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半ヴァンパイアの冒険者 外伝  作者: ストーブの上のやかん
北の果てにて
16/18

蠱毒姫の愛

 あぁ、なんだかいろいろとどうでも良くなってきてしまいそうなのですが、目の前の光景に集中しましょう。

 とても面白いことになっています。

 白銀の地面の上が血や吐瀉物で汚れていることは、とりあえず置いておきます。

 えぇと、十七、でしょうか。

 ライカンスロープの生首、ではなく、首から上だけを地面の上から生やした……えぇ……ダメです集中できません。

 

 「スコットさん。状況を説明してくださいな。(わたくし)ったらなんだか頭の中がまとまらないのです」

 「何を言っている? お前の指示で、襲ってきたライカンスロープ十七体の首から下を埋めたところだろう? この町のヴァンパイア達にも手伝わせて、やっと今終わったところだ」

 「ありがとうございますわ。とても分かりやすいです。あとスコットさん、若干臭いのであまり寄らないでください。汗と獣臭が混じってあまり気分が良くないのです」

 

 とても不機嫌そうなお顔のスコットさんはさておいて、とりあえず状況はわかりました。

 

 そしてすまし顔で、あたかも、今追いついたよ、とでも言いそうなエリーさんがニコラさんの家屋から出てきました。

 ボロボロだった服は着替えたようで、若干の鉄臭さを残しつつもきれいな姿です。

 

 「あぁエリーさん、大丈夫ですか?」

 「うん平気。それよりこれなに? どうなったの?」

 

 あなたがこの惨状を作り出したというのに、なんという白々しさでしょうか。こう言った隠し事はお世辞にもお上手とは言えなかったと思うのですが、現実離れした惨状のせいで、エリーさんの仕業であることは十分騙せるでしょう。

 私以外の方たちには、ですが。

 

 そしてスコットさんはエリーさんを見つけて嬉しそう。

 モンドさんも岩のドームから現れてエリーさんに近づきます。

  

 「「エリー! 無事だったか!」」

 「あ、うん。そこハモるところ?」

 「そりゃお前、なぁ?」

 「あぁ、エリーは単独で敵に突っ込むことがあるし、今回はこいつのせいで一人置き去りにしてしまった。死んでもおかしくないと思っていた」

 「あ、俺はその辺心配してなかった。エリーは見た目より頑丈でタフみたいだしな」

 

 ふむ。

 エリーさんはやはり、ご自分が化け物であることは隠し通してきたのですね。

 それはそれとして、私に構わずモンドさんやスコットさんとばかり話しているのは、気に入りません。

 えぇ気に入りませんとも。

 魅了にかかりかけている状態なのですから仕方ありません。

 

 「エリーさん♪」 

 「おわっなにっ!?」

 

 モンドさんやスコットさんからエリーさんを奪うように引き寄せ、密着します。

 

 「私は信じておりましたよ? エリーさんならあの程度の(やから)に後れを取るはずがないと♪ 私の思った通り元気に帰って来てくださって嬉しいです。それでそれで、えぇと、状況の説明をしますわね?」

 「あ、う、うん。どうしたの? なんか変だよ?」

 「変? そんなことありませんわ。それよりもっとこちらへ」

 「あぁちょっと。なんで引っ張るの? あぁもう!」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンドさんやスコットさんから離れ、この町の同族の聴覚でも私たちの声が拾えないほど移動し、ようやく絡みついていたエリーさんの腕を開放します。 

 

 「さて……ンフフ」

 

 これで二人きりですわね。 

 愉悦を感じます。

 

 「言った通り、埋めてくれたみたいだね」

 「はい、それはもう。同族たちの手を借りて縦穴を掘って、縦に埋めました。簡単には抜け出せませんし、同族たちの目の前に埋まっていますから、下手に動くことも出来ないでしょう。このまま頭を潰して回れば終わりですわね。エリーさんの思い通りでしょう?」

 「え?」

 「はい?」

 

 何かおかしなことを言ったでしょうか。

 

 「えぇっとね、ヘレーネさん。ライカンスロープはね。元人間で、ブルータイガーっていう魔物と呪術と錬金術で作った、薬みたいなもので出来てるの」

 「はぁ、そうですか」

 

 エリーさんたら何を言っているのでしょう。

 いまいち意図が掴めません。

 というかこの状況、喜んでいいやら拒んでいいやら。

 エリーさんの方からズイズイ来るのです。

 私の手を掴みつつ、顔を近づけて、真剣なお顔で目を見つめられると……あぁ、魅了が侵攻してしまっているような気がします。

 

 「人に薬を飲ませて出来たのが、ライカンスロープなの」

 「そうですか」

 「そうですか、じゃないよ。ね、ヘレーネさんなら何とか出来るでしょ? 人間に戻せるでしょ?」

  

 ……えぇと、もしかして、ライカンスロープを元の人間に戻せと、そうおっしゃるおつもりですか?

 

 「……なぜ?」

 

 あぁ、わかりません。

 

 「なぜ、そんな面倒なことを?」

 

 エリーさんの在り方は理解していたつもりですが、その要求は、なんだか気に入らないのです。

 

 「そんな遠回りをするのは、なぜなのですか?」

 

 気に入りませんけれど、エリーさんらしいような気がして、悪い気はしないのです。

 

 「あんな獣畜生など捨て置いて、まずご自分を人間にするように言うべきなのではありませんか?」

 

 エリーさんが一番私に求めていることは、結局これのはずです。

 エリーさんを人間に出来る可能性があるのは、私だけ。

 その私に、エリーさんはライカンスロープを人間に戻すように要求しました。

 そのことを追求してみれば、エリーさんはあっけらかんと答えるのです。

 

 「そりゃ本音を言えば、今すぐ人間にして欲しいよ。私を人間に戻すって、今すぐ約束して欲しい。でも断るでしょ?」

 「……」

 

 私がエリーさんを人間にしない理由って、なんでしたっけ?

 頭の中がグチャグチャなのです。

 正常な思考と魅了に侵された思考がせめぎ合って、もうわかりません。

 

 「ねぇエリーさん」

 「なに?」

 「私がもしエリーさんを人間にしてしまったら、エリーさんは私のことを許してしまう気がするのです。エリーさんの持つ私のことが嫌いで憎くて仕方がないという思いが、過去のものになってしまうのではないかと思うのです」

 

 今私が言ったことは、何なのでしょう。

 今私は何を言ったのでしょう。

 無意識で言葉を紡いでしまっています。

 止められません。

 

 「それは無いよ。絶対」

 

 その言葉で嬉しくなってしまうのは、魅了のせいなのでしょうか。

 それとも生来の気質なのでしょうか。

 判別がつきません。

 

 「ヘレーネさんのおかげで、私は、私の精神はだいぶ歪んじゃったんだよ? 体が普通の人間になったからって、心まで正常になるわけじゃないよ。ヘレーネさんは、私の人格とか、考え方とか、性癖とか、全部を滅茶苦茶に凌辱したの。消えないトラウマをたくさん植え付けたの。だから絶対に許せないし、許さない」

 

 あぁ、あぁ、エリーさんの私への憎しみが、言葉が、沁み込んできます。

 愉悦。

 なんという愉悦。

 私がエリーさんに対して行った数々の暴虐を実感します♪

 

 「でも、でもね。人間にしてくれたら……憎しみ以外の感情も向けられるとも思う」

 

 ふわりした幸福を覚えました。

 これは魅了のせいですわね。

 魅了を受けた者は施術者から感情を向けられることに喜びを覚えるのです。

 感情の種別は問いません。

 愛情でも嫉妬でも好意でも嫌悪でも、なんでも良いのです。

 憎悪を向けられている私が、憎悪と共にさらに別の感情を向けられるのですから、魅了にかかりかけている私が嬉しいと感じるのは当然。

 

 ですから、抗わなくてはいけませんね。

 

 思い出すのです。

 いつもの私を。

 いつもの笑顔を。

 いつもの蠱毒姫の在り方を。

 

 「そうですかそうですか。まぁなんとなくわかりました。やはりエリーさんを人間にするなんて、そんな約束はできませんわね。エリーさんは私が作り出した化け物であり続けて欲しいですわ」

 「そうだよね。ヘレーネさんはそう言う人だよね。わかってた。頼んだって無駄なのわかってたよ……やっぱり、この場で、ヘレーネさんを、殺してしまった方が」

 

 エリーさんの表情が一気に暗くなり、私を見る目の中に私への強い殺意が燃え上がったのがわかります。

 愉悦愉悦。

 エリーさんはどこまで私に愉悦を味合わせるつもりなのですか? 

 あぁ、最高です。

 しかし、死ぬわけにはいきません。

 きっと今のエリーさんなら、私を殺すくらい造作もないはずです。

 命乞いして見逃してもらいましょう。

 

 まぁ実際に殺すことは無い、と思うのですけどね。

 エリーさん自身がおっしゃっていたように、人間に戻れる可能性である私を、自分の手で摘み取ることなど、出来はしません。

 

 「ですがライカンスロープを人間に戻すというのはいいでしょう。面白そうです。呪術と錬金術で作られた薬を反転させればよいのですよね? 少々準備が必要でしょうけど、さほど難しくはないでしょうし」

 「え? そっちはやってくれるの?」

 「えぇ、というか、そうしないと今私を殺すおつもりでしょう。ライカンスロープを人間に戻すことはお約束しますから、見逃してくださいな?」

 「……わかった」

 「お優しいですね。知っていましたけど」

 「たいていの人はヘレーネさんよりは優しいよ」

 

 憎まれ口もいいものですわね。

 エリーさんはそうやって、口では強気なことをおっしゃいます。

 結局私に対して何も出来ないことの裏返しです。

 

 「とりあえず戻りましょう?」 

 「そうだね」

 

   

 

 

 

 

 


 

 

 

 戻ってみれば、モンドさんがワービーストのライカンスロープの生首とお話していました。

 おっと、私としたことが間違えてしまいました。首上だけを残して体を埋められた、悪臭を放つケダモノと、コミュニケーションを図っているようです。

 

 「……と言うわけで、ライカンスロープは魔物とヒトをうまく調和させて出来上がる、新種の生き物ってわけだ。ブルータイガーで作ったせいで、色々と不便みたいだがな」

 「ブルータイガー……アレか」

 「アレだ。夜行性の青いトラ。群れで獲物を狩って、生きたままの獲物の肉を食う奴。ここのヴァンパイア共の死体は見たか? 食い散らかされてただろ? 生きた状態の獲物の肉しか食わないから、生命力の強いヴァンパイアはいい餌だっただろうな」

 「なるほどな。発想も所業も救い難い。お前は本国でワニ共の餌になるだろう。俺がそう求刑してやる」

 「それはそれは。好きなようにしたらいい。そんなことより戦争だよ戦争。俺たちはクレイド王国で好き勝手に、滅茶苦茶に、大問題を起こした。他国の民間人を使って人体実験の上、この町で人を襲いまくった。国際問題になるだろ? クレイド王国は黙っちゃいないだろ? なぁ? なぁなぁなぁ!? 戦争が起きるんだよなぁ!?」

 「さぁな。俺の知ったことではない。お前と他二人の元軍人は俺が秘密裏に連れ帰る。他のライカンスロープは……どうしたものか」

 

 ふむふむ。

 あの方、戦争を起こすことが目的だったのですね。

 私は興味ありませんけど。

 

 それより、エリーさんがブルータイガーの説明を聞いてから若干興奮気味なことの方が気になります。

 頬を赤らめ、わずかに口角を吊り上げ、じんわりと興奮の汗を染み出させています。

 どうしたのでしょう?

 

 「エリーさん? なぜ興奮しているのですか?」

 「う、うるさい! ヘレーネさんのせいなんだから! 全くっ」

 「はぁ……」

 

 なぜか怒られてしまいました。

 そして深くため息を吐いたエリーさんは、スコットさんの方へ近寄ります。

 そして生首に向かってしゃがみこみ、目を合わせます。

 

 「戦争は起こらないよ」

 「はぁ!? なぜだ!? というかなんでお前生きてるんだ?」

 「クレイド王には私の方から事の顛末を伝えておくよ。変な魔物が出てたって。あとこの町の出来事も含めて、というかこの町の存在自体箝口令が布かれることになると思うから、スコットさんもこの町のことは公言しないでね」

 「エリー、どういうことだ? なぜ冒険者のお前が王に話しを通せる?」

 「細かいことは聞かないで。色々複雑なの。私がここに来た理由まで含めてね。スコットさんはワービーストのライカンスロープの三人をそのまま連れて帰ってくれればいいよ。元人間のライカンスロープの方は、ヘレーネさんが何とかするから」

 「聞きたいことが山積みなんだが」

 「ごめんね。答えられることはほとんど無いと思う」

 「……わかった」

 

 そう言えばエリーさんは、現国王である真祖から、ウィンターピットがまだ在るかどうかの確認を頼まれてこちらに来たのでしたね。

 ふふ、エリーさんは変わっていません。

 いつかマーシャさんがエリーさんのことを、事件に巻き込まれやすい体質、とおっしゃっていました。

 あながち間違っていないようですよ?

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