蠱毒姫はいつも通り
エリーさんが王都に帰ってしまい、ついでにスコットさんとモンドさんも、事件の首謀者の三人を簀巻きにしてウィンターピットを去り、およそ三カ月。
「ンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
私の目の前には、ライカンスロープの一体がもだえ苦しんでいます。
このウィンターピットには、私の拠点はありません。なので薬を作ろうにも、調剤設備どころか、見知った薬草や毒持ちの動物も居ないのです。
どうした物かと考えていたところ、モンドさんというちょうどいい商人が居ることに気付きました。
彼はシルクポテトを定期的にこの町に運び込んでは、この北の果てにしか無い調度品や食料と交換することになったのです。なので、彼に欲しい道具や薬草などの品を調達していただき、こうしてお薬を作ることが出来るようになったのです。
「ンッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!」
ちなみに今試しているのは、単純な眠気覚ましのお薬です。
少々効果を強めに調剤し飲ませてみたところ、夜行性のはずのライカンスロープが、昼間も眠れなくなったようなのです。
「どうしたのですか? 別に苦痛を感じさせるような成分は入れていませんよ?」
「頭が! 頭がイタイぃ! 眠れ眠れって! 体が眠ろうとしているのに眠れないぃ!」
「なるほど。ブルータイガーの本能に逆らうと、頭痛が起きるのですね」
この青い生き物が悶える姿には、どこか胸がスッとするような爽快さを感じますわ。
まぁそれは置いておいて、少しだけ分析してみますか。
本能に逆らうだけでこんなに苦しむことなど、普通ではありません。
昼間は眠り、生きた獲物の肉だけを食べる。
ブルータイガーにとってはそれが本能なのでしょうけれど、ライカンスロープにとっては、本能と言うにはいささか別物のようです。
呪いと言っても良いでしょう。
昼間に眠らないと激しい頭痛を味わう。
食事は生きた獲物の肉以外を受け付けない。
きっとブルータイガーを降ろす際、肉体の強化や再生能力を得る代わり、ブルータイガーの生態を模倣しないと強い苦痛を受ける、という内容の呪術を使ったのでしょうね。
「ヒギイイイイイイイイイイイイイイ!」
「ああよい悲鳴です。お薬の効果が切れるまで、後約三時間程度です。頑張ってください」
「じぬううううううううううううううううううううううう!」
……さて、ライカンスロープを元の人間に戻す方は、今のところ順調です。
用いられた呪術と錬金術の詳細は、なんとなく見えてきましたから。
あとはそれらを中和、あるいは払拭させられるお薬を作れば良いだけです。
被験体は山ほどあるので、一つや二つ潰してしまっても平気でしょう。
エリーさんが私の前から姿を消して以来、魅了の影響は感じられません。
侵攻が止まった、ということでしょう。
頭の中のグチャグチャは消え、すっきりしました。
ですが、また出会えば、私の思考と心はかき乱されるに違いないのです。
エリーさんは私の天敵となったと言えます。
「いやはや、参りましたわ」
魅了の影響は今は無い。それは確かなのです。
ですが、私は、エリーさんを人間に戻そうという気になっています。
「憎しみ以外の別の感情……それが気になってしまうのです。確かめたいのです。エリーさんは私に対して、憎しみ以外のどんな感情を抱くのか、興味を持ってしまいました」
化け物としてのエリーさんの性能が大体わかって来たというのもあるのでしょうか。
化け物のエリーさんへの興味より、エリーさん自身への興味の方が上回ってしまいました。
「あぁぁ、会いたいです。でも会いたくありません」
会えば魅了が侵攻してしまいます。
でも会いたいです。
人間にして差し上げて、お礼を言わせ……
「あぁ、心がざわついてしまいますわ」
退屈しないのです。
ずっと心が騒めいて、踊って、焦がれて、落ち着く暇がありません。
エリーさんはこの場にいないのに。
「ンッギィィィイイイイイイイイイイイイイイ!」
センチメンタルな空気をぶち壊してくださったライカンスロープに蹴りを入れつつ、私は立ち上がって、調剤を始めます。
「化け物を人間に戻す薬、ですか。思えば初めての挑戦ですわね♪」
私は愉悦に浸り、その時を夢想しながら、お薬を作るのです。
これまでと同じように。
北の果てにて、終わりです。