアハンターさんのようなことをおっしゃいますのね。何度も聞きましたわよ? その台詞は私を見つけたヴァンパイアハンターさんたちが、口をそろえておっしゃっていました」

 「……そう、か。俺は、ヴァンパイアハンターじゃ、無い」

 「でしょうね。というか化け物ですわ」

 「そうだ。人も、お前らヴァンパイアも、殺す」

 「理由を聞いても?」

 「本能……と答えるのが一番、近い」

 「ウフフ、面白いお方ですのね。人でも亜人でも魔物でも無いあなたたちに、本能などと言う崇高なものが御有りなのですか?」

 「……」

 「本能とは崇高なものなのですわ。自らに適した行動を求める、正しい生命の持つ健康で健常で正しい欲望のことです。あなた方がそんな素晴らしいものを持っているようには見えませんわ」

 「だから、何だと言うんだ」

 「さっさとかかって来てくださいと言っているのです。私、今は腹の虫の居所が良くないのです。お喋りできる魔物はヴァンパイアで十分。お喋りできる化け物は、一人で十分なのです。邪魔です。目障りです。余計なのです。何より臭いのです。あなたがこれから殺される理由はそれで十分でしょう?」

 

 私の目の前でこちらを睨むライカンスロープは、会話の間に十分呼吸を整えたようです。姿勢を正し、両手の鉤爪を構え、油断なくこちらを見据え、飛び掛かるタイミングを計り始めています。

 

 殺気を向けられるのには慣れていますし、悪い気はしません。ですが、今の私、正直に言ってしまうとあまり余裕がありません。この化け物にシトリンが効くとは思えないので、実質お薬無しでの直接戦闘。体の調子だって悪いのです。

 

 ですから、今向けられている殺気は、なんだか気分がよくありませんわね。

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